第6話

 その後、俺と知夏は付き合った。


 波が怖いという彼女と共に、その夏は良く海に行った。手をつないだまま少しずつ海に入ったりして、そしてキスもした。揺れる波の中で、二人の繋がりを確認しあった。

 もちろん、俺の初体験は彼女で、彼女の初体験は俺だった。たまらなくなって思わず押し倒したが、知夏はそれを受け入れた。その後で、渡り鳥の繁殖期の話を持ち出され、苦汁を飲んだような表情になった俺を笑っていた。すまんよ本当に。

 俺たちは青春を謳歌していた。間違いなく、人生の主役は俺たちだった。


 だが、結局彼女とは別れてしまった。


 あれは大学最初の夏。有名大学に進学した彼女とは半ば遠距離状態で、優秀でどんどん躍進していく彼女に、ひどく劣等感を抱いた。違う人種、という言葉が再び脳裏に浮かんだ時、俺は別れを切り出した。逃げ出した俺に、彼女は「わかった」と言うしかなかった。


 大学生活の思い出はあんまりない。普通に遊んで、普通に生きていた、というしかない。


 その後、平凡な商社に就職した俺は、仕事に夢中になった。なにかに取り憑かれたようでもあった。自分の可能性を信じたかったのか、なにかを証明したかったのか、よくわからない焦燥感に駆られていた。


 今ならはっきりわかる。俺は知夏の幻影に縛られていたのだ。彼女と住む世界が同じだと信じたくて、同じ人種だと信じたくて。自ら離してしまった糸を、がむしゃらに手繰り寄せていたのだ。


 その間、恋をしなかった訳じゃない。彼女もできた。短期間だけど同棲してみたりもした。だがいずれもうまく行かなかった。俺は彼女を大切に出来なかった。いつでも仕事を優先する俺と、二人の時間を大切にしたい恋人とは、水と油だった。いつも別れを切り出されるのは俺の方で、それでも心が変わることはなかった。最後に思いつく言葉は、「あなたとの子孫を残す気はない」だった。それを言い訳にすれば、自分が傷つかずに済んだ。


 この時から、もう俺は大恋愛は無理なんだろうと気付き始めていた。諦めでもある。俺の人生には無縁なんだと割り切った。その方が仕事に集中できたし、心が凪いでいられた。


 こうして、今の俺が出来上がった。くたびれた俺。とはいえ、まだ体力はある。でも、気力はない。仕事に打ち込んでいたが、振り返れば、何かを残した訳じゃない。ただ、会社というシステムの中で、歯車として回ったというだけだ。そんなことに打ち込んでいたなんて、どうしようもない愚か者だ、と今にして思うのだ。会社は人を育ててくれるかも知れないが、幸福を与えてくれるわけじゃない。今の俺がそうだ。わかったことは、仕事終わりのビールはたまらなく旨く、虚しいということだけだ。



 これではっきりした。

 常夏症候群の正体は、あの初恋だった。

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