〈第四章〉Side:大林圭介 a candidate
【1】
統一地方選挙は、来年の4月にある。
オレにとっては、三度目の選挙だ。
現在、豊島区議会議員二期目。
特定の政党にしていない無所属・一人会派の地方議員だ。
元々オレは、高校を卒業してから様々な職を転々とした。所謂3Kといわれる底辺労働も経験したが、15年前に起ち上げた会社が軌道に乗り、ある程度の時間と金がある状況になった。
そこで、柄ではなかったが「地域の若手の経営者の会」というものに参加してみた。この会は、自分達がビジネスをする地域に貢献することを目的地とするものだった。
面白いヤツもいたが、どうしようもない二代目、三代目のボンボンもいた。それでも、この会の活動は、オレにとっては新鮮であり・・・正直言って楽しかった。
はじめて「仲間」と呼べるヤツもできた。
ソイツの名前は、麻木。
麻木は、オレとは正反対な性格、かつ、池袋の駅前にビルを何棟も所有している生まれながらの金持ちだった。
オレは、そんな麻木を面白く感じ、麻木もオレのような成り上がりの男を面白く感じたようだった。
三十才を超えた男二人が、学生みたいなバカをした。
よく池袋で飲んで、遊んだ。
ビジネスでもフォローし合うことがあった。
ある取り先がヘタを打ったことで、オレの会社が窮地に陥ったときがあった。
その時は、麻木の人脈で助けられた。
また、麻木の会社が所有するビルをタチの悪い連中が狙っていたときは、オレが全面に立って追い払った。
オレと麻木は、“親友”と呼べる関係であり、麻木は、間違いなく”イイヤツ”だった。
それでも・・・
なぜか・・・
オレの周りで白チ病で死んだのは、
麻木が・・・はじめてだった。
【2】
池袋駅北口。
本当は「池袋駅西口(北)」という名称に変わっていたが、オレにとっては「池袋駅北口」の方が馴染みがある。
ここで、オレは、毎日朝の7時から駅頭をしている。
もうすぐ12時になろうとしていた。
本来は、駅頭は長くても2時間程度だ。
朝、会社等に向かう有権者を想定した演説なので、自然と通勤通学のピークには合わせて6時から8時ぐらとなる。
だが、白チ病が深刻化し電車も動いていない状況では、駅の構内へ降りていく者などほぼいない。
だから、オレは、ダラダラと駅頭を続けていた。
そもそも、来年の統一地方選挙が行われることはない。
これは、確定した未来である。
したがって、今オレがやっている駅頭は、“無意味”といえる。
自らの活動等を有権者に向けてアピールする必要はない。
それでも、オレは、駅頭を続ける。
もはや“意味”なんて必要ない。
単なる”惰性”だ。
オレは、そんな文字通り“無意味”なことを考えながら何百回と繰り返してきた定型の駅頭フレーズを口にしていた。
すると、オレの視界に男の姿が入った。
オレは、その男が自分と同じように惰性で生きていることが、一目で分かった。
男の顔に見覚えがあった。
ラブホ街の入口で事務所を開いている行政書士だ。
豊島区内のイベントで何度か顔を合わせたことがある。
あの先生も・・・まだ生きていたのか。
もはや、生きている者を見ても、特別な感情はない。
どうせ・・・みんな死ぬ。
ただ“白く”・・・“白く”なるしかない・・・。
【3】
「区議会選挙に出ないか?」
高木が、オレに豊島区議会議員選挙への出馬の話をもってきたのは、選挙告示日の1ヶ月前だった。何かのパーティの帰りだったと思うが、ホテルメトロポリタン池袋の一階ロビーで高木から切り出されたのを覚えている。
「選挙? 興味がないな」そのときは、一蹴した。
自分が「政治家」になるなんて考えたことはなかった。
むしろ、「政治家」は、自分とは対極の存在と理解していた。
それなのに・・・
結局、麻木に押し切られ、オレは豊島区議会議員選挙に出馬することになった。
結果は、4,325票でトップ当選。
麻木をはじめとし、経営者仲間が全面的に支援してくれたからだ。
「トップ当選なんてすごいよ!」
麻木は、誰よりも喜んでくれた。
その後、オレと麻木は、二人三脚で豊島区を盛り上げるために動いてきた。
オレが斬り込み、麻木がフォローする。
そうすることによって地域の顔役達との軋轢を抑えることができた。
この麻木との活動は、純粋に楽しかった。
麻木は、本当に自分が生まれ育った街を少しでも良くしたいという想いを持っていた。
