五【記憶の欠落】
「――ん?」
何だ?また知らない部屋か。
体が重っ……また寝てたのか。
クロウは目を覚まし、体のだるさに驚く。
気を失う前の記憶ははっきり覚えているが、妙に体が重く痛みが走っていた。
恵華には顔面しかやられていなかったはずが、右足を中心に体全体むち打ちにあったような痛みが感じられる。
「痛い……筋肉痛……よりひどいな」
ゆっくりと体を起こし周りを見渡すと、隣のベッドで何故か恵華が寝ている。
「何でこの子も寝てるんだ?疲れて寝てるだけか?」
クロウは状況が把握出来ないままベッドの横に置いてある自分の煙草を取り窓際で一服する。
しばらくすると、
[コンッコン……ガチャッ]
部屋をノックが聞こえ、入ってきたのは白衣を着た背の小さな老人。
「お〜クロウ、調子はどうじゃ?半日眠っていたが体に異常はないか?」
その老人はクロウを下から上まで見回しながら訪ねる。
「いや、それよりあんた誰だ?知ってると思うけど俺は記憶がねぇ」
クロウは煙草をふかしながら答える。
「知っておるさ……記憶の件は気にするな」
その言葉に煙草を床に叩きつけ、クロウは怒鳴り始めた。
「気にするな?……ナメてんのか!!お前等や自分が何をやってきたか何も記憶がねぇんだぞ!適当に済ますんじゃねぇ!!」
部屋中にクロウの声が響き渡り、その声で恵華も目を覚ました。
「ふあ〜……クロ様〜うるさいですよぉ〜」
あくびをしながら恵華もベッドから降りて立ち上がる。
するとそのまま恵華はふらつき始め、膝から崩れ落ち倒れそうになったところをクロウが瞬時に腕を出し支え上げる。
「っと……危ねぇな!」
そのままベッドに座らせると恵華はニコっと笑う。
「フヒヒッ♪ありがとうございます!
うぅ……まだ頭がぼんやりしてますぅ〜(笑)」
笑いながら首を回し上半身のストレッチを始め出す。
「……うるさくして悪かった。とりあえず恵華はなんで俺と一緒に寝てんの?なんでふらついてんの?」
恵華は不思議そうな顔でクロウの顔を見つめながら突然ハッと何かに気付き、老人に問いかける。
「ドクさん……クロ様はまた記憶が?」
クロウはこの老人が"ドク"と知り驚く。
ドクは首を振り、ジムでの事や記憶に関しての話しをし始める。
どうやら恵華が寝ていたのはクロウの顔面を真上から蹴りで叩き落とそうとした際に、クロウが途端に体をそらして回し蹴りでのカウンターを貰って気絶をしてしまったとの事。
クロウが気絶していたのはその時瞬時に無意識で"特殊能力"を使った事での反動で意識が飛んだらしい。
クロウは首を傾げながら話しを聞き、何から質問をしたら良いか分からない様子。
すると恵華がベッドから立ち上がり、
「そうですか〜!それなら良かったです!
とりあえず恵華は部屋に戻るので〜……ドクさん!できるならクロ様に"記憶"の話しと
"特殊能力"の話しをしっかりしてあげてくださいです!!」
恵華はドクに指をさしながら少し命令口調で言い放つ。
「勿論じゃよ。その為にここに来たのだからな。エドガーからも状況を聞いておるしな」
ドクはクロウにここに居る今までの経緯や特殊能力について話しに来たようだ。
「それじゃ〜クロ様!また後ほどぉ〜!」
恵華はニコっとクロウに笑いかけ部屋を出て行った。
「歩けるか?出来ればワシの部屋で話したいのじゃが……」
クロウは少し戸惑いながらも歩き始め、部屋を後にする。
部屋から出るとすぐ隣がドクの仕事部屋で中は医務室の様だった。
先程まで気絶して寝ていた部屋は医療用のベッドルームだとドクは言う。
そしてデスクに腰をおろすとさっそくドクは質問を始めた。
「とりあえず聞くが、昨日までの記憶は本当に何もないのじゃな?」
ドクは唐突にも記憶についてクロウに聞き始める。
「あぁ、何もない。旅行に来てでかい黒人……エドガーって奴に捕まってから薬で眠らされて……ここで目覚めたって感じだな」
クロウは覚えている最後の記憶と目覚めた後に不思議に思った事を話した。
するとドクは記憶に関しては体の細胞を活性化させる”薬”が原因だと話すが決定的ではないようだ。
薬はクロウが拉致らてすぐに実験体となったその日に打たれているため、今になって副作用が出たと言うのも考え難い。
しかし、活性化により脳の回転も早めるため、体と同じく脳にも長い時間で少しずつ負担をかけていき、記憶が欠落した可能性があると言う。
記憶の欠落、もしくは最悪の場合の消失は一番新しい記憶からなくなる可能性があるとの事。
しかし何がきっかけで記憶がなくなったのか、前日クロウに何が起こったのかは現在ドクとエドガーが調べているようだ。
「ふーん……色々ツッコミどころはあるけど、俺はなんで"組織"なんてものに属してるんだ?ロベリカに初めて来たんだぞ?ごちゃごちゃ居る人間の中でなんで俺が捕まったんだ?」
聞きたいことが山ほどある中、クロウはまず組織についてとなぜ自分が選ばれたのかを聞きは始めると、ドクはクロウが思わぬ所をツッコみ始めた。
「クロウ……エドガーにも聞いたが、お前さんの生まれた国は何処だ?ここは何処だと思っておる?」
「は?俺の生まれた国はニッポン。何?ここはロベリカじゃないのか?」
ドクはため息を吐きパソコンに向かい背を向けだした。
クロウもふと初めてエドガーや恵華と話した時の事を思い出した。
