第184話 生まれてきてくれてありがとう
それから三日後、リュザールが帰って来る予定の朝。
朝食を済ませ、片づけをしている母さんと話しているときに、待ちに待ったその時が訪れた。
「母さん来たかも」
下半身に違和感があって、それにどうも濡れているように思う。
「陣痛が来たの?」
「もしかしたら来ていたのかも。それでたぶん破水している」
朝からずっと鈍い痛みは来ていたんだけど、もしかしたらあれが陣痛だったのだろうか。他の人に聞いていたよりも大したことなかったから、まだ先だと思っていたよ。
「えっ! ちょっと見せてみなさい」
母さんに見てもらう。
「……ほんとね、破水しているわ。それにもうだいぶん開いているわね……痛みはどう?」
時折痛みが来ていて、その痛みも朝よりも少しきついときがある。それを母さんに伝える。
「それぐらいならもう少しかかりそうね……それで、ソルはどこで産みたいの?」
どうしようかな。ここだとみんなの顔が見られて安心だけど、父さんたちが困るよね。
「部屋にいくよ」
「わかった。それじゃここで待ってな。ユティ連れて来るから」
診療所からやって来たユティ姉と共に部屋まで歩く。
「陣痛は来ていたの? 朝食の時はそんなこと言ってなかったようだけど」
「うん、痛みがそこまでじゃなかったから」
子供を授かってから、出産については地球でも調べてみた。本陣痛の前に前駆陣痛があるのは知っていて、これまで来なかったからそれかと思っていたのだ。
「今はどう?」
ユティ姉に布団を敷いてもらい、その上にタオルを何枚も敷いて横にならせてもらう。
「ちょっと痛みが増してきたかな」
「そう……急いで準備するから、しばらくここで休んでいなさい。何かあったら呼ぶのよ。すぐ聞こえるところにはいるから」
そういうと、ユティ姉はあわただしく部屋を出て行った。
リュザールを待つつもりだったけど、仕方がないな。破水しちゃったからね、早く産まないと私も赤ちゃんも病気になってしまう。
その後、部屋には女たちが集まり、徐々に出産の準備が整う。
「ほら、呼吸!」
ハッ・ハッ・フーー、ヒッ・ヒッ・フーー
これは私がユティ姉の時に……ダメだ。余計なことを考えられない!
「だいぶん下りてきたよ!」
ハッ・ハッ・フーー、ヒッ・ヒッ・フーー
「はい、いきんで!」
『ん゛ーーー!』
「頭見えたよ。ほら! もうちょっと!」
『ん゛ーーーーーーー!』
「休まず一気に!」
『ん゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
「はい出たー!」
ズルリとした感覚があった。赤ちゃんは……
『んぎゃぁー、おんぎゃぁー』
よかったぁ、無事生まれてきてくれたみたい。
「ソル、口緩めて」
ユティ姉に言われ、口にタオルを咥えていたことを思い出した。タオルを取ってもらい、そのまま産後の後始末をしてもらう。
「ソル、ご苦労様。赤ちゃんもきれいになったよ。抱いてみる」
もちろん!
私はユティ姉の手を借り体を起こし、手を伸ばした。そして、生まれてきてくれたわが子をそっと抱いてみる。
えへへー、リュザールと同じ黒い髪だ。目は何色かな、開けてくれないかな……あ、茶色。それに、女の子だ!
