第2話 集め方と届け方
生放送が終わったその日の夜。
時間は既に夕食時を大きく過ぎていたが、ブレンの誘いで俺とアニエス、それにシャイルとセナがいつもの冒険者ギルドに来ていた。2階のテラス席で一通り酒とつまみを注文し、一息つく。
「しかしブレン、最後の質問良く乗り切ったな」
「ええ、わたしもどうなることかとハラハラしていたわ。しっかり対策案を持っていたのね」
「それにしても、いきなり大笑いするからびっくりしたでシカ」
「いやいや、迫力があってカッコ良かったです!社長にも追っかけ、ついちゃいますよ!」
やいのやいの。
自然と、話の流れはブレンの大見得に移る。啖呵も良かった。
「ないんじゃ」
「え?」
「は?」
「ん?」
「シカ?」
「アイデアなんてないんじゃ」
「おい、ブレン?」
「交通と輸送の問題を解決する、クールでスマートなアイデアは?」
アニエスは今でもちょいちょい地球のビジネス書を読んでいるのか、
いや、それはどうでもいいんだ。今なんて?
「だから、一発で全てがうまくいく解決策なんてないんじゃよ!」
あってたまるか!とブレンは逆ギレを始める。なんだ、突然15歳の夜にでも逆戻りしたか。
「あの若造め!出来ぬとわかっておって、しかもそれを言えぬとわかっておって敢えてあの場で突っ込んで来おったわ!優位な場所から一方的に殴るのは楽しかろうなあ!」
「ブレン、落ち着いてくれ。それは割とブーメラン発言だ」
財力と権力に現代地球の知識をかましてチートしてる自覚はある。
「しかし、あんな見栄を切ってしまった以上、何とか格好を付けねばならん」
「思いっきり自業自得じゃない」
アニエスのツッコミに、シャイルとセナも揃って首を縦に振る。
「お主ら、助けてくれ」
眉を八の字にして涙ぐむドワーフは、とても王太子候補者には見えなかった。
◇◇◇
酒と料理が届くのを待ち、俺はまず、アイドル二人の理解度を確かめた。
「とりあえず、二人はサリオン通販の配送の仕組みについてどの程度理解してる?」
「お客さんがポチったら、翌日品物が届きます」
「商品のお金は、翌月にギルドカードから引き落とされるでシカ」
うん、それは配送ではなく、お買い物の仕組みだ。しかもかなり大雑把だ。
「ええと、じゃあ、サリオン
「商品を作っている人、つまり製造会社が倉庫に届けに来てるわ」
「お客様が商品を注文したら、製造会社からうちの倉庫に届けてくれるのでシカ?でもそれじゃ、お客様に届けるまでの時間がかかり過ぎるでシカね」
セナの疑問には、後で答えよう。
続いてもう一問。
「お客様に届ける部分の仕組みは、イメージできる?」
「郵便ギルドの人が届けてくれてるのよね?」
「在庫がある商品は、ポチった翌日のお届けでシカ。在庫がない場合は、商品ごとに待ち時間が変わった気がするでシカ」
「セナ、何気に詳しいのね」
「えへへ、実はセナもちょいちょい使ってるでシカ」
なるほど、大体わかった。
おそらく、これくらいが世間一般のサリオン通販に対する認識だろう。
「よし。じゃあ大枠から説明していくぞ。物流全体の仕組みとしては、馬車の車輪を想像してくれ。車輪の外側の円の部分は製造業者や卸売業者だ。特に区別しない場合は、まとめて“
「ああ、たまに聞く言葉ね」
確かに、社内での会話にはちょいちょい出てくる言葉かな。
俺は説明のため、鞄からペンとメモ帳を取り出した。
「で、沢山あるベンダーからうちの倉庫に商品が集まる。車輪の
「うん、ここまでは想像通りでシカ」
「良かった。それでさ、馬車の車輪って、2つが対になっているだろ?ハブ同士が太い軸で繋がっているんだ」
「あー、そうね?」
シャイルは、まだよくわかっていないかな。
「この太い軸を、この業界では幹線輸送と呼んだりする。うちの倉庫の向こう側に繋がっているのは、郵便ギルドの配送拠点となる倉庫だ」
