第27話 ユーリルの過去とこれからのこと

「紗知さんなんて言ってた」


 朝食が済んでしばらくすると、さっそく竹下がやってきた。


「さっきメールしたばかりだから、返事はまだだよ」


 今は午前8時を少し過ぎたぐらい。さすがに早朝からメール送るのも気が引けたので、8時になるのを待って送っていたのだ。


 ピコン! ……おっと、紗知さんからだ。


「なになに……来ていいって、そして作業の手伝いよろしくお願いしますってさ」


「やったー。そうなると思って動きやすい服を着てきたんだよね」


 確かに遊びに行くときの恰好じゃないな、汚れてもいい物を着てきたんだろう。服の話までしてないんだけど、よく気付いたな。




 ……せっかくなので、少し気になったことを聞いてみる。


「竹下って年上の人が好きって言ってたじゃない。それってユーリルも昔からそうだったの?」


「やっぱ、ユーリルのこと気になる? 俺って罪な男だなー」


「そういうのいいから!」


「はーい」


 そういい竹下は思い出すような感じで話し出した。


「多分昔からかな。ユーリルってコルカからかなり北の遊牧民の家で生まれたんだよね。こっちじゃパオとかユルトとか呼ばれるテントを使って、季節ごとに家畜を連れて移動して暮らしてた。生活に余裕があったわけではなかったけど、親子三人で仲良く暮らしていたんだ。でも、8つになった年の冬、ものすごく寒くて病気が流行った時、父さんも母さんも死んじゃった」


「遊牧してるときでしょ、よく生きていたね」


 多分遊牧していて親が死んだら、8歳の子供だけでは生きていけないだろう。


「ああ、冬は親戚で集まって暮らしてる時が多いよ。冬草があるところも限られてるし、寒さで家畜やられる時もあるからね。その年もみんなで集まっていて、大人も子供も何人か病気になって死んじゃってさ。父さんたちもその中に入ってたんだ」


「ユーリルはかからなかったの?」


「俺は大丈夫だった。今思うとみんなインフルエンザみたいなのに罹って、肺炎で死んじゃったんじゃないかと思う。最初は風邪みたいだったんだけど、どんどん咳がひどくなって弱っていって、最後には息ができないような感じで死んじゃったから」


 確かに地球でもインフルエンザが重症化して死亡することがある。

 特に医療知識が乏しいテラでは、伝染病対策とか知っている人はまれで、集団で感染して全滅したなんて話も聞いたことがある。そんな中でユーリルが生き残ったのは幸運だったのかもしれない。


「そしてしばらくは、そのまま父さんのお兄さんたちと生活してたんだけど、その次の年も冬の寒さが厳しくて家畜がかなり死んじゃってさ、元々ギリギリだったから俺まで養うことができなくなって、そこを出て隊商宿で働くことになったんだよね」


 改めて話を聞くと、ユーリルはかなり苦労してきたようだ。


「それでね、ここからが本題なんだけど、その隊商宿に5つ上と同じ年の二人の娘さんがいて、一緒に宿の仕事してたんだ。そこで、好きになったのは年上のお姉さんの方だったな。俺、もう本当にその人のことが好きになっちゃって、結婚するつもりでいたんだ。ところが俺が11歳になった年にその人が他の人と結婚して出て行っちゃってさ、ほんとにショックだった。それから、カインに来るまでいろんな人にあったけど、好きになるのは年上ばかりだったから、もとからそうだったと思うよ」


 なるほど、地球と繋がったからそうなったのではなくて、やはり元から同じということなんだろう。こういうのって、魂にでも刻まれているってことになるのかな。


「そうそう、ところでさ、テラの先輩に聞きたいんだけど、何か気を付けていることってあるの?」


 確かにこれまでは1人だったから、自分さえ気を付けていたらよかったけど、これからは2人になるから注意することがあるかもしれない。


「うん、そうだね。夜寝ないとテラに行けないから、地球でもテラでも夜はちゃんと寝ることにしてる。徹夜はしたことがないよ。テラも地球もどちらの生活も楽しみだし」


「途中で起きちゃったらどうなるの」


「途中で起きた時はその状況によるかな。寝てすぐ目が覚めた時はそのまま同じところだし、一度ぐっすり寝て明け方近くの時は、一度あちらの1日を過ごしてる。その時は寝直しても移動はしないね。それと昼寝の時はいくらぐっすり寝ても移動することはないよ」


