第159話 東京を後にして……
翌朝目を覚ましてトイレを済ませた後、部屋に戻ると竹下も起きていた。
「おはよう!」
「おはよう……」
なんだか元気がない。
「どうしたの?」
もしかして、具合が悪いのかな? 今日は東京を離れる予定だったけど、無理はさせられない。
「……もう終わりだ。この世の終わりだ!」
なになに? 一体何があった?
「あほらしい。わかっていた事じゃん」
神妙な顔しているから一応尋ねてみたけど、聞くまでもなかったよ……
なんでも、ファームさんがしばらくカインにとどまるらしい。それもユーリルたちに家に。
というか、わざわざコルカから来て数日で帰るとでも思っていたのだろうか。あんなにラザルとラミルに会うのを楽しみにしていたんだから。しばらくいるくらい予想できただろう。
「仕事が忙しくて戻るかもって思っていたから……」
ファームさんのところは跡継ぎのバランさんがしっかりしているし、カインに行くのは前もってわかっていたんだから調整くらいしてきているよ。
「せっかく楽しみに来てるんだから、楽しんで帰ってもらいなよ。ところでラザルとラミルはどうなの? ファームさんを怖がってない?」
「むしろ珍しい人が来たのが面白いみたいだよ」
二人が喜んでいるのならなおさらだ。
「それじゃ、ラザルとラミルのためにもいてもらわないとね。次はいつ会えるかわからないんだから」
「うっ、わかった……」
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。風花と散歩の約束しているから」
今日で東京とは一旦お別れだ。次に来られるのは冬の試験の時だと思うけど、その時は散歩する余裕なんてないだろう。
だから、今日はのんびりとこのあたりを歩いて、ここに住むイメージを固めておきたい。きっと受験へのモチベーションが上がるはずだ。
「コペルのお父さん役ってボクにできるかな」
昨日の夜から
僕たちは、昨日と反対側の住宅街の方を散歩している。周りに誰もいないから、風花はずっとリュザールモードだ。
「役と言っても、家の居間でコペルと一緒にタリュフ父さんとテムスを待って、結納の品を受けとるだけだよ」
こういうものは形式的なもので、決められた言葉を聞いて決められた言葉を返すだけだ。だから難しいことではないんだけど、リュザールはおじいさんたちに育てられたからこういうことに慣れてないんだと思う。
「オレの娘はやらん! どうしても一緒になりたければオレを倒してからいけ! って言わなくていいのかな」
テレビの見すぎだよ風花。
それに、そんなことを言ったらリュザールに勝てないテムスはコペルと結婚できなくなるし、
「それは娘さんをくださいの時だから、結納よりかなり前の話だね」
「そっか、でも緊張する。一体いつやるんだろう。タリュフさん何か言ってなかった?」
「リュザールの隊商は来週出発するでしょう。その前にはやると思うよ」
「来週ってもうすぐだよ。どうしよう……」
テムスとコペルの結納はいつでもできる状態だ。ルーミンの時と違って結納の品の準備もできている。
本来ならテムスも孤児のコペルも父さんの子供だから、結納の品の移動は必要ないのかもしれないけど、これでは当の本人たちがかわいそうだからね。父さんが普通の子供たちと同じようにやるって言っていた。
「僕たち(ソルとリュザール)の結納の時を思い出してやったらいいんだよ」
「ああそうか、あの時のタリュフさんの真似をしたらいいんだ」
ははは、こんな簡単なこともわからないくらい緊張していたのかな。
それにしても、二人で歩いているこの道。のんびりとしていてなんだか心地いい。
「ねえ、風花。このあたりの雰囲気いいよね」
都心に近いので高いマンションも建っているけど、低層の住宅も多くて圧迫感は感じない。
「うん、お寺とか神社とか多いからね。昔のままのところも多いよ」
ここに住むようになったら、朝の散歩は風花と一緒にこのあたりを歩こうかな。
お昼前、夏さんの家を出発する時間になった。
「夏さん、お世話になりました」
「寂しくなるが、試験の時にはここを使っていいからな。安心して来い」
「助かります」
ここからなら試験会場までの道筋もばっちりだ。竹下も……たぶん大丈夫だろう。
「そうじゃ、お前たち。猫を飼っているんじゃろ。住むときは連れてきたらいい」
「本当ですか! ありがとうございます!」
きっと、風花が話してくれたんだ。カァルと一緒に住むことができる。えへへ、帰ったら教えてあげよう。喜ぶかな。
「それじゃ行きましょうか。お義母さんお世話になりました」
「ばあちゃん、しばらく留守にするけど、無理すんなよ」
「心配するな。いい機会じゃから友達と旅行に行っとくわ」
夏さん77才だけど元気なんだよね。
「それでは、また冬にお世話になります!」
僕たちは東京での数日の滞在を終え、地元に帰った。
「それじゃ、樹君も竹下君と一緒でいいのね」
空港からの帰り道、水樹さんにお願いして竹下の家の近くで降ろしてもらった。
「「ありがとうございました」」
「二人ともありがとね。また旅行に行きましょう」
水樹さんたちを見送り、竹下の家まで向かう。
なぜ、竹下の家に行くのかって? それは、早速カァルに東京で一緒に住めるよって伝えてあげようと思ったからね。
竹下が話すもんだと思っていたら、一緒に話そうって言ってくれたんだ。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「はーい、二人ともお帰りなさい」
あれ、竹下のお母さんだけ?
