第17話

   Two Girls


「んんん……」

 幣原 真清は激しく腰をふりながら、目を閉じて感触を楽しむように、そう唸ってみせる。スカートの中はよくみえないし、彼女はそれを脱がず、オレに跨っているので、様子は分からない。

 でも今日は、前をボタンで留めるタイプのシャツを着ており、それはすべて開けていて、その下のタンクトップはめくれ上がり、オレはそこから覗く二つのふくらみに手をおいて、彼女の律動に合わせるよう、またそれとは違った方向に、ゆっくりと手を動かす。

「んん……あッ!」

 非常階段の上、昼休みのこの時間は下から子供たちの声が聞こえてくる。こちらが声をだせば気づかれるので、真清は小さく、鋭くそう声をだしただけで、顔を仰いでイッたことを示してみせた。

 今日は二回で終わりか……。ちょっとホッとする。三回目は、さすがに昼休みの時間では中々に難しく、昼休み開けの授業が心配になるからだ。

 彼女はイッた後で、唇をもとめてくる。オレがイッたかどうかは、この場合はどうでもいい。独りよがりな行為が好きだった。

 激しいキスの間、オレは彼女の胸を自由に揉んだり、つまんだり、それこそいじくり倒す権利を有する。余韻をたのしむよう、しばらくキスと、胸を弄ばれた後で、彼女は腰を上げた。


 スカートをもち上げて、ポケットティッシュをとりだして、股の辺りをふく。この辺りはルーティーンで、オレもこのとき、彼女のスカートの中をみることができる。

そこに薄っすらと生えてきた、産毛とも異なる黒い毛……。小学四年生の彼女が、大人に近づいている。

「オレ、彼女ができたよ」

 そう告白すると、真清はスカートのポケットから眼鏡をとりだし、それを片手で上手にかけつつ「そう」とだけ、淡白に告げた。

「いいのかい?」

「前にも言ったでしょ。私は年上が好き。頭のいい人が好きなんだって。あなたはその……上手いから、こういうことをしているだけで、この関係をつづけてくれるなら、別に恋人がいようと関係ないわ」

「そういうものか……」

「あなただって、私のことは大して好きでもないんでしょ」

「そんなことないよ。ただ、付き合ったらもっと激しいんだろうなって、そう思うだけさ」

「私も塾とか、勉強がなかったら、もっとこういうことをしていたいわよ。むしろ、そこで抑圧された分を、こうして吐きだしているんだから」

 吐きだす、というより、銜えこんでいるのだけれど、オレもホッとした。それは付き合うことを了承してくれた、というだけではない。まだ記憶にある、前の時間で彼女が自殺をはかった日とは遠いけれど、彼女がこうしたショックを少しずつ溜めていたら……そう考えていたからだ。


「その彼女とは、したの?」

「いや、まだ」

「小学三年生のテクニックに、びっくりしちゃうかもね」

 相手が小学六年生、といったら、真清が驚くことになるだろう。梅木とは付き合うことになった。三回のキスだけで、くたくたになった彼女をふたたびオレの布団で休ませてから、帰宅することになった。

 彼女の家の近くまで送っていくと、無言のまま歩いていた彼女が、急に頭を下げてきた。

「こ……、これから、よろしくお願いします」

 そういって、深々とお辞儀をする。それが、付き合うサインということだった。もっとも、そういって彼女に迫ったのであり、それを受けてくれた、答えた、という形なのだが……。


「君だって、小学四年生でここまで性行為に前向きって、オレ以外の男と付き合ったらびっくりされると思うよ」

「私に見合う男がいればね……」

 あれ? 真清は、めがねをかけると理知的で、理性的な彼女にもどる。

 前もそのことを聞いたら「私、あまり目がよくなくてね。眼鏡をかけたとき、あぁ、世の中って、なんてくっきりしているんだろうって……。だからこの世界にいるときは、ちゃんとしていないとって、そう思ったの。でも、眼鏡を外すときは自分のままでいられる……。ぼんやりした世界で、自分をただよわすことができる……」

 それだと、性にどん欲な彼女の方が、自分らしいということ……? あえてそれは聞かなかった。きっと彼女も気づいている。無理をしていい子を演じ、まじめを賞賛され、いい成績をとって褒められることに、自分がどれだけ無理をしているか……ということに。

 前の人生では、教師と関係を持っていた、との事情をうけて周囲の視線が変わり、それが彼女にとって苦痛となり、自殺という道をえらんだ。未遂に終わったけれど、それをくり返したように、本当の自分と虚構の自分、その差に悩んでいたことは間違いなく、それが今回も引き金になるのだとしたら、その部分を解消しないと、悲劇がくり返されるのかもしれない……。


「よ、よろしくお願いします!」

 梅木はぴょこんと頭を下げた。

「まだ丁寧語だね……。梅木の方が年上なんだから、フランクに話してよ」

「私、男の人とあまり話をしたことなくて……」

 男性に免疫がないことは、これまでのことでもよく分かった。オレも、女の子とはデートなんてしたことがなく、七海とはよく幼馴染として出かけてはいたけれど、それとはちがう。今回はオレも初デートだった。

「おいおい、慣れていくしかないか……。何か、オレの方がふつうに話しているから、すごい不遜な奴、と思われそうだけど……」

「そ、そんなことないよ。富士見君が標準語でも、全然かまわないから……」

 あれ以来、梅木はSNSも止めた。色々と指南はしたけれど、逆にそれで難しい、と悟ったようだ。確かに、ちょっと抜けているところもあり、注意散漫になることも多い梅木のような子では、悪意に出会うと対応しきれないのかもしれない。


 初デートは、さすがにドキワクランドは止めて、泳げないという彼女のため、市民プールに行くことにした。まだ夏には少し早いけれど、ここは近くの焼却施設の熱をつかって温水プールとなっており、本格的な水泳には向かないけれど、市民の憩いの場としてあった。

「富士見君は泳げるの?」

「我流だけどね。水泳の授業では、そこそこ早いよ」

「私、どんくさくて……」という会話があって、ここにきているので、それなりに覚悟していた。

 彼女はピンク色のワンピースで、胸と腰のところにフリルのついた、子供らしい水着だ。胸も同世代の中では小さい方だろう。というより、全体が小ぶりで、まだ幼児体型でもあって、同学年といっても差し支えないほどだった。

 プールはまだ時期がずれていて、かなり空いていた。かといって、梅木の泳ぎの練習をするのに、そう広い場所は必要ない。

 仰向けにして、体が浮くことを覚えさせ、背中を支えながら背泳ぎさせた。そう、よく泳ぎの練習といって、うつ伏せでバタ足をさせるけれど、水に抵抗のある人は、顔を水につけているのが苦手なのだ。だからこうして、まずは背泳ぎを覚えさせるとよい。

「お、泳げる、泳げるよ、富士見君!」

 支える相手を直接みられ、声もかけられることが、どれほど安心か……。そしてオレは、背中に手を置きつつも、彼女の体を上から眺められることができるのだから、泳げない彼女のいるカップルに、お勧めしたいプールでの過ごし方である。



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