芸能界のサラブレッドといわれる美少女が僕のそばにいてくれるのは運だけで『ダービー制覇』できると思い込んでいるからのようです。

世界三大〇〇

はじまりはPOG優勝

早くお家に帰りたい!

 6月6日、日曜日。

 東京都府中市にある東京競馬場。

 メインスタンドの2階・3階・4階部分を占める巨大な空間。


 僕こと井田天太郎は、特設ステージ上手袖幕の影で怯えていた。知らなかった。POGの表彰式がこんなにも大規模だったなんて! 早くお家に帰りたい。


 POGとは、ペーパーオーナーゲームの略。デビュー前の競走馬を参加者が仮想馬主として登録、競走馬が得た賞金をポイントに置き換えて競うゲームだ。今回の主催は映画制作会社で、この夏公開の映画『東京・優駿物語』のPR企画。


 僕は副賞のプレミアム試写会のチケット目当てに参戦。芸能界のサラブレッドとも、業界の眠り姫ともいわれている生田紫亜が初主演。僕は8年前に紫亜たんがテレビ初登場した『ヒヒン戦隊パカパカパッカー』以来の最古参のファンだ。


 僕の紫亜たんへの思いは半端ない。スナック菓子のCMに出演していた頃は遠足の度に買ったし、使いもしない痔の薬も買った。進学塾に通いはじめたのも紫亜たんが通っていたといううわさを聞いてのことだ。


 極め付けは高級シャンプー。本体はお姉ちゃんへのプレゼントにしつつ、持ち前の運の良さを発揮して、抽選で100名様に当たる『DVD・正しいシャンプーの仕方〜生田紫亜バージョン〜』をゲットした。まだ見てないけど……。


 POGも運だけで優勝。副賞を受け取りに表彰式に来た。試写のチケットはもう目の前だ! と、そこまでは良かったが……単なる表彰式と思っていたけど、一体、何千人が見てるんだ? 緊張して、喉から心臓が飛び出てきそうだ。




 ファンファーレに合わせて、女子アナがステージ下手の司会台に立つ。お台場テレビの八木景子アナだ。露出の多い派手な衣装に、大人の色香がむんむん。しっとりした声とも相まって、中学生の僕には刺激が強過ぎる!


「それでは早速、ダービーオーナーのイダテンタロー様、ステージにどうぞ!」


 景子アナが呼んだのは、間違いなく僕のハンドルネームだ。本名は『いだあまたろう』と読む。もう逃げられない。ゲートインはとっくに完了しているんだ! 覚悟を決めステージに登る。


 幾重ものスポットライトが眩しくて、熱い。暗い観客席から割れんばかりの拍手喝采で出迎えてくれるのはうれしいけど、怖さもある。景子アナのむんむんした色香も魅力的過ぎて怖い。僕は紫亜たん一筋って決めているのに浮気しそうだ。




 景子アナが僕のプロフィールを添えると、会場は一気に冷たくなる。


「受賞者は『東京・優駿物語』主演の生田紫亜さんと同じ、中学2年生です」


 ひとり、またひとりと手を止める。拍手が鳴り止むまでに数秒もかからなかった。ざわざわと聞こえてくるのは、みんなの嫉妬。なんてこった!


「ケッ、中学2年生だと? 生意気なっ!」

「出来レースだったんじゃないか? 生田紫亜と同い年なんて出来過ぎだろ」

「競馬に一銭も投じてないくせに、ダービー馬を当てたからっていい御身分だ」


 中学2年生ですみません。紫亜たんと同い年ですみません。馬券買ってなくってすみません! 僕はなんとか指定された白テープの上までたどり着き、がっくり項垂れる。すると、景子アナが僕を気遣ってか、みんなに訴えかけた。


「皆さん、ダービーでは1番人気で圧勝のシルバーノリノリ号ですが、参加者10万人のPOGに登録していたのはイダテンタローくん1人だったんですよ。すごいですよねー。馬券とPOGでは、また違う難しさがあるんですね」


 会場の野次が止んだ。景子アナ、ナイスだ。本当にありがとうございます。


 ほっと胸を撫で下ろしたあと、景子アナに軽く会釈をする。景子アナはお安い御用と微笑みながら僕にウインクを飛ばしてくる。正直言って、惚れてしまうくらいかっこいい。反則だぁ! 僕は紫亜たん一筋って決めているのにぃーっ!




 表彰式は至ってシンプル。白テープの上に立つ。赤リボンバラのお偉いさんから目録を受け取る。記念撮影。目録を係の人に預ける。この繰り返し。僕にもできる、安心・安全の式典だ! けどたった1つ、ヤバいことがある。係の人!


 ボディーがヤバ過ぎる。元レースクイーンで新人女子アナの青嶋皐月。ドジっ子枠の即戦力らしい。173センチの長身に股下90センチといわれる御御脚。15センチの厚底ブーツを履かせては、ハプニング臭がぷんぷん。


 衣装もヤバ過ぎる。ホースガールと呼ぶべきか。暗い茶色の網タイツに、同系色で光沢のあるのレオタード。お尻部分に文字通りのポニーテールがあり、耳カチューシャもお馬さん仕様。胸元は当然、ぱっくり。エロ臭がぷんぷん。


 僕の目の高さだと前屈みにならなくても胸元がはっきり見えてしまう。しかも皐月アナは、ときどき脚をもつれさせて転びそうになる。その度に肩や胴や背を支えてあげるんだけど、どこに触れても僕には刺激が強過ぎる。ヤ、ヤバい!


 目録をキャッチするより皐月アナにリリースする方が難しいなんて、反則だ!




 それにしても世の中には一体、何人のお偉いさんがいるんだろう。賞状やトロフィーはまだしも、要らない副賞を受け取るのは辛い。中学生にビールとか日高昆布を1年分渡してにっこり笑って記念撮影しろーとか、無理ゲーだよ。


 ドジっ子のラッキースケベとか要らない。試写会チケットだけ受け取って、早くお家に帰りたい……と思っていると、急に景子アナの声が変わる。それまでのしっとりした感じから、キリリとハリのある感じになる。


「副賞の授与が続きますが、ここで皆さん、中央上の大画面にご注目ください」


 直後に、ステージが暗転。なっ何事?


 薄暗いなか、戸惑う僕。誰だかは暗くて分からないけど、ステージ上手へ誘導する声。ちょっとハスキーでまだまだ子供といったその声が少女のものなのは確か。聞いたことのある声なんだけど、誰だか思い出せない。


「こっちですよ、イダテンタローさん」

「……」


 導かれるまま、指定の位置に移動。お礼を言おうと思ったら、今度はいい匂い。高級感のある爽やかで上品な香り。どこかで嗅いだことがあるような、ないような。うーん、これも思い出せない。


「少し角度がありますが、一緒に見て頂けるとうれしいです」

「……」


 と、2度目にその声を聞いたときに僕は思い出す。姉さんに贈った高級シャンプーの香りだ。そして声の主はもしかすると……どうやら、おうちに帰っている場合ではなさそうだ。

__________________________________

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。

久し振りの投稿です。


今回の主人公は運だけの男です。


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