それは、純粋なものであり、オレにとっては心地良いものだった。
だから・・・
白チ病が蔓延し、街が崩壊して行くのを最後まで見なかったことは、麻木にとってはよかったのかもしれない。
それは、アイツにとってあまりにも酷なことだ。
「圭介・・・あとは頼んだよ」
それが、麻木の最後の言葉だった。
「麻木・・・頼まれても・・・オレにできることは・・・もうないんだ」
【4】
薄暗い池袋駅構内に、オレの靴音だけが聞こえている。
もう駅構内には電気が通っていないので、外の光が差し込んでくる各出入口近く以外は、闇に沈んでいる。
コツ、コツ、コツ・・・。
オレの足音だけが響いて行く。
それは、まるで規則正しいリズムを刻むメトロノームのようにも聞こえる。
そこにかすかな歌声が重なってきた。
それは、幼い少女の歌声だった。
「どこから聞こえる・・・?」
オレは立ち止まり、その少女の歌声に耳をすませた。
だが、半ば闇に取り込まれ、反響する駅構内では全くの無駄だった。
オレは、少女の歌声を聴きながら闇を見続ける。
闇は、黒い。
本来であれば、負の感情を呼び起こすものだ。
だが、地上を覆う“人の成れの果てとしての白”に比べれば、はるかに落ち着く。
それは、”白く狂った日常“からの逃避。
黒で白を塗り潰す。
爽快感さえも想起させる。
”終わり“としての白からの逃避だ。
オレは、この逃避行為に耽る・・・だんだんと時間の感覚がなくなっていく。
それは、まるで死に近づいていくようだった。
ああ・・・
そうか・・・
オレは・・・
生きているのが・・・
「 」
オレは、この逃避の言葉を口にすると、自然と涙が出てきた。
【5】
地上に戻ると、眩しいほどの光で溢れていた。
白い塔……。
豊島区清掃工場は、都市部にあるこから周辺環境に配慮し煙突を非常に高くしている。その高さは、210メートルであり、東京都随一の工場煙突だ。
白い塔……まるでこの白い世界を象徴するかのようにそびえ立っている。
澄み切った青空と白い塔、そして[白]に覆われた地上。
オレは、そのあまりにも幻想的な光景に息をのみ、
「きれいだ・・・」
と、あまりに背徳的な言葉を口にした。
自己満足で構成された一日を何度繰り返せば[終わり]が来るのだろう。
もう来年の統一地方選挙は行われない。
立候補も投票もない。
それなのにオレは、駅頭を続けている。
誰に対して政策を語り、
誰のための政治を行なうのか。
破綻していた。
全てが破綻していた。
理由と結論の破綻。
オレは、救いを求めている。
「だれか・・・オレを救ってくれないか」
澄み切った青空に手を伸ばす。
そのオレの手の先には、白い塔があった。
この白い世界の象徴。
そうだ・・・あの白い塔へ行けば・・・オレは救われるかもしれない。
狂気が理性を飲み込んでいく。
ゴリゴリ
ギシギシ
ミシミシ
狂気が理性を飲み込んでいく。
ゴリゴリ
ギシギシ
ミシミシ
オレは、その過程をまるめ第三者視点のように見ていた。
「これが・・・オレの[終わり]なのか?」
オレの意識は暗転した。
【6】
白い世界。
そこに独り。
誰もいない。
白い塔。
それは高い。
誰もいけない。
目の前に白くそびえ建つ塔を見上げると、圧倒的な孤独を感じてしまう。
もう北口周辺には、生きている者はいないのかもしれない。
その現実に意識を向けると身体の震えが止まらなくなる。
オレは、こんなに弱い人間だったのか?
自問自答。
答えは、分かっている。
世界が[白]に覆われ始めた頃、コウジョウと名乗る男にも、同様の指摘を受けたことがある。
あの男が、本物の「予言者コウジョウ」だったのかは分からないが、男が「予言者」に相応しい存在感を持っていたのは確かだ。
「予言者コウジョウ」は、オレにあることを告げた。
それは、この世界の[根源]に関するものだった。
[根源]・・・
あえて[根源]という使い慣れない・・・聞き慣れない言葉を使ったのは、そう表現するしかなかったからだ。
予言者は、[根源]を明らかにする。
そして、予言者によって明らかになった[根源]は、一つの[事実]を[真実]へと昇華させる。
オレの背後で人の気配がした。
オレは、後ろを振り返る。
すると・・・
そこには・・・
予言者の姿が・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます