第16話
Dining Massage
目を覚ました梅木と、ダイニングテーブルで向かい合って座った。
実は、あまり詳しい話は聞いておらず、ネットで執拗に絡まれていて、その相手に会いに行く、という事情を聞いたことで付き合ったのだ。
「あの……、英雄君、だよね?」
そう、オレは幼馴染の七海を交通事故、誘拐事件から救ったことで、学校では未だに「英雄」と呼ばれることがあった。特に、学年も大きくちがうので、そのときに興味をもって教室まで見に来た……というケースでは、やはりその認識の方が強いのかもしれない。
「そう呼ばれるけど、オレは特別なことをしていないよ」
「でも、私のことを助けてくれた……」
「助けたつもりはないよ。オレは理不尽なことをしよう、されようとするのを黙ってみていられないってだけさ。子供だからって、無理やり大人がいうことを聞かせようとする態度には、特にね」
「…………」
「事情を聞いていいかな?」
「私……、SNSをはじめて……。そうしたら、写真をみて声をかけてくる人がいて、最初はフォロワーがついて嬉しかったんです。そうしたら、いつしか卑猥な要求をしてうるようになって……」
「裸の写真を送れ、と?」
「それを拒絶していたら、じゃあ会おう、と……。会わないと、現実世界でひどい目に遭わせる、と……。写真から、この辺りに住んでいることが特定されてしまっていて……」
むしろ、特定して声をかけてきた、ということだろう。自分のテリトリーの中で、無防備に個人情報をさらして、獲物になるために跳ね回っている小動物を……。
「SNSは誰かとつながるためのもの……。当然、それは悪党ともつながる、ということだ。誰もが善人で、善意だけが支配するようになるのは、もう少し先だよ。それまでは、悪意とも向き合わないといけない」
未来の世界では、悪党はネットからも排除される。むしろ、ネットの世界が悪党を排除してくる。その手法については、みんなも後に知ることとなるだろう。ただこの時代、そこまで望むのは不可能だった。
話をしている途中から、もじもじするような様子が見受けられた。
「トイレ?」
不躾にそう尋ねると、彼女は激しく首を横にふる。それでも少し赤い顔をして、両足で手を挟むようにしている……。
やっぱり……。時の強制力が働いているのだ。彼女は今日、あの男に無理やり奪われていた。その行動から、オレもそう悟った。
これまでの七海、リアはオレに若干の恋心もあって、そうした体の疼きみたいなものを恋心として意識した。だから自分からオレに迫ってきた。真清はむしろ誰が相手であっても、そうなることを望んでいた部分もあり、オレをその代用とした向きがある。要するに、性に積極的だったということだ。しかし彼女は、まったくそれを意識しておらず、今もその疼きがどうして起こっているのか? どうやったら解消できるのか? そうしたことにも無自覚なのだ。
そう、今までどちらかといえば、相手から迫られることが多かった。でも、今回はちがう。まだ性的行為にも精通していない……どころか、異性のことを意識していないし、まして三歳年下のオレに、恋心など抱くはずもない。それが今回の相手でもあった。
このままオレは何もせず、彼女の好きな人とそういう関係になった……という方がどれほどいいか。ただ、もしそうした相手がいない場合、彼女は無理やり体の中をかき混ぜられる、その体験を一体、どうやって代用とすればいいのか? 処理しきれなかったら……?
「好きな人……いる?」
「…………え?」
「いるなら、オレは引くけれど、もしいないなら……」
「……え? えッ⁈」
「いないんだね?」
熟れた桃のように真っ赤な顔をした梅木からは、初心で恋愛にも晩生な様子が痛いほど伝わってくる。このまま家に帰っても、無謀なことをしそうにないけれど……。
でも、先ほどから股間の辺りにもっていった手が、ずっと外れない。それはやはり、そこにある熱さに、ただただ戸惑う……そんな様子でもあった。そして初対面の相手の前で、それを無自覚でしてしまうぐらいに、堪えられないほどの違和感でもあるのだ。
このまま家に帰しても、それが収まることはないだろう。人生のやり直しについて誰かに知らせることはできない以上、彼女のその状態をうまく説明することはできない。彼女にそれを気づいてもらうしかない。
オレが椅子から立ち上がって、ダイニングテーブルをめぐって、彼女の方へ行くと、彼女も椅子から立ち上がって、胸の前で手を合わせ、壁を背にして立った。逃げようにも、逃げ場はない。
その頬に手をふれる。彼女はぎゅっと目を閉じて、体を縮めるように、さらに小さく丸める。
年齢的には三つ上だけれど、中身は七十七歳のオレからすると、可愛いとしか思えない。むしろ記憶にすらない相手だからこそ、ダイレクトに小学校六年生の、今の彼女を直視することができて、それがまるで孫……否、曾孫ぐらいの相手に、そう感じる原因かもしれない。
「リラックスして。目を閉じていてもいいから……」
彼女も何をされるか? それを悟ったようで、抵抗するかと思ったけれど、全身がふるえつつ、それでも目を閉じた。
頬にふれながら、相手の顔の位置を決めると、左手を腰へと回して優しく体を抱き寄せながら、まだ震えの止まらないその唇をふさぐ。
彼女はずっと胸の辺りで手をぎゅっとにぎっており、その分まだ距離を感じる。唇は強張り、湿り気があるはずなのに、そのままにしておいたらカサカサに乾燥しそうなほど、緊張がつたわる。
ゆっくり唇を離すと、自分の唇を改めて舌で湿らす。終わったかと思って、うっすらと目を開けた彼女の唇を、その湿らせた唇でもう一度ふさぐ。彼女は慌てて、また目をぎゅっとつぶった。
かわいらしい……。最近、真清との短時間の、激しい行為ばかりだった分、こうして一つ、一つに反応してみせる彼女の姿が、そう感じられた。恐らくぎゅっと閉じた目と同時に、相手に鼻息がかかることさえ躊躇い、息すら止めている様子なんて、ファーストキスをよく象徴していた。
彼女が呼吸困難に襲われる前に、唇を離す。
ゆっくりと開けたその瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうであり、それでいて大きく息を吐きだしたときには、ホッとした様子だった。
「大丈夫?」
「う……うん」
彼女にも自分が今、どういう状況なのか、よく分かっていないのかもしれない。腰を支えていないと、倒れてしまいそうだ。
でも、股にはさんでいた手が外れて、胸の辺りにおくように、恐らく全体がすでに夢見心地で、体の一部の熱さとか、気にならなくなっているようだ。
このまま押し倒すか……。でも、ふわふわとしている様子の彼女には、もうこれ以上は必要ないかもしれない。
彼女のあごをくいっともち上げた。
梅木もハッとして、また目を閉じる。キスにも慣れてきた……? それでも、まだ強張ってかさかさな唇に、もう一度湿り気を足したオレの唇を押し当てる。胸の前でぎゅっと握っていた手も、少しばかり緩んできた。彼女にはこれで十分なのだろう。そう悟らせるのに、十分だった。
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