第19話 真犯人と行き止まり!?

「幸子ちゃん、照沙ちゃん……ごめん。ボクのせいでこんなことになってしまって」

「――どういうこと? 有栖川くん?」


 屋上に現れたのは6年2組――わたしたちと同じクラスのイケメン有栖川煌流くんだった。その後ろには女の子が立っている。6年生では見ない顔。ちょっと背も低いから5年生だろうか。

 どこかで見た気がするんだけどな~?

 ……あっ、思い出した! 有栖川くんに立候補してもらおうと口説いていた時、彼を待ってわたしたちのことを見ていた取り巻きの女の子のうちの一人だ!


 屋上のコンクリートから立ち上がったわたしたちへと、一歩ずつ近づいてくる有栖川くん。少女はその陰に隠れていた。


「本当はまず織田くんに謝らないといけないんだけれど。彼、欠席しているから。先に二人に謝っておこうと思って。――出来たら児童会役員選挙の関係者にもって思ったけれど。式部さんと今川くんもいたんだね。ちょうど良かった」

「なんだよ、てめぇ」

「ちょっと、今川くんっ」


 突然のイケメン来訪者に今川くんが牙を剥いたので、メイちゃんが嗜める。

 そんな威嚇を有栖川くんは涼やかに流した。


「有栖川くんじゃない。どうしたの? 『謝らないといけない』なんて穏やかじゃないわね。もしかして、あの写真事件と関係があるのかしら」

「ああ、――式部さん。その通りさ。――どうやらボクはこの事件の関係者だったみたいなんだ」


 え? どういうこと? もちろん写真には有栖川くんも写っていたから、関係者と言えば関係者だけど。――口振りからすると、何かそれ以上って感じ。

 まさか、有栖川くんが犯人っ!? って、そんなわけないか。自分じゃ自分の写真なんて撮れないもんね。


「――関係者っていうことは、……犯人を知っているってことかしら? 有栖川くん」

「そうだね。式部さん。――残念ながら、……そうなんだよ」


 そう言って有栖川くんは肩をすくめた。

 どうやら様子を見るに、式部さんも有栖川くんには一目を置いているらしい。

 そうなのだ。わたしたち6年生女子の中で一番といえばあらゆる面で式部さんなんだけど、男子の中で一番人気があるのは――多分、有栖川くんなんだ。だからわたしたちも有栖川くんを擁立しようとしたわけだけれど。それはもう遠い昔の話。

 今のわたしたちにとって、自分たちの児童会長候補は織田くんを除いて他にはいない。


「――ほら、ちゃんと自分の口から、謝って」


 彼は後ろに隠れていた少女の背中に手を回すと、そっと前へと押し出した。

 彼女は自分の学年と名前を言うと、しぶしぶという様子で頭を下げた。


「ごめんなさい。あの写真を掲示板に貼ったのは私です。皆さんにはご迷惑をおかけしました。反省しています」


 深々と頭を下げながらも、その謝罪はまるで棒読みみたいだった。


「あ……あんたねぇ」


 頭に血を上らせたメイちゃんを今川くんがそっと静止する。いつもなら逆の立場なんだろうけれど。メイちゃんは仲間思いの女の子なんだ。いつもみたいに冷静ではいられない。織田くんのことを思えばわたしだってハラワタが煮えくり返るんだ。


「――どうして、そんなことしたの?」


 出来るだけ平静をたもって、わたしは問いかける。

 すると少女は顔を上げて、唇を尖らせて、猛然と話し出した。


「だって、有栖川くんを独り占めするなんてずるいんだもん! 有栖川くんはみんなの有栖川くんだし、そもそも、あなた!」


 ズビシッと、わたしの方を指さす。……え? わたし?


「突然あらわれて、抜けがけするみたいに有栖川くんとデートしてさ! わたしたちだってちゃんとルールを守って、抜け駆けしないようにお付き合いしているのにっ!」


 いや、あれは、有栖川くんが言い出したことなんですけど……。

 どうやら彼女は、わたしと有栖川くんがデートするっていう話をあの日、聞いていて、こっそり尾行していたらしい。

 ということは、わたしたち、織田くんとメイちゃんの尾行に加えて、あの日、この子にも尾行されていたのぉ〜? わたしたちってば、どんだけ人気者やねんっ!(白目)


「そうしたら木春菊さんだけじゃなくて、あの子まで出てきて……」

「あの子――?」


 式部さんが首をかしげる。たぶん織田くんのことだ。式部さんも話の流れから気づいたようで「ああ」と、頷く。


「そうしたら有栖川くんが『運命の人だ』って言い出して……、そんなこと私だって言ってもらったことないのにぃっ!」


 隣で有栖川くんが「アハハハハ」と乾いた笑いで頭を掻く。ちょっと思い出したけれど、あの時の有栖川くんは軽率どころの騒ぎじゃなかったね。気が動転して、もはやパニック状態だった気がする。最終的には蟹みたいに泡吹いて倒れていたし。


