何度でも、復習を

餅々寿甘

前編

「このっ、離せ!!」



 無機質で大きな手につかまれて身体が宙に浮く。ゆうに5メートルを超える巨体が、軽々と僕の首をつかんで持ち上げた。石造りの太い腕は、もがいたところでびくともしない。


 肺が酸素を求めて苦しむ。剣が手から滑り落ちた。心臓の鼓動が騒がしい。


 強くなる首への圧、かすむ視界。赤く光る奴の目が、僕をあざ笑うようにまたたくのが腹立たしい。迫る死への恐怖に絶望しながらも、残った力で叫ぶ。



「復習、してやる……!」



 自分のものではないような弱々しいしわがれ声が出たのを最後に、じわじわと全身をむしばんでいった苦痛が途切れた。





 ―――――――――――――――――――――――






「これより第49回ゴーレム対策会議を始める。はい拍手!」



 宣言すれば、ぺちぺちと実にやる気のない拍手が返ってくる。あのゴーレムに挑んでは負け、この聖域へ死に戻りしてはまた挑んで負けている。


 先の巨大スライム戦や人喰い植物戦でもここまでは負け続けなかった。この戦意の低さは敗因の一つに数えられるだろう。



「突破口はすでに見えているんだ、やる気を出せ。第44回で惜しいところまではいった。作戦がうまくいけば倒せるはずだ」



 僕だって、あの巨大な手にひねり潰されるのはもうごめんだ。そんな思いを押し殺して仲間を鼓舞してやっているのに、まるで効果はない。



「さて、復習を始めよう。敗因について意見のある者は?」


「お前の指揮が悪いからじゃねぇの」



 僕が悪い? こいつは何をぬかしているのか。一体誰のせいで死にまくっていると……。


 いや、落ち着こう。僕はクールな男だ。そう簡単にキレたりはしない。



「そーそー。もっと頑張ってよね、ソード君」



 キレ……たりは…………。



「確かに、指揮は悪いかも?」



 キレ…………た。



「貴様らが指示通りに動かないからだろうがぁっ!」



 人が大人な対応をしていれば好き勝手言いやがって、なんなんだこいつらは。



「ナックル、俺の指示を覚えていないな?」


「はぁ? 覚えてるっつの。あれだろ、とりあえず突っ込め」


「それは第3回での指示だ! 何回初見殺しの伸びるパンチに殺されれば気が済む!? 49回会っておいて初めましてじゃないんだよドアホ!!」



 何が楽しくて何十回も敗れている相手に手当たり次第向かっていけというのか。ゴーレムの行動パターンは十分把握したのに、攻撃手段を死にながら覚えるためにした指示をいつまで続けるつもりだ。



「いいか、もう一度言う。ゴーレムのコアは第26回でわかった通り、頭部にある。俺たちがゴーレムの気を引くから、お前は頭を破壊しろ」


「おう、この天才拳闘士様に任せとけ」



 とてつもなく不安だ。だがこれ以上アホの相手をしていたら頭が痛くなる。それに、次のほうが曲者だ。



「ワンド、貴様はなぜあのとき動かなかった? ゴーレムの腕に一撃でも当ててくれれば、俺は死なずに済んだかもしれないのに」


「えー。だってあいつ、魔法効かないじゃん?」



 過去全ての戦闘においてゴーレムに魔法が通らないのは明白であり、魔術師であるワンドが戦いにくいのは知っている。だが、その手に持っている杖は飾りか。


 へらへらと笑うその顔は何を考えているのか読めない。いや、こいつの性格から予想できるが理解したくない。


 まあ、今回こそ違うかもしれないし一応聞こう。



「正直に言え」


「いやー。必死にもがくソード君、ヨかったよ。やっぱり他人の苦しむ姿ってサイコーだよね!」


「そんなことだろうと思ったわこのゲス野郎!!」



 想像はついていたものの、悪趣味が過ぎる。死に戻るとしたって、仲間が死んで喜ぶ人間がいてたまるか。そう、ここにいるから困っている。



「頼むから真面目にやれ。一人で囮役は厳しい」


「はいはーい」



 くそっ、ゴーレムと戦っている時より疲れる。ナックルの方がまだましに思えるとは……。



「これにて第49回ゴーレム対策会議を終了する。各自、復習事項を忘れずに。さあ、再戦するぞ」


「え、ちょっ、ボクは!?」


「……ああ、いたのかランス」


「ひどっ! ボクにもなにか指示はないんスか?」



 指示と言われても、こいつはさっきの戦いで何をしていただろうか。


 ……ダメだ、わからない。そもそもゴーレム戦にいたか記憶にない。



「今回の死因は?」


「えっと……聖域から出たらすぐに地雷踏んだことッス」


「いい加減に罠の配置くらい覚えろ!」



 そうだ、コイツは毎回なにかしらで死んでいて一度もゴーレムのいる部屋へたどり着いていないじゃないか。部屋へ行くまでに罠があったり敵が出現したりするとはいえ、あまりにも運が悪いし弱すぎる。



