第7話 児童会を乗っ取れますか!?
『児童会を乗っ取って、児童会規則を変更しちゃえばいいのよ』
職員室の隣の面談室で和以貴子先生に言われた言葉はとても刺激的だった。
お宝の山を目指して冒険に向かう、海賊の台詞みたいだ!
わたしたちは先生との相談で盛り上がって興奮した気持ちがさめやらぬまま、帰り道の公園にやってきていた。学校からの帰り道。駅前にある公園だ。
「どうするの? サッチー? 貴子先生はああ言っていたけれど。ほんと、児童会規則を変えるなんて大変だと思うよ?」
「んー、わかってるけど、でも可能性はゼロじゃないじゃん? なんだか面白そうだなーとも思うんだよねー」
「でも、結構、コツコツとした努力だよ? 道程も遠いしさ」
ブランコをキコキコと揺らすわたしに、メイちゃんは慎重な言葉を投げかける。ブランコを支える支柱に背をあずけながら。
メイちゃんの言葉は後ろ向きだって聞こえるかもしれない。でも、メイちゃんは知っているのだ。わたしが時々、考えなしの行動をとってしまうことを。だからこうやって冷静な言葉を投げかけてくれているのだ。大親友として。
本当にそれは大変な道程なのだと、わたしにもなんとなくわかる。
遠くを見る。公園の向こうに立つ自動販売機前に立っている織田呉羽くんの背中が見えた。また頭はボサボサで、わたしの
貴子先生の話をまとめるとこうだった。
児童会規則は変更できる。でもそのためにはまず児童会長と児童会副会長を中心とした児童会役員が「児童会規則変更議案」を児童会に提出して可決しないといけない。そしてその議案は児童総会に送られて四年生以上の全児童による投票が行われる。――児童総会っていうのは生徒全員が体育館に集まってやる集会なんだって。
規則変更は重い決定であり、児童会、児童総会ともに3分の2の賛成が必要になるのだそうだ。その割合の賛成票を得るのも大変なのだけれど、何よりもまず第一歩として大切なのは、そもそもの議案を児童会に提出する部分なのだとか。
まず第一歩として、その「児童会規則変更」を公約に掲げた子が児童会長になることが必要。そもそも児童会長と児童会副会長は選挙によって選ばれるのだけれど、大体その選挙の時に「わたしはこういうことをやります!」みたいな約束をするらしい。それが「公約」。
――去年もあったはずなんだけど、あんまり興味なかったから覚えてないや。てへ。
多くの児童会長は、その公約を実行するのに手一杯だから、それ以外のリクエストを外から言われてもほぼほぼ対応できないらしい。というか、やってもらえないらしい。
特に児童会規則の変更ともなれば大きな話だ。選挙の時に言ってもいなかったことを、任期中にやるとなれば全校生徒からのブーイングも起きるのかもしれないそうで。
『だからね。児童会規則の変更に向けた第一歩はなんと言っても児童会長と児童会副会長の選出にあるの。ここで自分たち自身が児童会長と児童会副会長になるか。……少なくともどちらかに自分たちの思いを運んでくれる人になってもらう必要があるわ』
貴子先生はそう教えてくれた。
わたしたちの誰かが立候補して、児童会長になる?
