僕の恋愛ステークス
みんなはもちろん怪訝な表情だ。
僕には『なっ、何者?』とは言えない。大川慶子と柏木集子。顔なんか見なくても声だけで2人だと分かる。修羅場にいる僕にとっては救いの女神のような存在だ。間違えるはずがない!
そっと顔をあげる。今度の予想的中は、ちょっとうれしい。
僕が「慶子さん! 集子さん!」と言うより少し早く、咲舞が言う。
「あれ? 慶子に集子じゃない! なに? 2人は知り合いだったの」
「げげげっ、咲舞……」
「まっ、まずい……」
咲舞は慶子さんとも集子さんとも知り合いのようだ。相当避けられているようではある。2人の顔が見事に引き攣ったのを僕は見逃していない。咲舞は全く気にする様子がない。さすがは姉ちゃんの弟子。ハートが強い!
紫亜たんが言うと、咲舞は水を得た魚のように生き生きと躍動する。
「咲舞さん、お2人と知り合いなんですの?」
「ふふふっ。あくまで親同士の繋がりではあるけれどね」
反対に、昨日とは別人のように暗く、顔を引き攣らせたまま頷く2人。気の毒にさえ思える。3人のヒエラルキーを垣間見た気がする。
「大川牧場とは祖父の代からの付き合いで、慶子とは一昨日会ったばかり」
「そうね……築地のお寿司屋さんだったかしら……」
咲舞も慶子さんも、いいもの食ってやがる。僕はお寿司なんてここ数年は食べてない。ちなみに一昨日の井田家の夕飯の献立は、味噌汁とMKG・マヨネーズかけご飯だった!
「それから、柏木のおじさまと私の父が大学の同期なの」
「たしか先週の日曜……六本木の鉄板焼き屋さんで会ったわ……」
こっちもかよ。鉄板焼きって聞いただけで涎が出るぜ。ちなみに先週の日曜日は、味噌汁とお隣さんにもらったじゃがいもを茹でたやつだ!
「ねーねーっ。3冠制覇を狙ってるって、本当なの?」
「えぇ……まぁ……一応、そういうことになってるのよ……」
「3冠制覇なんて簡単だって……大見得を切ってしまい……」
明らか嫌がる慶子さんと集子さんに、グイグイ迫る咲舞の勢いは止まらない。
「いぃなぁーっ。私も参戦しようかしらーっ!」
咲舞に言われて顔を見合わせる2人。意見が一致したのを確認したのか、揃って紫亜たんを見つめる。うるうるしていて、すがるような目だ。僕が思うに断りたいのだろう。紫亜たんがそれをどう受け止めたのかは謎ではある。
「いいわよ。1人増えたって、大したことないでしょうから」
歓喜の咲舞。肩を落とす慶子さんと集子さん。その表情は対照的だ。
全員で座り直す。僕の直ぐ右に咲舞、左に紫亜たん。正面右に慶子さん、左に集子さん。慶子さんも集子さんも手錠のことには気付いているようだけど、まったく突っ込まない。触らぬ神に祟りなしということを分かっているようだ。
こうしてテーブルを囲むと、僕の異質さが目についてしまう。4人ともセレブで4人とも超絶美少女。花も恥らうほどだ。僕だけが貧乏で、運がいいこと以外にこれといった特徴のない男だ。
紫亜たんも咲舞もアイスミルクをお代わり。同じものを慶子さんと集子さんも注文。僕はだんまりを決め込む。4人に『ご馳走してやんよ』というくらいの甲斐性が僕にあればいいんだけど、先立つものがないのだからしかたない。
直ぐにウエイトレスさんが運んでくる。手違いでもあったのか、紙のコースターを5つ並べる。その上に順番にアイスミルクの入ったコップを4つ置いていく。紫亜たん、咲舞、集子さん、慶子さんの順だ。また手違いだろうか?
「あれ?」「おかしいわね?」「どうしてかしら?」「1本しかない?」
4人がそれぞれに言った通り、コップにはストローが1本ずつしかない。おかしい。コースターが5つで何も頼んでいない僕の前にもある。それもおかしい。どうしてだろうか? 5人で首を傾げる。
1杯のアイスミルクを男女が一緒に飲むと、その2人は永遠に結ばれるという伝説が語り継がれている、恋人御用達のカフェ・ド・ステーブルのアイスミルク。店の格式から考えて、単純なミスは許されないはずだ!
ウエイトレスさんはあどけない顔つきで、とても豊満なお胸の持ち主。僕はネームプレートにある『牧原真来』という文字を見るついでに、じっとその曲線美を拝み見てしまう。
男として、真来さんのことを守らなくてはいけない! 真来さんのウエイトレス姿は完璧で、そのままの格好で我が家のメイドになって欲しいくらいだ。井田家にお金があればのはなしだけど……。お金はなくとも、この場では絶対に守る!
僕は思わず生唾を飲み込む。真来さんがこのあと4人のプチセレブからクレームの集中砲火を浴びるのかと思うと居た堪れない気持ちでいっぱいだ。なんとかして守る術はないもか考える。時間が、ゆっくりと流れる。
4人を見渡すと、その目の鋭さに驚かされる。ベースがかわいいだけに怒りで歪むその顔の怖さときたら、見ていられないほどだ。不幸中の幸いとも言えるのが4人が互いに牽制しあっていること。誰も口火を切りたくはないのだ。
真来さんの背後に、バリスタ風の初老の男が立っているのが見える。ずっとそこにいたのか、急に現れたのかは分からない。丸いステンレス製のお盆を両手で持っている。上には白い液体の入った金魚鉢大のコップがのっている。
真来さんが甲高い声で言う。
「お客様、おめでとうございます!」
反射的に元気に「ありがとうございます!」と言ったのは僕だけだった。こういうの、慣れっこだから。他のみんなはもちろん怪訝な表情だ。
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何がはじまるのでしょうか。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
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