「俺から貴様に言えるのは一つだけ…………死ぬな」


「いやそれかっこよさげに言ってるけど投げただけッスよね!? 見捨てないで欲しいッス!」



 ナックルに要点は伝えた。ワンドは趣味に走らなければ仕事をする。ランスはどうせ死ぬ。あとは僕が戦況を見極めればいい。



「行こう、次こそゴーレムを倒すぞ」


「無視ぃ!?」






 ―――――――――――――――――――――――






「これより第50回ゴーレム対策会議を始める。はい拍手するなうっとうしい!」



 もう我慢の限界だ。先程の戦いを思い返せば返すほどイライラする。



「ナックル、なぜすぐに突っ込んだ? 貴様の頭脳はニワトリと同列か!」


「はぁ? ニワトリ馬鹿にしてんじゃねぇよ」


「馬鹿にしているのは貴様だ単細胞!!」


「はぁあ? ニワトリか単細胞生物かはっきりしろよ!!」



 キレるのそこかよ。こいつの頭には逆についていけない。死因だってふざけているとしか思えないから当たり前か。



「ゴーレムは俺たちが手の届く距離にいない場合、腕を伸ばして攻撃してくる。厄介ではあるが油断しなければ回避可能な上、あの攻撃後は隙ができる。なぜ第5回での復習事項を覚えていない!?」


「おう、ニワトリだから忘れて当然じゃねぇの」


「開き直るな!」



 少なくとも40回は伸びる攻撃に潰されたのを見た。もはや学習能力とか以前の問題に……。


 そうか、こいつは脳まで筋肉に浸食されているのか。哀れだな。



「まーまー、そのくらいにしてあげたら? ナックル君に悪気はないんだし」


「ワンド、貴様は口をはさめる立場だと思っているのか?」



 ナックルが死んだ後、奮戦するも部屋の角へ追い詰められ逃げ場のなくなった僕を、あの泥人形は足で捕らえてきた。そして、ゆっくりと体重をかけて……。


 思い出すだけでも身の毛がよだつ。一思いに殺してくれと何度思ったか。そして忘れやしない。迫る足に抵抗している時に見えた、喜色満面なワンドの顔を。



「人の窮地を嬉しそうに見物するな!  助けろこの鬼畜が!!」


「えー、だってソード君の形相面白かったし。絶望に染まっていく過程がホントもう言葉にできないくらいヨかったよ」


「俺に恨みでもあるのか!? 貴様も同じ目にあえばいいのに!」



 心から楽しそうに笑っているのを見たのはあれが初めてか。こいつも普通に笑えるのか、なんて感動は一切ない。むしろ、本当に血の通った人間か心配だ。



「あのゴーレム趣味イイよねー。一撃でも殺せるのに、わざと苦しみが続くようにしてくれるなんて」


「貴様も同じ目にあえばいいのにっ!!」


「うん、さっき聞いた。あとオレ、自分が痛いのはイヤなんだよねー」



 劣勢にならなければ害がない以上、コイツの説得はもう諦めた方がいいかもしれない。気にかけるだけ労力の無駄だ。


 無駄と言えば、性懲りもなく無駄死にしまくる奴がいた。ランスと目が合うと、気まずそうに笑っている。



「あの、ソードさんってトラップの位置覚えてるんスよね? 今度はミニゴーレムの最後の爆風に押されて落とし穴に落ちちゃって……」


「そんなことは復習するまでもない。ゴーレム対策以前の会議で散々やったはずだ」


「それはそうッスけど、みんなで覚えて助けてもらえるとうれしいなー、なんて」


「自分でなんとかしろ、無能」



 こうも罠で死ぬのは不注意が過ぎる。そんなやつがゴーレム戦まで生き残ったところで、足手まといになるのは容易に想像がついた。


 ふと怒ったナックルが視界にうつったと思えば、殴りかかってきた。突然のことに避ける間もなく、ガッと衝撃をくらう。殴られた頬が焼けつくように痛い。



「黙って聞いてればよぉ、お前何様? 復習復習連呼してるが、自分さえわかってりゃ満足なんだな。そんな復習、何も生まねぇだろうが!!」


「なん、だって……?」



 なぜ僕が責められる。誰のためにこんな会議を仕切っていると……。



「面倒なリーダー役してくれてたから今まで言わなかったけどさ、そんなに復習が大事? あとソードくん、ノリがウザい」


「な、う、うざ……!?」



 なぜだ、なぜ僕は否定されないといけない。僕はいつでも全力を尽くしてきたのに。それなのに勝てないのは、こいつらのせいなのに。



「そのぅ……」


「なんだランス! 貴様も俺を馬鹿にするのか!?」


「いや、えっと、流れで言うんスけど……ソードさんって敵のことはすごく見てるけど、ボクたちのことはちゃんと見てないんじゃないかなって」



 カッと顔が熱くなる。反論を考えれば考えるほど、頭の中で言葉がわちゃわちゃになって声にならない。代わりに、目から水がこぼれ落ちそうになった。



「あーあ、ランスくんが泣かせたー」


「えっ、ボクのせい!?」


「泣いてない!! それに、そんなに言うなら……」


「あぁ?」


「そんなに言うなら! 貴様らが指揮取ればいいだろっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る