「しかもそれが女装していた男の子だったなんてっ! そんなの絶対許されないんだからっ! だから、私――悪いことなんてしてないんだもんっ!」


 彼女はそう言うと制服のスカートを掴んで、うつむきながら大きく叫んだ。


「――と、言うような感じで、彼女も反省しているんで」

「いやいや、全然反省してないじゃんっ! 今言ったよっ! 『私、悪いことしてない』って!」

「幸子ちゃん。気持ちはわかるよ。でも彼女も動転しているんだ。緊張してつい本心とは違うことを言ってしまっているんだ。許してあげて欲しい」

「いやもう、明らかにハッキリ本心言っちゃっていると思うんですけどっ!?」


 有栖川くんにフォローされながらも女の子は拗ねたように頬を膨らませていた。


「いずれにせよ犯人は明らかになったということですわね」


 ため息を吐いて、式部さんが腕を組んだまま一歩前に出る。

 有栖川くんは「ああ」と、神妙な顔で頷いた。


「わたくしは直接の被害者でもありませんし、一生徒ですからあなたの罪に罰を与えるような立場にはございませんわ。そういう罰は先生がきっと適切に決めてくださるでしょう。そして織田くんがあなたを許すかどうか。それもわたくしが決めることではありません。――でもね、ひとつだけ言わせて」


 そして式部さんはひとつ息を吸った。


「――わたくしはあなたを軽蔑いたしますわ。大切なものを守りたかったら、人を傷付けることではなく、前に向かって努力、そして誰かを慈しむ心でそれを成すべき。――あなたのしたことは、ただ――間違っているのよ」


 式部さんの淡々とした言葉に、少女は唇を噛み締めた。

 そしてその頬を一筋の涙が伝った。

 ――きっと本人も気づいているのだろう。自分がやったことが決して許されることじゃないってことに。


 そして式部さんの言葉はわたしの胸もきりきりと痛めつけた。

 わたしだって今川くんにドロップキックしたのは、大切なものを守るために、誰かを傷つける行為だったから。――だからもう間違いたくない。


 わたしは織田くんのために何ができるんだろう?


 ☆


 水曜日の放課後、学校は織田くんの女装写真の公開事件で揺れ続けていた。昼休みにあの後、犯人の女の子を有栖川くんが職員室に連れて行ったのだけれど、その取り扱いに先生たちは困り果てているみたいだった。

 事態は犯人を公表して済む問題ではなくなっているのだ。


 犯人を公開すればそこで全校生徒の非難の声が今度はその子に向かってしまう可能性もある。もちろん罪は非難されて償われるべきだ。でも、小学生の難しいところは、そういうみんなの非難が、また新しいいじめへと発展してしまう可能性さえあるということだ。


 織田くんが問題の中心にいるということも、さらに問題を複雑にしていた。

 先生方にとっては織田くん「オタクくん」事件は記憶に新しいのだとか。わたしたちにとってはもう三年前なんて大昔のことだけれど、大人には三年前はつい最近のことらしい。その彼にまつわる新たな事件。そこで生じたいじめの可能性は無視しにくく、職員会議では何度となく「慎重にことを運ぶべき」という意見が出たらしい。


 さらに難しいのが「性同一性障害」に関すること。織田くんはハッキリとは言っていないし、わたしたちにも先生たちにもそんな診断を下す権利なんてない。でも、もし実際に織田くんが性同一性障害で女の子の服を着たがっているのであれば、それは授業で何度となく教えてきた性についての問題――ジェンダー問題と繋がるとても繊細な問題なのだ。


 先生方自身も対応に困る状態に追い込まれ、水曜日の職員会議は紛糾した。


 ――というのが、わたしたちが和以貴子先生からこっそり教えてもらった話。


「……いいんすか? 俺たちがそんなことを聞いて?」


 そう尋ねたのは今川くん。また職員室の隣の面談室。

 最近のわたし、この部屋の常連すぎない?

 部屋の中には今川くんと貴子先生に加えて、わたしとメイちゃんと、式部さんもいた。


「君たちは当事者だから。――それと明後日に迫った児童会役員選挙の最終演説会。そこに影響が出るのは必至だから。君たちならちゃんと秘密は守ってくれるだろうし、生徒や友達のために真剣に考えてくれるだろうなって思って。――そうでしょ? 次期児童会役員候補者のみんな?」


 そう言われて、わたしたちは力強く頷いた。

 この学校を良くしたい。そういう思いをここにいる全員が持っているはずだから。


「――でも、どうやってこの状況を打開するんですか?」


 メイちゃんの言葉に全員が黙ってしまう。

 入り組んだ問題。人の噂。織田くん自身の個人的な問題。

 糸は簡単に解けないほど複雑に絡まり合って、そしてまた、簡単に切れそうなほどに繊細だった。


 でも違う。本質的にはそんな難しい問題じゃないんだ。

 大切なのは自分自身の「想い」! そして、わたしたちの物語!

 あの日、曲がり角で出会ったわたしの騎士ナイトさまとの運命の物語!


「――先生、みんな、……わたしにチャンスを貰えませんか?」


 そしてわたしは自分の考えを四人に伝えた。

 四人とも驚いた顔でわたしの話を聞いてくれて、――そして最後には頷いてくれた。


 そして次の日の昼休み。

 わたしは今、放送準備室のマイク前に座っている。

 後ろにはメイちゃん、今川くん、式部さん、そして貴子先生が立っている。

 昼休み開始から十分が経過し、やがて放送開始のチャイムが鳴り響いた。

 お昼の全校放送の時間だ。


「――洛和小学校の皆さんこんにちは。お昼ご飯、美味しく食べていますか? 今日はこの放送を借りて、わたし――6年2組木春菊幸子が、皆さんにはメッセージを伝えさせていただきたいと思います」


 わたしはマイクへ向かって話し始めた。

 あの日出会った、たった一人の騎士ナイトさまへ伝えたい、わたし自身の物語を――


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