第43話 風花という名の女の子1

 翌日の月曜日、放課後のホームルームが終わった後に、例の転校生を見るために竹下のクラスまで向かっている。あの日以来、朝の散歩も欠かさずに行っていたんだけど、あの子を見ていないから同じ子かどうかはまだわからない。


 竹下のクラスはホームルームが終わったばかりのようで、まだ騒然としていた。


 竹下は……自分の席か。プリントを見ているのかな。


「ねえ、どの子?」


「ん、ちょっと待ってな」


 そういって、竹下が向かった先で帰り支度をしている女の子。

 あ、あの子。そうだ、あんな感じの子だった。

 この前はすぐに分かれてしまったけど、確かにあの子だ。


 こっちに向かってくる!


「お待たせ。今度転校してきた立花風花さん」


「立花風花です。この前はありがとうございました」


「え、立花って。あ、どういたしまして」


「そう、立花と同じ苗字だね」


「えーと、立花樹です。よろしくお願いします」


「立花が言ってたのはこの立花さんで間違いないようだね、って紛らわしい。立花、今からお前のこといつきって呼ぶからな」


「え、うん、いいよ」


「あ、あの、立花君っていうのも変な感じだから、私も樹君って呼んでいい? 私のことも風花って呼んでもらっていいから」


「え、え? 風花さん?」


「はい、樹君」


「ねえねえ、立花さん。俺も風花さんって呼んでいい」


「いいけど、竹下君の下の名前はなんていうの」


「俺は剛って言うんだけど、平凡だから竹下でいいよ」


 竹下とは打ち合わせしてないけど、とりあえずあの時のことを聞いてみよう。


「あのー、風花さんはいつこっちに来たの?」


「夏休み入って間もなくです。父の仕事の都合で引っ越してきて……」


「僕よく散歩行くんだけど、会ったのはあの日だけだから、最近引っ越してきたのかと思ってたよ」


「あの日はちょっと頭を整理したいことがあって、いつもしないことをしたくなっちゃって……」


「あ、それで。何か考え事してた感じだったよね」


「ごめんなさい心配かけてしまって」


 さて、ここからだ。


「あの時僕を見てソルって言ったよね? 僕ね、その名前に心当たりがあるんだけど……」


「名前って……。でもそんなわけは……」


 名前ってことに反応した……これは!


『君はリュザールかい?』


 風花さんの様子を見てここだと思ったのか、竹下はテラの言葉で尋ねている。地球の言葉とは明らかに違うから、言っていることが分かったのならそういうことになる。


「どうしてその名前を……」


 ビンゴだ!


 あー、ということは、やっちまってた、てことだ。風花さんに悪いけど、こうなった以上巻き込んでしまう以外の選択肢がない。あとは誠意をもって説明するだけだ。


「あのね風花さん、よかったら説明をさせてもらいたいんだけど、今日時間あるかな」


「時間はあるけど、説明って?」


「あっちの世界とこっちの世界のこと。ここでは話しにくいから俺の家に来てもらえるかな」


「竹下君の家?」


「そう、呉服屋なんだ。話ができるスペースがあるし、ちゃんと人の目もあるから安心していいよ」


 いきなり女の子、それも転校生を自宅に呼ぶのは気が引けるけど、竹下のお店なら従業員の人もいるし、風花さんも来やすいと思う。竹下ナイス判断。


 しかし参ったな、竹下と取り決めを作ったばかりだったのに早速やってしまった。風花さんになんて謝ろう。




 慌てて3人で帰り支度をして、竹下の家まで向かう。その道中は他愛もない話をして、テラに関する話はしていない。


「へえ、それじゃあ風花さんにはお姉さんがいるんだ」


 竹下が食いついた。さすがだ。


「ええ、高校に入ったばかりだったから、その寮に入ってこちらには来てないです」


「ああ、残念。風花さんのお姉さんだからきっと綺麗な人なのに」


「私のっていうわけではないけど、私から見ても綺麗だと思います。頼りになりますし」


「そっか、いつかお会いしたいな」




 そうこうしているうちに竹下のお店に着いた。いつも思うけど、話していたらあっという間だよね。


「わあ、きれい。私、呉服屋さんに入ったのって、子供の頃以来かも」


「この店はこの町でも大きい方だからね。品ぞろえはいいと思うよ。風花さんは背丈もちょうどいいから似合いそう」


 確かに風花さんは黒髪に黒い瞳の日本人らしくて、背丈も僕より少し低いくらいだから着物が似合うかもしれない。特に髪をアップにしたら……


「母さん商談室借りるね」


 おばさんはお店の奥にいるのかな。ここからじゃ見えない。


「剛お帰り、いいけどお客さんかい」


「うん、立花の彼女連れてきた」


 !!!


「えっ! 立花君の!」


「ちょっ、ちょっと、竹下。ご、ごめんね風花さん」


「へぇー、風花さんっていうのね。いらっしゃい。ふふふ、可愛いお嬢さんじゃないか。立花君も隅に置けないね」


 ほらぁ、おばさんが来ちゃったじゃないか。あー従業員の人も……


「お、おばさん、彼女じゃないです。今日は話が合って来てもらっただけで」


「照れなくてもいいから。真由美さん知っているのかしら」


 竹下ー。大事おおごとになったらどうするんだよ。


「母さんごめん。三人で話があるから」


「あらあら、飲み物は好きに飲んでいいからね。ゆっくりしていってね」


 おかげで場所を借りやすくなったのはいいけど、後のことを思うと頭が痛いよ。




 店の1階には着物とかを展示している横に、商談をするためのスペースが設けられていて、飲み物を飲みながらゆっくりと話ができるようになっている。


 しかし竹下の奴。急になんてことを言うんだ。ほら、風花さんだって赤くなってしまっているし。


「何飲む?」


 もう平常運転だ。


「じゃあ、コーヒー」


「風花さんは」


「私もコーヒーを」


「みんなコーヒーか。少し待っていてね」


「ごめんね風花さん。竹下は少し人をおちょくることがあって」


「いえ」


 そう言って僕たちは黙り切ってしまった……

 どうするんだよこの空気!




「はい、お待たせ。暑いからアイスにしたけどよかったよね」


 誰かのせいで大汗をかいているよ!


「樹は説明してないの?」


 僕は竹下を睨み付けた。誰のせいで出来なくなったと思っているんだ。


「そう睨むなよ、樹。あのね風花さん俺は。わかる?」


「ユーリルって。あのマルトで一緒になった」


「そうそう。そしてこっちが」


「ソルです」


「ソル? だって女の子……」


「風花さんはリュザールでしょ。でも女の子じゃん」


「あ、そうか」




 そうして僕たちは、これまでのいきさつを話すことにした。


「というわけ、だからソルが手を握って眠ってしまったばっかりに、風花さんに迷惑をかけてしまって……」


「でもあれはボクが頼んだことだから、それに数日過ごして分かったんだけど、そんなにいやじゃなかったよ。いやむしろ楽しい方が多いかな」


 風花さんリュザールの口調にそっくりになっていっている。最初のうちは混同しちゃうんだよね。竹下もそうだったし。


「そう言ってもらえると助かるよ。多分だけど、一度繋がっちゃうともう切り離せなくなると思うから」


「切り離せないのか。でも、大丈夫だよ。こっちでは樹に会えて、あっちではソルに会えるんでしょ。ボクは問題ないよ」


 ん、それって。


「やっぱりお前たちラブラブじゃねえか」


「え、いや、僕は」


「ボクはソルをお嫁さんにするから、樹はボクをお嫁さんにしてね」


 うーん、地球でもテラと同じ問題を抱えることになってしまったよー。

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