最終話 おはようから始まる未来へと繋がる国づくり

「おばあちゃん、お醤油とって」


 納豆にはお醤油だよね。特にこのお醤油は甘みがあって美味しいんだ。だって、海渡さんが作るお醤油と同じ味だもん。


「あ、こら、かけ過ぎ!」


「ごめんなさい!」


 またやってしまった。たくさんかけた方が美味しいような気がしてつい。


「あんた、ゆっくりしていていいのかい。今日は学校だろう」


 慌てて、窓の外を見る。

 ヤバ! もうあんなに明るくなってるじゃん。


 急いで、ご飯をかきこむ。


「サクラ! 学校いくよー!」


 いけない、アリスが来ちゃった。

 部屋に寄って教科書が入ったカバンを持ち、玄関へと向かう。


「おはよう、アリス」


 ドアを開け挨拶をすると、少し赤みが入った茶色い髪の幼馴染がいつものようににっこりと微笑み返してくれた。


「おはよう、サクラ。今日もいい天気だよ」


 東の山から顔を出した太陽の光がすでにギラついていて、


「うぅ、暑くなりそうだよ。それでラザルとラミルは?」


 いつもの騒がしい二人が見当たらないけど、何かあったかな?


「今日は日直だって、先に行ったよ」


 そういえば昨日そう言っていた気がする。


 アリスと二人で村の真ん中にある学校へと向かう。

 僕たちが通うカインの学校は去年できた。8才から14才までの子供たちが通うことになっていて、10才の僕とアリスと一つ年上のラザルとラミルは年齢が違うけど、学校の最初の生徒として同じ部屋で勉強している同級生だ。


 ちなみに下の弟はまだ小さいので、ルーミンさんたちがいる織物工房に通うことになっている。あそこには小さな子供たちが遊べる部屋があるんだよね。

 それにちょっとした勉強も教えてくれるから、学校に行く前にほとんどの子供たちは読み書きと計算はできようになるはずだ。


 だから、僕たちも学校に入ったらすぐに専門的な勉強を教えられた。正直、勉強に関してはこちらの方が進んでいるんじゃないかと思う。だって、あちらの小学校ではこんなことまで教えてくれないよ。因数分解って確か中学生からじゃなかったっけ。


「ソルさんたちはどのあたりにいるの?」


「今日シュルトに着くってさ、魚食べるの楽しみだって言っていたよ」


 リュザール父さんとソル母さんは揃って出かけている。父さんがいないのはいつものことなんだけど、母さんも一緒なのは珍しい。それだけ今度の話し合いが大切なんだって。


「お魚いいねー、しばらく食べてないよね。……いけない、お魚のプロフが食べたくなってきたかも」


 地球のスーパーでは新鮮な魚はいくらでも売っているし、たまに長崎のおじいちゃんが釣った魚を送ってくれたりもする。でも、カインでは魚を食べることがほとんどないんだよね。どうしてかユーリルさんに聞いてみたら、魚が獲れる湖との距離が離れているのもあるけど、魚自体がそんなにたくさんいないから獲れないんだよって教えてくれた。

 魚なんて地球のように海に行けたらいくらでもいると思うけど、その海に行くことができないのだから仕方がないんだって。


「ルーミンさんのお魚のプロフ美味しいもんね」


 アリスのうんと頷く姿はほんとに可愛いらしいと思う。アリスのお母さんのルーミンさんもいつもにこにこしていて、村の人気者なんだよね。それにルーミンというか海渡さんが作る味噌に醤油は本当に美味しい。それをこちらの世界でも食べられるってわかった時に思わず喜びの舞を披露してしまって、ソル母さんから呆れかえられてしまったのは苦い思い出だよ。




