第14話 工房の完成

 数日が過ぎ、工房はあと2、3日で完成するところまでこぎついた。今乾かしてる日干しレンガを組み上げて、漆喰で固めれば完成。



 ユーリルは時間を見つけては、ジュト兄と相談して糸車の改良をしてくれている。

 文字は少し書けると言っていたが、実際のところ結構書けるようだし、計算もできていた。頭の回転も速いし、かなり頭がいいと思う。


 コペルの方は自分たちの布団や衣服を作るだけでなく、空いた時間に試作品の糸車を使い、麻も紡いで糸を作ってくれた。麻の糸もこれまでのものよりも細く紡げていたので、聞いてみると、糸車を使うと手で紡ぐよりりが細く仕上げることができるということだった。麻はこれまで袋ぐらいにしか使えなかったけど、細い糸が紡げているのなら、他の物にも使えるかもしれないな。



 そろそろ糸車に使う木材を用意しなければならないので、村の木こりのオジャクさんにお願いし用意してもらう。

 糸車の材料や工房で使う木を伐る場所は、父さんやオジャクさんと話し合って、羊や馬を放牧しないところにある木に決めている。もし放牧地の木を切ってしまうと、そのあと新しい木の芽が出ても家畜が食べてしまい、木が育つことがないからだ。

 そしてその木を伐った後の植林について聞いてみたら、昔からの木こりのしきたりで、木を伐った後は木の若芽を植えるようにしているらしい。それなら安心だ。便利になったのはいいけど、村の周りの木が無くなって、はげ山になってしまったら目も当てられない。


 オジャクさん曰く「木は俺たちの飯の種だから、無くならないように気を付けてるのさ、だから羊飼いが俺たちの山に来ないように取り決めもしてある」ということだった。

 木を使うことになった時に、無理な開発だけはしないようにと思っていたけど、心配しなくてもここには山の木を守るという考え方があった。


 というのも、地球でこのあたりのことを調べているときに、衝撃を受けたことがあった。アラル海と呼ばれる塩の湖が、数十年の間に上流の灌漑によって流れる水の量が減って、かなり小さくなってしまったということだ。

 地球とテラが同じ地形だとしたら、アラル海の上流の川にあたるのは、私たちの村を流れるシリル川になる。今は村の近くの森も木がたくさん植わっているが、もし計画なしに伐採しそのままにしていたら、森が水を蓄えることができなくなるだろう。また地球と同じように無計画に綿花を栽培して灌漑を進めてしまうと、下流の湖まで水が流れないということもあり得る。

 このことはまだ誰にも言ってないけど、私は幸いにして地球での失敗を知ることができるので、同じことはしないようにしようと思っている。


 翌日にはオジャクさんは木材を揃えてくれた。ユーリルによると、これだけあれば村人の全部の家に糸車を渡しても余裕があるらしい。それにしてもオジャクさん、予想より早く用意してくれたな。もしかしたらオジャクさんのところも早く糸車は欲しいのかもしれない。

 今回の木材にしても、工房の建設にしても、いくら糸車を渡すからといって、村人の好意に甘えている状態だ。できるだけ早く作って、みんなに渡すようにしなければ申し訳ない。



 3日後、ようやく工房が完成。


 完成披露パーティーをやる習慣がないので、早速工房のみんなを集め、仕事手順の確認を行う。パートの4人も含め全員が集まってくれた。みんなも待ち遠しかったのかもしれない。


 工房は作業場が2部屋と、ユーリルが住むことになる住み込み用の部屋が1部屋の合計3部屋。

 それにトイレは工房の外に専用のものを男女別で作った。男女問わず募集しているから、別々の方が安心できるからね。

 2つある作業場のうち片方で糸車の組み立てを行い、もう片方は羊毛や綿花を紡いだり、織物を織ったりする場所にしようと思っている。ただ、しばらくは織物はしないので糸車の保管場所になると思う。

 また、木材を加工する場所は外なので、日陰を作るためにちょっとした軒先を作った。


 ユーリルがみんなを外の軒先に集め、改良した糸車の作り方を一通り教えていく。みんなのその指示に従って、木を切ったり、削ったりしている。

 慣れないうちは木をまっすぐに切ることも難しいので、最初の糸車が完成するのはまだしばらく先かもしれない。村の人たちには待たせることになるけど、せっかくなら長く使えるものを渡したいので少しの間我慢してもらおう。

