六
白石さんと会話を交わして一ヶ月が経過した。あの日から再度会話を交わす機会は訪れなかった。
学校は一学期の中間テスト一週間前で、一部の真面目な生徒は休み時間もテスト勉強をしている。その他の生徒は恐らく一夜漬けで挑むつもりだろう。かくいう僕もその一人だ。毎回テスト前日の夜に詰め込んで、赤点だけは避けている。白石さんもテスト勉強をしている様子はない。いつも通り他のクラスの黄木さんと談笑している。わざわざ短い休み時間に他のクラスにまで来るなんて、黄木さんも友達が少ないのだろうか。そう考えるとなんだか親近感が湧く。僕は本を読みながら二人の会話に聞き耳を立てた。
「ミキちゃんは彼氏と最近どうなの?」
「んー、相変わらず束縛が激しくてさ。この前もクラスの男子と少し話しただけで、めちゃくちゃ怒ってた」
前言撤回しよう。黄木さんには全く親近感が湧かない。
「それより空は彼氏作らないの?」
「私は暫くはいらないよ」
「そっか……けど、もう三年も経つんだし勇気出して作ってみようよ!」
「うん、ありがとう。考えてみるね」
たった一分にも満たない会話の中で、僕は二つの衝撃的な事実を知る事になった。
一つ目は、白石さんに三年前に彼氏が居たこと。三年前だと恐らく中学三年生だろうか。それはそうだ、白石さんは客観的に見ても間違いなく容姿は優れている部類に入る。彼氏の一人や二人居たってなんら不思議ではない。不思議ではないのだが、改めて彼氏が居たことのある事実を知ると凹んでしまう。それが男という生き物だろう。
二つ目は、白石さんに現在は彼氏が居ないこと。つまり僕にもチャンスがあるわけだ。こんなに嬉しいことはない。
「あ、そろそろ授業始まるから行くね」
黄木さんが教室を出た後、僕の頭の中では再び「秘密」の二文字が渦巻いていた。また二人だけの秘密を作って、白石さんと会話を交わしたい。もっと仲良くなりたい。しかし、前回のような秘密では足りない。白石さんがジャーキングを起こしたなんて、今思えば秘密でもなんでもない。たとえ誰かに秘密を漏らしたとしても「ああそうですか」で終わりだ。もっと二人だけの、本当に誰にも言えないような秘密を作らなくては。
「はい、ここは今度のテストでも出ますから、しっかりノートに書いておいてくださいね」
いつの間に始まっていた授業。教師の魔法の言葉「テストに出る」が耳に入ると、急いでノートを開いて黒板の文字を書き写す。危うく点の取れるポイントを逃すところだった。ただでさえいつも赤点ギリギリなのだから、こういった場所では確実に点を取らないと、それこそカンニングでもしないと赤点になってしまう。
カンニング……。そうか、カンニングだ!
白石さんとの新たな秘密を作る方法が脳裏に浮かんだ。そうだ、カンニングをしよう。もしバレてしまったら停学にさえなり得るカンニングなら、きっと二人の距離はさらに縮まるはずだ。あとは僕がカンニングをしたことを白石さんだけに知ってもらう方法を考えなければならない。先生や他のクラスメイトにバレてしまっては意味がない。だからと言って、白石さんに「僕カンニングしました」なんてことを伝えても相手を困らせるだけだ。自然に白石さんだけが僕のカンニングを知らなくてはいけないのだ。
「おい黒田、ちょっと消しゴム貸してくれない?」
突然背後から僕の名前を呼ぶ声がして我に返る。声の正体は緑川だ。思えばこいつはいつも考え事をしているときに話しかけてくる。全く困った男だ。筆箱から消しゴムを取り出して振り返り渡そうとすると、緑川の手のひらから消しゴムが落下して、教室の床に転がった。
「ごめん」
「いや、俺がちゃんと受け取れなかったから。悪いな」
緑川は悪びれた様子で消しゴムを拾い、素早くノートに書かれた文字を消して返却をしてくれた。そこで一つの妙案が頭に浮かんだ。そうだ、この方法なら白石さんだけにカンニングを知らせることができる。
「ありがとうな黒田」
「こちらこそありがとう」
僕の感謝の言葉に緑川は訝しげに首を傾けるが、そんなこともお構いなしに、内心で「ありがとう緑川」と繰り返す。緑川のおかげで思いついた案だ。いくら感謝しても感謝しきれない。
僕は机の上に転がっている消しゴムを怪しげに見つめては微笑んだ。
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