第117話 最先端の新居

 寮の台所の中では、工房の女性に混じってリュザールが料理の仕込みを手伝ってくれていた。


「みんな、遅くなってごめん」


「平気よソル。リュザールが手伝ってくれたから予定通りに進んでいるわ。それにしても、リュザールの隊商の人たちは幸せよね、美味しい料理が毎日食べられるのだもの」


 リュザールは、今はセムトさんの隊商の別動隊を率いている。そこではリュザールの作る料理が評判で希望者が後を絶たないらしい。

 でも、別動隊はあくまでも別動隊で、本隊が行かない小さな村や緊急を要するところに派遣されることが多く、人員はあまり必要としない。そのため、隊を分けることが決まった時も、希望者が多かったためセムトさんの隊商の中で選抜が行われたと聞いている。その結果として少数精鋭の部隊が出来上がったとリュザールは言っていた。


「あれ、ルーミンは? いっしょじゃなかったの?」


「あ、ルーミンは少し遅れるよ。これからジャバトと新居を見るはずだから、こっちに来るのはその後だと思う」


 私はリュザールの隣に行き、明日の下ごしらえを始めることにした。


「リュザール、ありがとう。手伝ってくれて」


「気にしないで、ボクではルーミンの代わりには力不足かもしれないけど頑張るよ」


 これまでの結婚式の時には、海渡ルーミンの総菜屋さんで培った腕に頼ることが多かった。でも、明日はルーミンが主役だからそういうわけにはいかない。

 リュザールは私と同じで地球の料理を作ることができるから、ルーミンの穴を埋めるは申し分ない。


「ねえ、ソル。さっき言っていたルーミンたちの新居ってどんなものか知っている?」


 あれ、リュザールも新居の中身を知らないんだ。


「私は聞いてないよ。さっき外から見たら普通に見えたんだけど……」


「リムンがジャバトに話すのを聞いていたんだけど、最初はルーミンに聞いてから家に入るようにって、なんのことだと思う?」


 つまり、ルーミンが知っていてジャバトが知らないことってことかな。


「地球に関係するのかな」


 私はリュザールの耳元で小さな声で伝えた。


「たぶんね。ボクたちの家もそうなるのかな」


「どうだろ」


 ルーミンたちの新居、さらに気になってしまった。




 料理の下ごしらえを続けていると、ルーミンがニコニコしながらやってきた。


「皆さん遅くなりました。私たちのためにありがとうございます。私も今から頑張りますね」


「どうしたの? えらく嬉しそうなんだけど」


「えへへ、ソルさん。希望通りの家を作ってもらえました」


 新居の出来栄えに満足しているようだ。


「どんな感じなの? 教えて」


「教えてもいいのですが、見た方が感動すると思うので、ここの帰りにご案内しますね」


 見せてもらうように頼むつもりだったから、願ったり叶ったりだ。それにしてもルーミンの希望通りの家ってどんな家なんだろう。




 そろそろ日も傾きつつあるが、まだ夕暮れには早い時間。私とリュザールは上機嫌なルーミンと一緒に新居に向かって歩いている。


「せっかくなら、明るいうちに見ていただきたいですから」


 と言って、ルーミンはしばらくかかると思っていた料理の準備も、あっという間に済ませてしまったのだ。


 新居の隣ではユーリルとアラルクが基礎工事の作業を続けていた。


「ソルたちは今から新居を見るの?」


 ユーリルが私たちを見つけて駆け寄ってきた。


「うん、なんだかすごいのができたって、ルーミンが喜んでいるんだけど」


「ああ、最初聞いた時はどうしようかと思ったんだけど、何とかなるもんだね。ソルたちの家が済んだら、僕の家も変える予定なんだ」


 へえ、それほどなんだ。


「ねえ、ユーリル。俺の家も変えてもらえないかな」


 アラルクもやってきた。


「えー、アラルクの家は僕たちが作ってないからよくわからないよ。おじさんに頼んだら」


「ええー、そう言わないで頼むよ。腕相撲大会以来、お父さん何かと張り合って来て大変なんだよ」


「あのー、早く行きません。日が暮れちゃいますよ」


 しびれを切らせたルーミンにうながされ、みんなで新居へ向かう。




「こちらが玄関です。靴を脱いでお入りください」


 玄関? 靴を脱ぐ? え、まさか!


