僕は今、どういう状況なんだろうか。
どうして梨花先生や美紀先生と一緒に景子アナや皐月アナがいるのか。それはとっても気になる。けど今は、姉ちゃんのことが先。緊急事態だ。咲舞も同じ気持ちだ。
「姉ちゃん、しっかりしろ!」
「師匠、しっかりしてください!」
姉ちゃんは応えてくれない。ぐったりと倒れたまま、ぴくりとも動かない。姉ちゃんからは状況を聞き出すことができない。ならばと、僕と咲舞は梨花先生に抗議する。
「梨花先生、姉ちゃんに何をしたんですか!」
「何もせずに師匠がこうもあっさり倒れるはずがありません!」
梨花先生は眉ひとつ動かすことなく、こちらに目を向けたままだ。
「梨花先生! 何か言ってください」
「先生!」
まったく反応がない。無視するなんて、いくらなんでも感じが悪い。だけどまったく動かないというのも不自然なことだ。
「梨花……先生……」
「先……生……黙ってたら分かりません……」
おかしい。僕と咲舞は顔を見合わせる。手錠で繋がり慣れてきた僕と咲舞は互いを意識しないようになっていた。けどこうして改めて顔を見合わせると、かなり近いのに驚く。顔がぐぐぐっと熱くなる。
こんなときに、ダメじゃん、天太郎! 堪えるんだ、ぐっと堪えるんだーっ!
「…………」
「あまちゃん近い……。って、師匠が倒れたときに私、何考えてんだろう……」
言われて、咄嗟に咲舞から視線を外し、左を見る。そこにはいつのまにか紫亜たんがいる。こっち近い……僕はまた、挟まれている! 紫亜たんがおかしなことを言う。
「すごいわね、この2人。この状況で眠れるなんて!」
「ふぁっ?」
眠れるって、どういうこと? 姉ちゃんは『ぐはっ』と言って倒れて、意識を失っている。梨花先生は目を開けて立っていて、普通にこっちを見ている。姉ちゃんが倒れても気にすることなくずっと視線を変えていない。
もしかして、梨花先生も気を失ってるんだろうか? 目を開けて立ったまま!
「私も、つられて眠くなってきたわ。おやすみ……」
「ふぁっ?」
紫亜たんは深い眠りについてしまった。紫亜たんの体重を感じる。子猫のように軽いけど。これはこれで幸せだ。ほっこりしてにやけてしまう。それを間近で見ていた咲舞が「私も!」と言って寄りかかってくる。
「ふぁっ?」
「か、勘違いしないでよ。紫亜さんに対抗しているんじゃないから……」
そうですか。
「……あくまで師匠の真似なんだからね!」
はい、分かりました。つまり咲舞は姉ちゃんの真似ではなく紫亜たんに対抗してお休みになるのですね。どっちにしてもこの状況でよく眠れるものだ。
「……だめ! 全然、眠れないわ……」
でしょうね! 咲舞、気にすることはない。それが普通だから。こんな状況で眠れるのは紫亜たんくらいなものでしょう。姉ちゃんや梨花先生は気を失っているだけだろうし。
景子アナが状況を説明してくれた。
「そのウェイトレスが急にやって来て固まったの。そしたら梨花も固まったの」
実に的確だ。理由の考察は一切なく、景子アナが見たまんまのことだ。
「それはそれは。姉ちゃんがお騒がせしてすみません」
姉の失態は実弟である僕が後始末しないといけない。紫亜たんが寄りかかって眠ってて腰を曲げることはできないけど、頭だけをそっと下げて謝意を伝える。
「それはいいのだけれど……」
景子アナは何かを言いたそうだ。その言葉を遮ったのが皐月アナ。「……天太郎くん。こんなところで会えるなんて、うれしい!」と、僕に抱きついてきた。バランスが崩れて背後へ倒れそうになる。
このままでは、皐月アナはもちろん、紫亜たんや咲舞まで巻き込んで倒れてしまう。だけど僕独りでは、3人を支えることはできない。やっ、やばい……倒れてしまう。たっ、助けてーっ!
と、背後からは甲高い声が聞こえる。この声はたしか、青い目をした女子の大きい方。何て言ってるかは、よく分からない……。
「This is Japanese OsikuraーManjyuu!」
僕は倒れることがなかった。何かとても柔らかいものに肩口から首筋にかけて支えてもらう。我ながら運がいいのに驚いてしまう。それはいいのだけど……一難去ってまた一難とはこのこと。
同時に何か別の、とても柔らかいものが顔面に被さっていて、視界を奪ってもいる。これが厄介で、暗くて、苦しい……。何も見えない。息ができない。助けてーっ。僕は、泣きそうだ。
「主は『押されて泣くな』と申しております」
従者の方の声だ。そうですか、そうですよね。泣いたら、ダメですよね。僕、男の子ですもの、うんっ! 暗くて、苦しくて、辛いけど、落ち着いて頑張ろう! 僕はすぅーはぁーっと深呼吸した。
「あっ天太郎くん……息が……荒いよ……はぁ、はぁっ……」
皐月アナの声は艶やかで息は短い。僕の頭上付近から発せられているように思えるが、見えないから確証が持てない。僕は今、どういう状況なんだろうか。
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天太郎くんは運がいいだけの男の子です。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
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