 また、糸車は、1人1人がそれぞれ1個ずつ作るのではなく、協力して作り上げていく方がいいと思う。できるだけ品質を揃えたいし、この村では鉄などの金属が貴重で、道具を揃えることが難しいからだ。




 私は作業を手伝いながら考えていた。


 この糸車だけを、長く売り続けることはできない。構造自体は簡単なので、見た人の中には自分で作ることができる人もいるだろう。

 カイン村の人たちには麦6袋で渡すことにしているから、これくらいなら自分たちで作るより買った方が得なので作らないと思うが、コルカでは隊商の利益を出す必要があるのでそれ以上の価格になっている。これなら自分たちで糸車を作って儲けようと思う人が出てきてもおかしくない。テラには特許というものがないので、作りたい人が作りたいものを作ることができる。


 でも、私はそれでいいと思っている。


 私の目的はここの人たちの生活を良くすることなので、私一人が儲かることではない。多くの人に便利な道具が広まれば、それだけこの世界の人が生活しやすくなるはずだ。

 ただ、いろんな道具や文化を広めるためには、費用が掛かるし協力者も必要だ。そして協力してくれた人には報いてやらなければならない。

 この糸車の工房の建築に協力してくれた村人たちや、製造のために集まってくれたユーリル、コペルにラーレたち、それに行商に行ってくれるセムトおじさんの隊商の人たちを困らせることがないようにするのが私の役目だと思う。




 そして、糸車の次に広めようと思っているのは綿花だ。


 元々綿花はおじさんに頼んで種を見つけてもらい、村で作ってもらおうと考えていたものだ。だからメインの産物と言っていいかもしれない。ただ、綿花が今はまだ試験栽培中で、生地として売れるのはまだ先の話。もしかしたら、綿花を使えるようになる前に糸車が売れなくなるかもしれない。そうなると、工房の人たちに給料が払えなくなるので、何か繋ぎの物を考えないといけないかも。


 うーん、あと、ここにあると便利なものといえば織機おりきとか紙かなぁ。


 今も簡易的な織機はあり、家で使うような服などはこれを使って織っている。新しく効率がいい織機が必要になるのは、綿花や絹が使えるようになって、大量に生産する必要が出てからかもしれない。これについては一度コペルに聞いてみよう。


 そして紙か、紙は確かに便利だけど、文字を書ける人が少ないここでは、まだあまり必要ではないと思う。まあ、実のところ紙は作れるような気がしているしね。

 地球で紙について調べてみたら、普段使っている紙は木が原料の洋紙というもので、作るのに手間がかかりそうだった。それ以外にも植物の繊維や動物の繊維を使って作る紙があるらしく、有名なのは和紙だけど、その主な原料のこうぞ三椏みつまたと呼ばれる植物はこちらでは見たことない。しかし、麻や綿花、羊毛などでも紙が作れるらしく、それらはここでも調達可能だ。

 暇と道具がなくてまだ試してはいないけど、特に綿花はこれからたくさん作っていくので期待している。


 今は文字を書ける人が少ないけど、紙があるとみんなに文字を教えやすくなる。覚えたら人は書きたくなるはず。そうすると紙の需要も増えるのかな。よくわからないな。


 それにしてもテラにはあまりにも地球と比べて何も無さ過ぎて、取り入れることができない物が多すぎるように思う。


 何をどうしたらみんなが喜ぶのか、1人で考えてもうまい事浮かばない。誰か相談できる人がいればいいのだけれど。



 夕方になり今日の作業を終わる。


 パートの奥さんのうちの二人は用事があるので昼すぎには帰っているが、他の7人は最後まで頑張ってくれた。まだ最初の日ということもあり、作業自体はあまり進んではいないが、みんな満足そうだ。


 ユーリルは今日からここで寝泊りすることになるので、暗くなる前に布団を運んでおく。ただ、ここにはかまどがないので、食事は今までのように一緒に食べることになっている。


「ユーリル、今日からあちらで寝るんでしょう。寂しくない?」


 食事中母さんが聞いている。


「いえ、たぶん寂しくはないと思います。ただ、ようやく薬のにおいに慣れてきていたので残念です」


 やっぱり薬のにおいが気になっていたのね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る