「ソル、おっぱい吸わせてあげて」
そうだった。赤ちゃんにおっぱいを吸ってもらうことで、そのあと母乳が出やすくなるんだった。これも、呼吸法と一緒に私がみんなに教えたことだ。
初めて赤ちゃんにお乳を吸われる感覚に戸惑っていると。
「ソルさん、お疲れさまでした。お母さんの顔になってますよ」
なるほど、これがお母さんの気持ちなんだ。
「ルーミンもそうだったの?」
「私に限らずみんなそうだと思いますよ」
そういえば、赤ちゃんにおっぱいを吸わせているときのお母さんは、みんな優しい顔をしていた。
たぶん、私の顔もそうなっているんだろう。
「ソル、隊商が戻ったってよ」
しばらくすると、リュザールが駆け込んできた。
「生まれたって!」
「お帰り、リュザール」
「ただいま。あ、赤ちゃん! 女の子?」
リュザールは私のそばまでやって来て、赤ちゃんを見つめている。
「うん、女の子だったよ。抱いてみる?」
うんと頷くリュザールに愛しい我が子をそっと手渡す。
「あわわ、小っちゃい。それにグラグラしている」
「うん、生まれてきたばかりだからね」
リュザールは織物部屋の子供たちの面倒を見てくれるようになったけど、生まれたばかりの赤ちゃんは初めてのはずだ。でも、上手に抱けているよ。
「髪の毛、黒いね」
「リュザールと一緒だね」
「目は? つむっていてわからないけど」
「今は寝ているからね。茶色だったよ」
「ソルと一緒だ」
「うん」
「女の子かー、名前どうしよう」
「まだ、考えてないんでしょ」
「うん、やっぱりこちらの名前の方がいいかな」
「うーん、そこは気にしなくてもいいんじゃないかな」
「そうか、悩むな……」
「リュザールさん、そろそろ」
「あ、ゴメン。ソル、きつかったよね。また、後でくるからゆっくり休んでね」
リュザールはまだ名前のついてない赤ちゃんをルーミンに渡し、部屋を出ていった。
「ソルさんも少し休んでください。この子も寝ているようだから、今のうちに」
そうだ、赤ちゃんはこちらの都合関係なしに泣いちゃうからね、休めるときに休んでないと。
「ありがとう。それじゃ、少し眠るね……」
かなり疲れていたんだろう。すぐに眠ってしまっていた。
翌朝、東京の家で目覚めた僕は、いつものように風花と散歩に出かけた。
「ボク、嬉しい! 嬉しすぎてどうにかなりそう!」
風花は朝からずっとこんな調子だ。
「僕だって嬉しいよ。無事生まれてきてくれたからね」
お産は思ったよりも軽かったと思う。海渡があそこを蹴り上げられるよりも痛いって言っていたけど、そこまでは無かったんじゃないかな。
「あーあ、ボクも早く樹との子供が欲しいけど、無理だもんなー」
ここ日本では、明後日4月1日から成人年齢が18才に引き下がるって言っていた。高校卒業前に何が変わるかをいろいろと教えてもらったけど、僕たちが親の同意なしに結婚できるようになるのもその一つだ。でも、さすがに大学に行かせてもらっている身分でそれをやるわけにはいかない。
「大学卒業してからだね」
「うん、卒業したらすぐに結婚しよう!」
もちろんそのつもりだ。
僕と風花はいつもの散歩道から外れて、お寺の内へと入っていく。
「満開だね」
このお寺の境内には1本の古い桜の木があって、近所のおばあちゃんがそろそろ見ごろだと教えてくれてたのだ。
「うん、綺麗…………ねえ、樹。あの子の名前だけど、決めたよ」
「何?」
「サクラ、サクラちゃんにする!」
「サクラか。いい名前だね」
僕と風花、ソルとリュザールの間の初めての子供、サクラ。どんな人生を歩んでくれるのかな……
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あとがきです。
「ソルです」
「リュザールです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「サクラ、生まれてきたときに誰かに似ているなって思ってたら、ラザルとラミルに似ているんだ」
「あはは、そうかもね。だってあの子たちっていとこになるんでしょ」
「そうだった。パルフィとリュザールは姉弟かもしれなかったんだ」
「そうそう、黒髪って珍しいからボクとパルフィが姉弟なのは間違いないんじゃないかな」
「でもパルフィは、女の子だったら二人のどっちかと結婚させるって言っていたけど、いとこならぎりぎり大丈夫なのかな?」
「こちらではいとこ同士で結婚することも多いから、あの二人に嫁がせるのは構わないけど、ルフィナにアリスもいるからね。そう簡単にはいかないよ思うよ」
「そう言って、すでに嫁に出したくないお父さんになってんじゃないの」
「ばれたか。仕方がないよ、サクラあんなに可愛いんだよ。ボクのところで一生面倒見るよ」
「ダーメ、いい人がいたら嫁がせなきゃ。それでは次回のご案内です」
「本編のラストまであと1話になりました。最後までお付き合いください」
「それと不定期になるみたいですが、本編とは別のエピソードも公開していくみたいなので、小説のフォローも引き続きお願いしますね」
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