第34話

     Mouse to Mouth


 変わったことと言えば、まだいくつかあった。小さなお社のところにやってくると、そこには高校の制服をきた少女が立っていた。

 無言で近づくと、キスをかわし、互いに何も語らずとも制服を脱ぎだす。ここは竹藪で囲まれており、周りからは見えない。全裸になったオレたちは、まるでそれが自然なように、セックスを始める。

 押井 日毬――。彼女のことを憶えている人は、記憶がいい。何しろ、梅木の親友として、オレも一度だけ会っただけだった。

 梅木が亡くなった後、街でばったりと出会った。向こうは友人二人と一緒で、オレのことを目にすると、怖いぐらいの顔で詰め寄ってきた。

「何で、お葬式に来なかったのよ! アンタ、まさか病気になった美潮を見捨てたんじゃないでしょうね!」

 他の二人も、梅木の友人だったらしく、オレは三人から詰られ、責められ、それでもイイワケしなかった。美潮とのことは二人だけのことで、ご両親にはそう説明しておいたけれど、それ以外の人にまで二人きりで、お墓でお別れした……なんて伝える気にならなかったからだ。

 激しく頬をひっぱたかれても、引きずり倒されても、一言も反論せずにその場をやり過ごした。


 その数日後、彼女の方から会いにきた。そして、美潮と三人で会った、初めて紹介されたこのお社に連れてこられた。

「ごめんなさい。あれから、美潮のご両親と会うことがあって、事情は聞いた……。私は、闘病姿をみられたくないから……と言われて会えなかったのに、ずっと病室で会っていたのね……」

「オレも、別れを切りだされたよ。でも、オレは赦さなかった。最後までそばにいると駄々をこね、そしてずっと一緒だった。それだけだよ……」

「何で……。あぁ、そうか……。私より……、私よりアナタの方が……」

「それは違うよ。彼女はそういう子じゃない。みんなに心配をかけたくなかった。自分のことで煩わせたくなかった。でも、オレと彼女は一つになったんだ。オレたちは互いの特別になった。あの恥ずかしがりで、人見知りだった彼女と……。それは親しさとか、そういう事情じゃない。オレたちが男女だったからさ」

 押井は泣いていた。それはまた、彼女のことを思い出してしまったからだろう。大人しくて、ドジっ子で、周りに気をつかって、照れ屋で、心をぽっと温かくしてくれる彼女のことを思い出すと、それを失った後の心の空洞を、物足りなさを思い出させられた。


 押井はオレにとびかかってきた。言葉もなく、オレの頭を抱えるようにして、唇を重ねてくる。

 オレも戸惑ったけれど、気持ちは理解した。まるで吸い付くように、生気を吸おうとするかのように、唇を銜えこんでくる。

 彼女は唇に吸い付いたまま、自ら服を脱ぎだす。オレも服を脱ぐ。彼女がスポーツブラを外すときだけ、唇を離したけれど、後は本当に吸い付いたまま、こちらの腰に足を巻きつけるようにしてくるので、オレはそのまま彼女のそれに挿入した。オレはこのとき、彼女はそういう体験をしたことがあって、そうしたのだと思っていたけれど、下の口は初めて受け入れたことを示すよう血を流していて、明らかに初体験だったことをうかがわせた。


 それから何度、体を重ねてきただろう。言葉はない。屋外ということもあって、彼女は小さなうめき声をもらすぐらいで、それ以上の言葉を発しない。それどころか、ずっと会話もない。その理由もあった。

 三つ上ということもあり、胸はやはり大きく感じる点が美潮とはちがった。でも、そこを責めても、あまり彼女は喜ばない。押井はキスが好きらしく、それこそ唇が腫れ上がるほどに、こちらを吸いつけてくる。

 しかも彼女は胸を舐められるより、陰部を舐められたがり、それを要求してくる。オレも不慣れだけれど、AVでみた知識を駆使して、必死でお社に手をついて、こちらに尻をつきだしてくる彼女のそこに、舌を這わす。

 でもすぐに悟った。もうトロトロだ……。


 言葉はいらない。その口とは対話する必要がなく、舌でそこを舐めてやり、その奥を探ってやればいい。でもそうするのもほどほどに、オレはそのままバックから行った。

 手順をはぶいたのも、彼女のそこはそうする必要もないほどだから。そして、もう一つバックから始めたのにも、理由があった。

 彼女はオレが腰をつかんで律動をはじめると、無言のまま体を無理やりひねって、オレの頭をつかんでくる。そのままオレの頭を引き寄せ、無理やりキスしようとするのだ。ただバックから入れたまま、しかも立ってキスをするのは大変だ。よほど身長差があるか、両者の柔軟性が高いのならまだしも、そもそも顔を近づけにくい体位でもある。

 しかし押井の体は柔軟だった。頭を引き寄せられて、動きを止めたこちらのその隙に、挿入したまま抜けないよう、片足をあげて、自ら体勢をひっくり返してみせたのだ。それはまるで、オレの刺さった部分を軸にして回転したのであって、そのまま足をオレの腰に絡めて抱っこ……つまり駅弁の体勢になった。

 オレも慌てて、彼女の両方の太ももを手に、足を広げて支える体勢になったけれど、腰がつかえない。何しろ、同級生では少し大きい方でも、三つ上の相手にその体位で頑張れるほど、まだ体は出来上がっていないのだ。

 彼女はオレの動きを制約したことで、こちらの首に手を回して、唇を吸い寄せてくる。そう、彼女はキス魔なのだ。上の口同士が一番好きだけれど、次が下の口をそうされるときであり、オレがバックで始めたのも、彼女のこのキス攻撃から逃れるためでもあった。


「これじゃあ、腰がつかえないよ」

「いいじゃない、別に……」

 久しぶりの会話は、それだけで終わる。彼女はあそこに突き立てられ、激しく動かれることよりも、下の口は銜えこんだままで、上の唇を重ねることの方が好きなのであり、わざとそうしたのだ。

 押井とのセックスは、こうしたせめぎ合いだ。恋人でもなく、互いに梅木 美潮を失った喪失感、虚無感を埋めようとする。だから互いに、自分がしたい体勢を求めているのだ。

 互いに大切なものを失った。まるで傷をなめ合うよう、オレたちは粘膜の部分をこすり合わせる。そんなことをしたって、何も満たされないことは、オレたちも分かっていた。でも、その大きさに、何もしないこともまたできない。二人ともそれに気づいているから、本気だけれど、どこか浮ついていた。

 すべてを終えて、互いに服を着る。何も満たされないまま、それでもまた声を掛け合って、同じことをする。もう、そうしないとそのことが彼女を忘れることにも思えてきたから。

 結局、オレたちはまだ美潮のことを忘れていない……それを互いに確認するためだけに、先に自分が忘却したと思われないためだけに、意味のないことをくり返しているのだった。


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