"ロベリカ"という名称に何か疑問に感じている様にも見えていた。
「そうじゃな……とりあえずはっきり言う。ここは"ロベリカ"でなく"アメリカ"じゃ。
お前さんの母国は"日本"。"ニッポン"でも間違いはないが、日本人でニッポンと呼ぶことは少ないな」
クロウは言葉を失った。
どういう事なのか、何が何なのか分からない。
困惑しているとドクはパソコンで世界地図を開いてクロウに見せた。
すると、本当にクロウが知っている名称が違う。
似ているようで全く違う国名。
「な……何で……?何処から!どっから何がどうなったんだ!?」
「落ちつんじゃ!」
激しく動揺し、パニック状態になったクロウをドクは何とか落ち着かせようするが、困惑のし過ぎで過呼吸となりおかしくなっている。
するとドクはクロウの肩に素早く何かの注射を刺した。
「痛っ!……はぁ……はぁ……あ?」
「軽い鎮静剤じゃ、とりあえず落ち着け」
「勝手にこんなもん……あ……れ……?」
軽いと言いながらも物凄い速効性だった。
すぐにクロウは脱力し落ち着きだした。
ドクはクロウに煙草を差し出し、一服させながらコーヒーを作りクロウに差し出す。
少し休憩を与えると、
「……悪い、もう今訳分かんねぇけど、でも実際分からない事だらけなんだよな。一つずつ俺の中で紐解いていかないとな……」
クロウは驚く程落ち着きを取り戻し、普通に話しが出来る程度になった。
「……少しぼ〜っとするけど。国々の名称なんかはとりあえず置いといて話しを戻そう。
実験の事、組織の事を教えてくれ……」
ドクはクロウが本当に落ち着い事を確認し話しを始めだした。
「しっかり落ち着いたな?それでは話そう。それは簡単な事じゃ。お前さんの体が薬と相性が良い。それだけじゃ。
実験対象は十人程いたらしいがな……その時わしは後になって組織に派遣されて来たからのぉ。詳しい事はあまり分からんのじゃよ」
ドクはクロウが捕らえられた当時、まだ組織には属していなかったようだ。
背丈や瞳の色、骨格などで選ばれたらしく薬を打たれた後に死なずに目を覚ましたのがクロウだけと言う事らしい。
そして目を覚ましたクロウにエドガー達は鎮静剤を打ち、眠らせてから組織のアジトへ運んだようだ。
それがクロウにとって最後の記憶。
そういや最後、眠る前にあの黒人に何か言われたような……。
「それで俺は晴れて組織の仲間入りってか?……そもそも"実験"って何だ?
恵華からも聞いたけど、俺の”特殊能力"って何なんだよ?」
クロウは記憶にない次の謎をドクに問い始めた。
するとドクはパソコンをいじり出し、 五つあるモニターにクロウの体やよく分からない薬名などそれぞれ映し出し、"実験"について説明を始めた。
「そうじゃな……まず、混乱を防ぐために重要な点を話していくぞ。
記憶がなくなった所から話すが、良いな?」
「あぁ、頼む」
話しが始まった。
クロウが今まで何をしてきたか。
自分の体に何をされたのか。
まず実権対象となったのはクロウがアメリカに着いてすぐに、航空内から目を付けられていた。
そこから一日動向を監視されホテルで寝静まった所を襲われている。
予定では二日間尾行されるはずが運が悪い事にそのホテルの近くのアパートで、もう一人拉致さられていたようで、組織の構成員が集まっていた。
今拉致れば薬の投与による選抜がすぐにできると、予定より早い尾行一日目で拉致決行された。
「そういや……ホテルの帰り際に色々運び出してる奴等を見たな。近くだからって旅行一日目で拉致られたのか……適当なもんだな」
クロウは煙草を吸いながらため息をつく。
「それで?拉致られて薬打たれてその後だ。
眠ってる間にどっか連れて行かれたんだろ?そこからが知りたいんだよ」
クロウが少し疲れたような声で聞くと、ドクはクロウに体を向けて少し困った顔で話し出す。
「ん〜……。わしが携わった事を話すのは構わんが、全てではないぞ?あれから…二年以上、三年近く経っておるんじゃ。
細かい話しはエドガーの方が知っておる。
今までの仕事やプライベートの話しは彼等から聞くと良いじゃろう」
確かにドクは常にクロウと一緒だった訳ではない。
仕事では重要案件以外はほぼノータッチで、あまり現場には関わりがないようだ。
ただ、ドクが組織に雇われた理由が実験体となったクロウに関する事。
身体能力や"特殊能力"、そして"潜在能力"を専門に雇われているようだ。
「それじゃあ何でも良い。俺の記憶がない部分をドクが知ってる事だけで良いから教えてくれ」
「……記憶が"消える"と言う事はまずないはずじゃ。何かがきっかけで思い出すケースも少なくない。
今現時点では分からないと思うがお前さんは覚えてないじゃろう?
今そばに居てくれるあいつ等が居るんじゃ。
何も恐れる事はない、ゆっくりいこう」
ドクは焦るクロウを励まし、話しを戻す。
「……それじゃ〜、俺は組織に連れて行かれて目を覚ました後どうした?
そもそも俺は素直に受け入れたのか?」
「そんな訳なかろう(笑)
わしが派遣された後にも目を覚ますなり館内をウロウロしては外を眺めて脱走をしようと頑張っていたからな!」
「……」
クロウが組織や実験について大まかに理解したところで、ドクは仕事を始めるまでの過去話しを始めた。
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