 ルーミンが開けてくれたドアの中には、まさに玄関と呼べる空間があり、その先にはろうが塗られた木の板が敷いてあった。


「うそ! 靴を脱いで上がれるの! それに廊下!」


 テラの家は入ったらいきなり土間だ。そして家の中はレンガを敷き詰めて地面より少しだけ高くしてあり、部屋の中で落ち着くところにだけ絨毯を敷く。つまり、絨毯以外のところは靴のまま移動するのが当たり前なのだ。

 だから、家に入ってすぐに靴を脱ぐというのは、これまで聞いたことが無い。


「これだけじゃありませんよ。まだまだ、ありますからね。さあ、入ってください」


 靴を脱いだ私たちは、ルーミンに手を引かれ中に入って行く。


 家の中の間取りとかは他の家とあまり変わらないけど、床という床には蠟が塗られた木が敷いてあるようで、はだしで歩くことができるようになっていた。


 そして最初に案内された二人の生活の中心となる居間には、結婚前に織物部屋のみんなと慌てて作った絨毯が早くも敷いてあり、これから始まる生活を二人の生活を予感させてくれる。


「ルーミン。絨毯と木との色合いもいい感じだね」


「ですよね。さっきジャバトと敷いてみて思いのほか合ったのでびっくりしました」


「ねえ、ユーリル。床は全部に木を敷いているの?」


「いや、台所だけは土だね」


 あ、そうか。こちらでは水が井戸から汲まないといけないから、料理するときはしょっちゅう外と出入りをしないといけない。その度にいちいち靴を履くのは面倒だ。


「よく考えられているね。便利そう」


「ふふふ、これで満足してはいけませんよ。こちらに来てください」


 さらにルーミンに導かれて廊下を進む。こちらの建物には珍しく、それぞれの部屋の入り口にもドアがあり、寒いときにも大丈夫なようにできているようだ。


「どの部屋にも扉が付いてるんだ、すごいね」


「驚くところはそこじゃないですよ。もうすぐです。ここです! 階段を上った先の扉を開けてください」


 家の中なのに階段……まさか!


「!!」


 そこを開けると、なんとトイレがあった。


「家の中なのに! すごい!」


「これで、雪の日に寒い思いして外に出なくてもよくなります」


「ねえ、ユーリル。相談があるんだけど」




 ユーリルに尋ねると、私たちの家に限らずこれから作る家には、トイレを家の中に作るつもりらしい。


「臭いは気にならないの?」


 砂漠みたいな乾燥地帯ならトイレの臭いも気にならないそうだけど、ここは乾燥はしているけどそこまでではないので一応臭いはする。まあ、それでも高温多湿の日本よりはかなりましな方だ。


「そのために入り口に扉は付けたし、作りも考えた。でも、まめに掃除は必要だけどね」


 ため込まなければいいだけのことか、それなら今でもしているので問題ない。


「床をこれだけやるの大変だったんじゃないの?」


 レンガを置いた上に木を渡しただけじゃダメなはずだ、水平にしないと体が傾いてしまう。


「うん、大変だった。オジャクさんに頼んで木の厚さを一定にして、レンガも傾きが無いように並べて……」


 聞いただけでも大変だ。それだけ頑張った理由が、


「もう少ししたらラザルとラミルも歩くようになるでしょう。その時にいちいち靴とか履かせないじゃん。せめて家の中ぐらいは、はだしの方がいいと思ってね。ルーミンの家はその練習」


 と聞いた時、なるほどラザルとラミルのためかと納得してしまった。




 私たちの新居も同じように作ってもらえるようになったし、これは楽しみになってきたぞ。


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あとがきです。

「ソルです」

「ユーリルです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「すごい家作ったね」

「ほんと苦労したよ」

「あんなの作っていたなんて知らなかったよ」

「内緒にしてはいなかったんだけど、織物の方は気付かないほど大変だったんでしょ」

「そう、大変だった……。まさかルーミンの織物がギリギリまでかかるとは思って無かったよ」

「さっきお風呂でジャバトが話してくれたよ。織物部屋の人たちに申し訳なかったって」

「まあ、ルーミンが何もやってなかったのがいけないんだけどね。それでユーリルたちは今日がお風呂だったんだ」

「うん、リュザールとジャバトと一緒にね。今はリムンたちが入っているんじゃないかな。ソルは?」

「私たちは一昨日入って、次は明後日いや結婚式で一日伸びるから明明後日しあさってだね」

「前に比べて順番が伸びてきている……」

「村人みんなが入りたいって言うから仕方がないよ」

「これからも人がどんどん増えていくよね。一週間待ちとか嫌だな……お風呂増やすかな」

「ホント! 助かる。最近ではゆっくり浸かる時間も無くなっていたんだよね」

「でも、忙しくてすぐには作れないからちょっと待っててね」

「待つよ、待つからよろしくね。今日はいい日だ! では次回更新のご案内です」

「次回はルーミンとジャバトの結婚式のお話ですね」

「次回もお楽しみにー」

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