「じゃあ、夜ぐっすりと寝た時だけ切り替わるって感じなのかな」


「多分そうだと思う」


「でもそれだと、俺と立花で寝るタイミングをずらしたら、あちらの1日の状況を聞くこととかできるんじゃないの?」


「もしかしたらそうなのかもしれないけど、どうしてこうなっているかわからないから、それをやるのは危険じゃないかな。だから余程のことが無いと試そうとは思わないよ。だって、あちらとこちらとの繋がりが切れちゃったら困るし」


「繋がりが切れるか。……もしかしたらそれだけでは済まないかもしれないね。今でもテラと地球では時空が違うっぽいから、それをやるとまた新しい時空ができてしまったり、あちらの時空かこちらの時空自体が、消滅してしまうことだってありえるのかもしれない……」


 時空が増えたり、消滅って。そういうこともあるのかな。

 向こうに行けなくなるくらいだと思っていたけど、実際、樹もソルも自分であることは間違いないから、いまさら切り離すことはできない。すでにその1日を経験した人間から、今からその1日を過ごそうとする人間がその日にあることを聞いてしまったらどうなるのか。もし、最初の1日とあとの1日の行動がずれてしまったら、その乖離を修正しようする力が働いてしまい、竹下が言ったようなことが起こる可能性も考えておく必要があるということだろう。


「どうしたらいいと思う?」


「俺らがこうなっている理由がわからないからには、そういう状況を作らないようにすることが一番だと思う」


 そうして2人で取り決めを作ることにした。


・徹夜はしない。

・夜寝た後は朝起きるまで会わない、喋らない。

・微妙な時間帯に話さないといけなくなった時には、お互い切り替わった後か聞いて、ずれてる場合には相手が知らないことは話さない、伝えない。

・今の時点で手を繋いで寝ることがトリガーになっている可能性があるので、2人とも誰とも手を繋いで寝るという行為をしないようにする。


 この4点だ。


 ただ、最後のについては、これまでもミサフィ母さんやテムスとも手を繋いで寝たことがあったけど、2人が地球とテラを行き来している様子はないから、誰とでも発動してるわけではないと思う。だから、念のためというやつだ。


「それにしてもいろいろと不思議だよなー。繋がる理由もわからないし。立花が言ったように、俺の記憶を思い出してみてもテラの地形は地球と一緒なんだよ。

 でも文明がものすごく遅れていて、人もかなり少ない。かなり昔に何か別れるような出来事があって、違う時間軸をそれぞれが発展していった結果が、地球とテラになっているように思えるんだけど。もしかしてテラで天変地異か戦争でもあったのかな?」


「天変地異は知らないけど争いはあったって聞いたことあるよ、でもそれが原因かはわからない。僕は、もしかしたら海に近づけないのが関係してるのかなって気がしてる」


「あー、確かにそれは聞いたことがある。なんでも海の近くに行くと病気になって死んでしまうこともあるとか」


「え、そうなの。病気になるんだ。伝染病なのかな。それなら近づくことできないね」


「あ、わからないよ。噂だから。セムトさんに聞いてみたら」


「おじさんも詳しくは知らないみたいだった。海の近くには行ってはいけないってのが行商人の教えだとは言ってたけど」


「行商人が言うのなら、そうなんだろうね。それならほんとに文明が発達してないのは、それが理由なのかもね。まあ、ここで調べようがないから考えても仕方がないか。ところでさ、話は変わるけど、糸車はこの後どうしていくつもりなの」


 切り替え早いな。


「できるだけたくさん作って、他の町や村で売っていくつもりだけど、そのうち真似されるはずだから、それまでかなって思ってる」


「そうだねそのうち真似されるだろうね。でも、それまでは独占っていうのかな、そんな感じになるから取り合いになるんじゃないの」


 確かに他の所の行商人が買いに来るかもしれない。もしそれで売ったりでもしたら、他の行商人も押し寄せて収拾がつかなくなるかも。


「販売はおじさんたちに任せた方がいいみたいだね」


「その方がいいよ。ソルは子供だし女の子だから悪いこと考える奴も出てくるかもしれないからね。それよりも、荷馬車ができて糸車がたくさん売れるようになったら困ることがある」