そんなのはとてもじゃないけど想像できない。
でも――
「でも、誰か児童会長をできそうな人に、わたしたちの思いを運んでもらって、児童会長になってもらうっていうのでもいいんだよね? 児童会副会長でよかったら、わたしたちのうちの誰かがなること……できるかもしれないし……」
そういう可能性もある、と貴子先生が言っていた内容だ。わたしがそう言うと、ブランコの柱にもたれながら立っていたメイちゃんは「はぁ〜」と、ため息を漏らした。
「――サッチー、かなり本気なんだね」
「うん、本気だよ、メイちゃん。わたし、これまで何の取り柄もない普通の女の子だったけど、
「はいはい。わかったわよ、サッチー。サッチーの気持ちはよ〜くわかった」
ちょうどその時、駆け足で織田くんが自動販売機から戻ってきた。「はい、一人一本ね」と冷たいミルクティーを二人に配る。
「織田くん、お金は?」
「いいよいいよ。今日はおごらせて。僕のために二人は職員室まで一緒に行ってくれたんだから」
じゃあ遠慮なくっ! わたしとメイちゃんはそれぞれに一つずつ冷たい缶を受け取った。
プルタブを開けて傾けると、口の中に甘くて冷たいミルクティーが流れ込んできた。
「それで、織田くんは覚悟あるの? サッチーは児童会役員選挙に挑戦してみるつもりでいるみたいだけど」
織田くんは傾けていたミルクティーの角度を元に戻すと、唇から離してしばらくの間、無言になった。
今までクラスの端っこでボッチを決め込んでいた織田くんにとって児童会役員選挙なんて、わたし以上に縁遠い話だったはず。だから悩んじゃうのも仕方ないと思う。
「――あ、挑戦してみるって言っても、まずはわたしたちのやりたいことを代わりにやってくれそうな児童会長さんの候補を探すこと。そしてその人を応援して児童会長になってもらうのっ!」
そういう風に誰かになってもらうことを、専門的な言葉では「
わたしはブランコの振れ幅を徐々に大きくすると、そのまま空中へとジャンプした。大きく前に飛んで着地。両腕は横にピンと伸ばして。
織田くんはなんだか感心したようにパチパチと手を打ち鳴らしてくれた。
その拍手を終えたあと、織田くんはゆっくりと口を開く。
「僕はこれまで、どこか引っ込み思案だったんだ。だから学校でも一人ぼっちだったし、本当の姿をみんなに見せることも出来なかった――」
三年生のときの「オタクくん」事件も、そんな性格に影響を与えているのかもしれない。一瞬、言葉を止めた後、織田くんは続けた。
「――でも、それは本当に自信を持てる自分自身の姿でいられないせいかもしれないって、ずっと思っていた。木春菊さんが言ってくれるみたいに、僕にとっての本当の姿は、やっぱり女の子の格好をしているときなんだ」
それは大きな秘密。隠された本当の織田くんの姿。
「だから――木春菊さんの気持ちに応えるためにも、……そして何よりも、僕自身が自分の好きな自分であるために、児童会規則の変更にチャレンジしたいです!」
それはなんだかとっても凛々しい言葉だった。見た目はボサボサ頭だったけど、どこかわたしの
それを聞いてメイちゃんが、「はぁ〜」と大きくため息を吐き出す。
「仕方ないわね〜。二人がそんなに頑張るなら、この私、皐月照沙さまが一肌脱がないわけには行かないじゃないのよー!」
「ありがとう〜! さすがメイちゃん! わたしの大親友! 好きー」
「こら、くっつくなサッチー!」
そうやってじゃれ合うわたしとメイちゃんのことを織田くんは微笑ましそうに眺めていた。
「じゃあ、明日から早速、児童会長の擁立候補さがしだね! 頑張るぞー! エイエイ……」
「「「オーーーーーーッ!」」」
掛け声とともに、三人の拳が駅前の公園の空に高々と突き上がった。
「――あ、そうだ。これから一緒に頑張っていくんだからさ、織田くん。わたしのこと木春菊さんて呼ぶのやめない? 長いし、呼びにくいでしょ?」
「……じゃあ、どう呼べばいいですか?」
「うーん、じゃあ普通に『サッチー』でいいよ。もう、わたしと織田くんは友達なわけだし」
一瞬、戸惑った素振りをしたあとに織田くんは「サッチー……」と、確認するように呟いた。聞こえたから「なあに? 織田くん!」と返すと、織田くんは照れたように、はにかんだ。
「じゃあ、サッチーも僕のこと、名字の織田じゃなくて、下の名前で読んでくれていいよ。――クレハで」
「クレハ――」
言われたとおり、一度口に乗せてみる――
「――うーん、なんだか呼びにくいし、織田くんは、織田くんでいいや!」
「えええええええ……」
それはさておき! 明日から児童会役員選挙にむけて、頑張るぞ! エイエイオーッ!!
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