「へえ、うちの倉庫から直接お客様にお届けするわけじゃないんだ」
「郵便ギルドは、他の荷主の荷物や手紙も配っているからな。一旦自社倉庫に集めて、方面別に、そして小分けに荷物を整理するんだよ」
「頭の中に、描けてきたでシカよ。反対側の車輪では、中心となる郵便屋さんの倉庫からそれぞれのお客様の家に商品を配るのでシカね」
「ああ、だいたいそんな感じだ」
俺は、メモ帳に車輪が二つ、軸で連結している絵を描いて見せた。
本当は、郵便ギルドも地域の小型配送店に中間輸送をしているのだが、細かいことは省こう。
「ちなみに、うちの倉庫にはどうやって商品が集まるのでシカ?」
「おっと、そちらはまだ説明していなかったな。基本的には、需要予測に基づいて自動発注する仕組みにしている」
「わあすごい。会社が何を買うかって、自動化されているんだ」
シャイルは素直に驚いてくれるが、実際のところ自動発注は問題が多い。
この仕組みでは、まず需要予測が行われ、次に予測に基づいた発注量計算のプロセスが回り、最後に仕入先へ発注書を出している。
ただし、需要予測の精度はどこまで頑張っても外れるときは外れるし、その結果に基づいた発注量計算の数式も、商品によって細かい調整が必要だ。
例えば、同じ100個の需要が予想された商品でも、毎日大量生産されるガラス瓶と職人が1本1本鍛造する
こういったところは自動的に最適化できるものでもないので、結局は人が商品ごとのパラメーターをいじることになる。
そんなこんなで、発注そのものは自動的に出されても、人の手が全くかかっていないわけではないのだ。
「ここも話すと長くなるんだけど、今回の主眼からは外れるから大雑把な理解で良いよ。そのうち、希望があればしっかり説明する時間を取る」
「セナは聞いてみたいでシカねえ。こういう話、嫌いじゃないでシカ」
「わ、私だってアイドルですから?知っておく必要はあると思うの」
意外なことに、二人とも食いつきが良い。
あまり期待していなかったので、むしろ彼女らを見くびりすぎていたと少し反省する。単に歌って踊って戦えるだけのアイドルではなかったということか。
「さて、物流の話に戻るぞ。今回、あの王都新聞の記者から指摘された問題は、この車輪の絵で言うとどこに当たると思う?」
「ええと、交通渋滞がダメって言ってたわよね。だからとりあえず、仕入先からうちの倉庫にこれだけの線が引かれているのはまずいんじゃないかしら」
「郵便屋さんから各ご家庭に伸びてる線の数もヤバいでシカ。あれ?でもこれって減らせるでシカ?」
「もともと郵便ギルドが配達していた分もあるはずだから、減らすにしても限界があるわよね。でもそれを言うと、こっちの車輪同士を繋ぐ太い軸だって、細くするわけにはいかないんじゃないかしら?」
「ブレン社長が深夜帯に移すって言ってたの、この幹線のことじゃないでシカ?」
「あ、そうか。あと車両の大型化とか言ってたわね。その合わせ技で、渋滞はマシにできそうね」
二人の間で、しっかり理解度の高い議論が成り立っている。
このまま見ていたい気もするが、アニエスとブレンはぼちぼち食事を平らげてしまいそうだ。少し巻きで行こう。
「正解は、この図で描かれている線の全てが改善対象だ」
「あー、やっぱりそうよね」
「わかってたでシカ。答えをあと3秒待って欲しかったでシカよ」
「それぞれの線に対して、ストレスを緩和する施策が必要になるんだ。で、困ったことに一発で全てを解決する施策なんてない」
ちらっとブレンに目をやると、うんうんと頷いている。
その鼻柱に、アニエスが指で弾いた大豆がぶつかった。
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