「なに?」


「昨日も話したけど、糸車は何と交換してくるのかな」


「塩とかもあるけど、だいたいは麦になると思う」


「そう、問題は物々交換。このままじゃ麦だらけになるのは間違いない。いくら塩でもらったとしても、塩ばかり食ってたら死んじゃうからね。倉庫を建てれば保管ができるかもしれないけど、ネズミも出るしそんなに長期間は保存できないよ。そして、何より麦は燃える。燃えてしまったらそれまでの苦労が水の泡だね」


「やっぱりお金が必要か。竹下はどうすればいいと思ってんの?」


「交易を進めるためには貨幣経済は必須だね。でも、国みたいに保証するので使ってくださいってわけにはいかないから、使うことのメリットをわかってもらうのが一番だと思う」


 そういって竹下が話した内容はこうだった。


 まずは糸車を売って集めた麦で、出来るだけ銅と銀を買う。その銅と銀で硬貨を作り、刻印のようなものをして一目見て何かがわかるようにする。そして、その銅貨の価値は鋳造や刻印にかかる費用と銅の素材の費用を足したものとし、それ以上に利益を乗せない。つまり、極力通貨発行益を取らない。


 つまりこういうことだ、麦10袋で銅1袋を交換して、その銅1袋で銅硬貨が120枚出来たとする。

 加工コストが銅硬貨20枚分だとすると銅硬貨100枚で麦10袋、つまり銅硬貨10枚で麦1袋交換できる固定相場制にする。

 銅1袋につき銅硬貨20枚がこちらに残るが、加工コストだから誰かが同じように硬貨を作ろうとしてもそれで利益が出ることはない。

 麦の価格と銅硬貨の価値の間に加工コスト分の差が出てくるが、みんな物々交換の不便さは分かっているので、利便性を考えたら普及するんじゃないだろうか。そして、硬貨の質を変えなければ、安心して使うこともできるだろう。

 銀貨も同じように作って、銅との相場の差と加工コストを考えて交換比率を考えたらいいだろうということだ。


「貨幣で儲からなくても、これから綿や絹の製品でいくらでも儲かるからね。それよりも早く麦だらけを解消するのが必要だよ。すでに村の人から集まった麦もかなりあるから」


 昨日の話では銅は結構流通しているようだし、銀も少しはあるようだ。銅や銀の相場が安定しているのならこの方法はいいかもしれない。安定してないと作るたびに大損とかもあり得るのでそのあたりは調べておかないといけないな。


「昨日も思ったけど、なんで竹下はそんなこと知ってんの」


「商売人の息子だからね。……ってウソです。前に貨幣の歴史調べていたことあって覚えていたんだ」


 そういえば竹下は歴史が結構好きそうだった。確か家にも四大文明のDVDとかがあったような気がする。


「それでもすごいわ、僕は自分たちで作ろうなんて思い浮かばなかったよ。ところで銅の相場がどんな感じかわかる?」


「うーん、宿にいた頃も相場で得したとか損したとかあまり聞かなかったから、そこまで変動しないとは思うんだけど、今まで気にして聞いたことなかったから」


 確かに行商人や鍛冶屋さんでもない限り銅の相場とか興味ないか。おじさんに聞いてみないといけないな。


「とりあえずやれることは、糸車をたくさん作って、麦を集めないといけないってことだよな」


「うーん、最初のうちは麦だらけになるのも仕方がないか……」


「置き場所は大丈夫?」


「作業場の1つが空いているからそこに置いてあるし、寝る部屋にも置けるからまだまだ大丈夫だよ」


「カイン以外では塩とかをもらうこともあるから、麦だらけにならないと思うけど、頑張って糸車と荷馬車作ってね。ユーリルが頼りだからね」


「わかったよ。頑張るからさ、お前もいろいろと協力しろよ」


「協力って? ちゃんとするよ」


「そうなんだけど、そうじゃないんだよなー。わかっているよね。でさ、そろそろ行く時間じゃないの?」


 あー、なるほどそういうことか。

 従業員の福利厚生も雇用主の責任っていうけど、これも福利厚生になるのかな?

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