 しばらく歩いていると学校が見えてきた。学校は使われなくなった共同のパン窯を壊した後に作られていて、村の真ん中にある公園の近くだ。家から歩いて30分ぐらいかな。


「あ、サクラ、アリス。おはよう」


「「おはよう。ルフィナ」」


 僕たちに合流してきたアラルクさんとラーレさんの娘のルフィナも、1つ上のお姉ちゃんだけど同じクラスの同級生。


「ラザルとラミルは?」


「日直みたい」


 僕、アリス、ラザルとラミル、そしてルフィナの五人は生まれた時から一緒にいる兄弟みたいな存在だ。だから僕の小さい時からの悩みも知っている。


「日直かー、そういえばそうだった。それでサクラ、あちらではどうだったの? 昨日診療所に行くって言ってたでしょう」


「うん、そうそう二人とも聞いて。風花母さんに赤ちゃんができていたんだよ」


 昨日風花母さんと一緒に産婦人科まで行ったんだよね。風花母さん結果を聞くまでドキドキしていて、僕が手を握っていてあげていたんだ。


「ほんと! よかったじゃない! リュザールさん早く樹さんの子供が欲しいって言っていたもんね。これで桜花君も念願のお兄ちゃんになれるね」


「うん!」


 ほんとによかった、これでやっとあちらの僕に弟か妹ができることになる。でも、この子とは本当の兄弟じゃないんだ。


 僕は生まれた時から地球と繋がっていて、あちらでも同じように生活している。

 最初はこれが当たり前だと思っていたけど、喋れるようになってソル母さんにそれを伝えたら驚かれた。そしてこう言われたんだ。


『これは普通のことではないけど、安心して私たちも同じだから。でも、あちらでこれを話したらおかしいと言われるから、しばらくはここだけの内緒にしていてね』


 そして、言ってくれたんだ、僕がいる場所がわかったら会いに来てくれるって。

 僕は母さんに会いたい一心で言う通りにした。だって、あちらでは母さんというものがよく分からなかったからね。


 それから、あちらの僕に起こったこと、感じたことを母さんたちに一生懸命に話した。でも、その頃の僕は小さかったからうまく伝えきれなかったと思う。

 それでも、母さんたちは諦めずに僕の話を聞いてくれて、とうとう僕の居場所を探し出してくれた。その場所は孤児院。あちらの僕は孤児みなしごだったんだ。


 初めて僕に会った時、樹父さんは僕の耳元で言ってくれた『お待たせ。サクラ、これからはここでも一緒だよ』って。


 それから必要な手続きをしてくれて、あちらの僕も樹父さんと風花母さんの子供になった。その時の僕は4才。樹父さんと風花母さんは大学を卒業して結婚したばかりだったから、周りから驚かれたみたい。自分たちの子供もいないのに人の子供を育てるなんてって、誰も僕がこちらで父さんと母さんの子供だなんてわからないから仕方が無いよね。

 あ、もちろん竹下さんや海渡さんは知っていたよ。一緒になって僕のいる場所を探してくれていたみたいだから。


 ちなみにあちらでの僕の名前は立花桜花おうか。女の子みたいな名前だけど、れっきとした男の子だ。孤児院の前で拾われる時に桜の花びらを手に握っていたらしい。

 そして、こちらの僕は……僕って言っているけど正真正銘の女の子。ソル母さんみたいに器用に話し方を変えられないから、僕に統一しちゃった。誰も変だって言わないから大丈夫だよね。

 えーと、話が飛んじゃったけど、僕の名前はサクラ。この名前も母さんによると地球の桜に関係しているみたい。


「あ、ラミルだ。二人とも先に行くねー」


 アリスはラミルを見つけて走って行っちゃった。


「ラザルはどこかな……いた! じゃあねサクラ」


 ルフィナも……


 あいつらはラブラブだからな。……僕は、男の子たちと一緒に遊ぶのは楽しいけど、好きというのはわからない。将来は誰かと結婚しないといけないって言われているけど、想像がつかないや。

 僕と同じで、地球では男のソル母さんやルーミンさんは時期が来たらいい人現れるわよって言うけど、母さんたちみたいにこっちとあっちで同じ人を見つけることができるとは思えない。

 というのも、僕と同じ年頃で地球と繋がっている子は誰もいないからね。こちらと地球で全く違う人を好きになるって、そんな器用なことができるのかな……

 母さんは私も14才の時にユーリルさんが繋がるまでは、一人だったから慌てなくていいわよって言ってくれている。でも、そんなに都合よくいくわけがないよ。


 おっと、いけない。今日はパルフィさんの授業だった。ラザルとラミルは嫌がるけど、楽しみなんだよね。だってノーベル賞間違いないって言われている穂乃花さんから教えてもらえるんだよ。

 地球では近くに住んでいるけど忙しそうでほとんど会えないんだ。早く行っていい席で聞かなくちゃ。







 ☆☆☆☆☆☆






「うぅー、緊張するよ」


「しょうがないよ、今日は大切な日だからね」


 今日はこのあたりの有力者が集まって、今後のことを決める話し合いがある。


「せめてユーリルがいてくれたらよかったんだけど……」


 ユーリルはこの世界の海のことを調べるために動き出した。

 交易で得た情報や海の近くに行ったことのある人たちから聞いた話をまとめてわかったことは、海に行くとすぐに死ぬわけではなく体調を崩して次第に弱っていき、そのままとどまっていると最終的に死んでしまうということだった。

 このことからみんなと考えて出た結論は、体調を崩す原因となっているのは何らかの病原菌で、それも恐らく地球にいないか、いても変異して性質が変わったものじゃないかということだ。だとすると、その病原菌が増殖するのに適した条件があるはずなので、ユーリルはそれを探しに行っているのだ。


 今回の調査場所はカスピ海の先の黒海、ここは地中海と繋がっているけど塩分濃度が低い。もしここの海が他の海と比べて病気になる人が少ないのなら、病原菌の繁殖条件が塩分濃度ということになる。さらに、今後はバルト海の辺りまで出向いて海水温との関係も調べるつもりだ。


