第27話 全翼機を推していきたい
3か月前。
諸問題の根幹に燃費があることが分かった段階で、俺はある提案を本命に据えようと考えていた。
「全翼機?」
そう、全翼機である。
ここは、スチールフロント頂上にある
会議にはブレン、アニエス、マリーの他に、ガーゴイルのデザインを手掛けている工房から1名と、ブレン推薦の国防軍技術士官1名が参加している。
「ああ、胴体と翼に分かれていないタイプの航空機を全翼機と言う」
「その、航空機という言葉も馴染みがないわね」
アニエスの言葉に、マリーも頷いた。
うーん、やっぱりそうか。こちらの世界は魔法で空を飛ぶことに成功してしまった為か、航空機は発明されてこなかったようだ。当然、航空力学という学問も発展していない。
どこから説明するのが良いか迷っていると、奥に座っていた技術士官が手を挙げた。眼鏡の奥に知的な光の宿る、年配のドワーフ女性だ。
「これは滑空玩具のようなものと考えて良いでしょうか?」
「滑空玩具?」
「よく子供が作る、こんな感じの玩具です」
言いながら、ノートを一枚破りてきぱきとした仕草で折り紙を始める。
出来上がったのは、俺も良く知っている紙飛行機だった。
「そうそう。それです。よかった、この国にもあったんですね」
「これ自体は古くからあるものですね。小学校などで、子供たちが遠くに置いた的に当てて遊んでいます」
なるほど、ダーツ的な遊びと組み合わされているのか。
俺は完成した紙飛行機を受け取ると、できるだけ丁寧に飛ばした。紙飛行機は皆の真ん中を横切るように宙を滑り、音もなく長机の上に着地する。
「今回作りたいのは、基本的にこれが大きくなったものです。便宜上『飛行機』と呼ばせてください。高い所から出発して、翼全体で風を受け止めて滑空し、お客様へ荷物を届ける。そのための形です」
紙飛行機を投げたのは、一同にイメージを共有してもらうためだ。
ガーゴイルのように魔力で飛ぶのではなく、グライダーとして滑空する。まずはここを理解してもらわないといけない。
「手元に配った資料にある通り、全体としては正三角形に近い形をしています。物流の都合上、最長辺が110センチ以内、厚みは最大40センチ以内です」
一同には、俺が地球でプリントアウトしてきた全翼機の設計図がある。
「最高機密」とどでかく印の押された表紙には完成イメージ図が描かれており、1枚めくると上面・正面・側面の三面図が表れる。
アニエスが初見で「おにぎり?」と言ったのはこの完成図だ。
「なるほどの。翼で空を飛ぶ機械か。機械が飛ぶという発想は、今まで無かったのう」
「そうです。魔力ではなく翼と風で飛ぶのが重要な点です」
今日のブレンは、仲間としてではなく領主として参加している。俺も体面上、敬語を使って接していた。
「燃費のため、ということかの?」
「はい。試作3号機までの実験結果で分かったんですが、ガーゴイルの魔力消費は9割以上が空を飛ぶために費やされていました。片道だけでもこれを軽減できれば、4割程度の魔力を別の目的に使うことができます」
従来のガーゴイル(と
「また、高所から加速をつけて滑空させることで、平均速度も向上します。これによって、道中の防御や通信に消費する魔力が一層軽減されます」
最終的に減速する必要があるとはいえ、巡航速度で時速60~80キロくらいは出せるだろう。大人がキャッチボールするくらいの速さだ。
「さて、ここで一旦目を瞑ってみてください。この飛行機が空を飛ぶ姿を想像してもらいます」
大切なことを始める時には、何よりもメンバー内でゴールのイメージを共有することが重要だ。俺は皆を見回し、全員が目を瞑ったことを確認した。
「あなたは今、この領主の館の屋上にいます。両手で持っているのは、大切な荷物を積んだ飛行機。目的地は、そうですね。麓にある太陽神教会としましょう」
歴史のある太陽神教会は、麓の一等地に広い敷地を構えている。最近屋根と壁面が美しく塗り替えられたことは市民の噂になっており、皆の頭の中でイメージしやすい建物のはずだ。
「あなたが呪文を唱えると、飛行機はそっと発進します。
そのままの高度である程度進んだ後、教会に向かって滑るように下降していきます。
速度は出ていますが、翼で風を受け止めて、速くなりすぎないようにうまく調節しています。
教会の上に達すると、上空でふわりと旋回して着地場所を探します。
庭園では魔法陣の前で司祭様が空を見上げて手を振っています。
飛行機は姿勢を崩さずにゆっくりと着陸して、司祭様に荷物を届けました」
俺はここで話を区切り、皆が目を開けるのを待つ。
どうだろう。うまく想像してもらえただろうか。
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