「樹君。剛、迷惑かけなかった? 東京初めてだったから心配していたのよ」
「迷子の子羊みたいで可愛かったですよ」
「樹! てめえ!」
「ふふふ、楽しんできたみたいね。さあさあ、二人とも疲れたでしょう。樹君、お茶でも飲んでいきなさいね」
それにしても、カァルはどこだろう。大体この時間はお店にいるみたいなんだけど……
「母さん、カァルは?」
「変ねえ、さっきまでそこにいたのに……部屋に行ったのかしら」
はっ! この気配は!
「竹下! 気を付けて!」
僕はこの気配を知っていたから身をかがめることができたけど、一瞬遅れた竹下は飛び掛かって来たカァルを顔面で受け止めることになった。
「ああ、カァル……いい匂い」
竹下がどこかに行ってしまいそうだったので、カァルを離してあげる。
「おばさん、カァルを連れて行っていいですか?」
「あ、ほら、このお茶も持って行きなさい」
おばさんから冷えたお茶を受け取り、カァルを肩に乗せ竹下の部屋まで上がっていく。
「カァル、寂しくなかったか」
部屋に入った竹下は、早速僕の肩からカァルを下ろし語りかけている。
ふふ、カァルは素知らぬふうにしているけど、寂しかったんじゃないかな。あんなに嬉しそうに飛び掛かってきたからね。
「ねえ、竹下。早速教えてあげようか」
カァルは何を? という顔で見上げてきているけど、聞いたらびっくりするかな。
「あのな、カァル。俺たちが東京の大学に行くのは知っているよな」
カァルはニャーと鳴いて、わかっていると言ってくれたと思うけど、なんだか寂しそうに見える。
「それでね、僕たちが東京で住む場所が決まったんだけど、猫を飼ってもいいって。だから、カァルも一緒に行けるよ」
その瞬間、カァルは僕と竹下に飛びついて来て、顔をぺろぺろと舐めてきた。
「カァル、やめて。わかったから」
「よし、俺決めた。エキムが帰るときにタルブクへの道を調べる」
え、いきなり何? 道を調べないといけないのは分かるけど……
「なぜ、今なの?」
「あちらのカァルに会って、ほんとにこのカァルと繋がっているか調べる」
確かに、このカァルに行くことを伝えて、その通りにテラのカァルも現れたのなら繋がっている可能性が高い。でも、慌てなくてもいいと思うんだけど……
「今は夏だから、(ユキヒョウの)カァルは山頂の近くにいるんじゃないのかな。すぐには会えないと思うよ」
「わかっている。山頂近くまで調べるつもりだから丁度いい」
山頂までって、往復で10日くらいかかると思うけど……もしかして!?
「ファームさんから逃げたいだけじゃないの?」
ギクッという音が聞こえそうなくらい動揺しているし……
「見逃してくれよー。息抜きが必要なんだって」
ファームさんが来て、まだ二日しか経ってないと思うけど……
「僕は知らないよ。パルフィと話し合って決めなよ」
ラザルとラミルも歩き出して手もかかるから、パルフィにだけ押し付けたら大変だ。ん、でも今ならファームさんがいるから、逆に好都合なのかも。
「わかった、一人では決めない」
「だってさ、もしユーリルが山に行ったらカァルは会ってくれる?」
カァルはニャーと言って竹下のところに行ったから、会ってくれるみたいだ。まあ、ユキヒョウのカァルと繋がっていたらだけどね。
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あとがきです。
「樹です」
「ニャー」
「いつもお読みいただきありがとうございます」
「カァル。一緒に住めるよ!」
「ニャ!」
「移動は……飛行機は別々に乗らないといけないから新幹線で行こうか。キャリーに入ってもらわないといけないけど我慢できる?」
「ニャー……ニャ!」
「ありがとう。僕も風花も竹下も近くにいるから安心してね」
「ニャー、ニャニャ、ニャー」
「なになに、あちらはどういうところかって……そうだね、車が多いから外で遊ぶのは大変かもしれないけど、周りには優しい人がたくさんいたから、住みやすいと思うよ」
「ニャー、ニャニャー」
「あー、かわいい子もいるかもよ」
「ニャー」
「それはカァル次第だけどね。それでは次回のご案内です」
「にゃーにゃ―」
「えーと、カァルは次回はテラでのお話だって言っています。カァルは出るの?」
「にゃー……」
「あら、残念。東京に行ったら出番増えるかもよ」
「にゃーにゃー、にゃ!」
「うん、頑張ろうね。皆さん次回もお楽しみにー」
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