「ユーリルの調査はこれから先に必要になってくるからね。ボクたちはここで頑張って後押ししないと」


「そうそう、俺もいるんだから大船に乗ったつもりでいてよ」


「わかった。エキム、邪魔だけはしないでね」


「だから、なんでだよ! もっと頼ってくれよ」


 エキムと暁が繋がってから、情報の伝達が格段に速くなった。特にシュルトとは半分の時間で済むようになったから、サルディンさんとの協力がしやすくなったのだ。


「でも、本当にいいのか。俺らに任せなくても、お前たちに反抗する者は誰もいないだろう」


「反抗する人たちはいないけど、神様扱いされるのはもう勘弁。それよりもサルディンが大変だよ。引き受けてくれて助かるけど、よかったの?」


 日本刀の魅力負けたパルフィに頼まれ穂乃花さんと繋げてから、テラでの技術の進歩は目を見張るものがあった。そして、これまでもカインだけ突出していた技術がさらに広がってしまったのだ。


 未知なる技術を目の当たりにして周りの人たちは私たち、とくに私のことを神様の使いだとか神様そのものだとかいうようになって、どんどんと押し寄せてくるようになった。


 正直、あの時のことを思うと頭が痛くなってしまうよ。だって、朝起きて井戸に行こうと外に出たら、家の前にたくさんの人がいて平伏しているんだよ。しばらくの間、サクラを連れてユーリルやラーレの家で泊まらせてもらったよ。

 出待ちとか、アイドルじゃないんだから勘弁してほしい。


 そこでみんなと話し合って決めた。これまでのように私たちが前面に出てやるんじゃなくて、誰か代表を決めてそこを窓口にしようと。


「まあ、俺も野心はあるからな。ちょっとくらいのことなら我慢するわ」


 サルディンは私たちがいなくても、この世界で初めての国を作るところまではいっていたと思う。だから私たちは表に出ずに彼を協力していくことに決めたんだ。対抗してもし戦争にでもなったら、みんなが困るだけだからね。


「ソル、そろそろ時間だけど大丈夫? 緊張しているのなら少し話そうか」


「うん、ありがとう。ドキドキしているけど、この子のためにも頑張らなくちゃね」


「ソルの赤ちゃんか……もしかしたら、ボク(風花)の赤ちゃんと一緒の日に生まれて来るかも」


「あはは、たぶんね。授かった日も同じみたいなんだよね」


「確かに、あの時はソルが欲しくてたまらなかったし、樹が欲しくてたまらなかった」


「うん、私も」


「ということはソルやサクラと同じように最初から繋がっているかな」


「かもね」


「ふふふ、それにしても違う体なのにじんわりとうれしさが込みあがってくる。お母さんになるってこんな気持ちなんだ……。ベテランお母さんのソルさん、これから何に注意したらいいかご教授ください」


「確かにこの子で三人目だけど、まだ20代だからね、ベテランと言われるのには抵抗があるよ。それよりもお父さんになるのに心構えってあるのかな? ベテランお父さんのリュザールさん」


「奥さんを大事にする?」


「わかった、大事にする。でも桜花も手伝ってくれるよ。あの子も女の子のことわかっているし」


「そうだね、こちらではサクラに頼ろう」


 そうそう、私たちはみんなで協力しながらやって来たからね。一人で抱え込まないようにしないと。


「ソル、リュザール。みんな集まったみたいだよ。準備はいい?」


 さてと、ここからが本番だ。この話し合いできっとこの世界に国が形作られる。これが正しいことなのかわからないけど、地球と繋がっている私たちがいて、技術が格段に進歩してきた。

 黙っていてもいずれ国はできると思うけど、地球と同じような争いの歴史にしないようにするには、私たちがある程度関与する必要があると思う。


 なんで自分たちでやらないのかって? ……だって、私たちみたいな違う世界と繋がっている人間っていつかいなくなると思うからね。裏方でこちらの人たちを支えるくらいでちょうどいいと思うんだ。

 まあ、面倒くさいことをやりたくないっていうのが本音だけどね。


「行こう! リュザール。この世界の人たちのために、そして私たちの子供たちのために」


                               おしまい


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「樹です」

「「最後までご覧いただきありがとうございました」」


「私たちの物語『おはようから始まる国づくり』もこのお話で終わりになります」

「ただ、完全に終わりというわけではなくて、追加エピソードがたまに更新されるみたいです」

「どうして? お話きれいに終わったよ」

「一部の出演者が出番を寄越せとうるさいので……」

「う、私がお味噌汁を飲めるのはあいつのおかげか……」

「というわけで、いつになるかはわかりませんが追加エピソードをお待ちください。とりあえずあいつのはあると思います」

「サクラの話もあるのかな」

「サクラや桜花の活躍は別のお話になるかもですね。気になる方は作者をフォローしていただくといいかも」

「サクラたちの話は読んでみたい。すぐにでも公開してくれないかな」

「まだ、何も考えていないみたいだよ。長い目で見てあげなきゃ」

「そうなんだ……早く書いて欲しいよね」

「そろそろ、お時間のようです。皆さん長い間お付き合いいただきありがとうございました」

「もう、終わりなんだ……寂しくなるね。最後にお読みいただいた皆さんに、私たちからお願いがあります」

「僕たちはこの作品へのフォロー、感想、レビュー、ご評価をお待ちしております」

「次回作への参考にもしたいので、お手数ですが下からポチっとしていただくと嬉しいかも」

「「それでは皆さん長い間ありがとうございました。またねー」」

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