第5話 それはとてもカッコいい!?
「
「出てないよ? 木春菊さん……」
わたしは
ああ、
目の前に座っているのは確かに朝見た女の子だった。
それにしても変身しすぎである。
「髪の毛伸びてるじゃん。今、伸びたの?」
「いや、ウィッグだよ。かつら? いろんな長さがあるけれど、僕はこのくらいの長さが好きかな?」
めっちゃ知能の低い質問をしてしまった。
その髪は肩まで伸びたボブヘア。すっきりとして綺麗。整った顔立ちによく似合っていた。
「朝も、そのウィッグをかぶっておられましたのでしょうか??」
「うん。そうだよ。いつもの髪の毛だとちょっと女の子の制服には合わないからね〜。ちゃんと顔から上も女の子にするんだー雰囲気とか流れ次第かなぁ。ていうか、木春菊さん、敬語。変な敬語出てるよ?」
いかん。頭の中が、
「――でも、これで朝、木春菊さんとぶつかったのが僕だって分かってもらえた?」
「……(コクリ)」
この世には信じがたいことがあると、田舎のおばあちゃんも言っていた。
きっとこれがそれなのだろう。偶然出会って運命を感じた凛々しい女の子が、同じクラスの冴えない男の子だったなんて。嗚呼、なんという運命の
本当に自分の中で、その二人のイメージが重ならなくて、それを統一するのはとても難しいように思う。でも、これが現実である以上は、頑張って納得するしか仕方ないんだよね。
でも――
「でも、そもそもどうして織田くんは、女の子の格好をして、歩いていたの? 織田くんは男の子なのに?」
わたしがそう言うと、織田くんは困ったように俯いてしまった。
あ、なんだか、繊細な話題に、また土足で踏み込んでしまったかもしれない、わたし。
いつも発言が不用意だって言われたりするからなぁ。うーん、……いまさらだけど、織田くんの心を傷つけていないことを祈る。
やがて、しばらくの沈黙の後に、織田くんは話しはじめた。
「僕……女の子の格好が好きなんだ。そっちの方が落ち着くっていうか。なんだかスッとするんだ。だから家では時々女の子の格好をしているの。……それから、時々、外にもこっそり女の子の格好で出かけたりしているんだ。今日は、一度でいいから、学校までの登下校を女子の制服でやってみたくて……。朝、往復するだけしてみようって、一時間以上早く家を出てみたんだよ。……そうしたら、木春菊さんとぶつかって」
「――そうなんだ」
一時間早く家を出て「遅刻、遅刻〜!」とやった「食パン咥えダッシュ」で
「それってあれ? ほら、男の子の身体に生まれてきた女の子の話とか?」
何かの本で読んだことがあるし、いつかやっていた道徳の授業でも先生が話していた。この世には、心と身体の性別が別で生まれてくる人がいるんだって。でも織田くんはゆっくりと首を振った。
「それは僕もよくわからないんだ。じゃあ、男の子のことが恋愛対象として好きかって言われたら、そういう気持ちは今のところ無いし。自分が女の子なんだって、強い気持ちがあるわけでもないんだ。……でも、服装については、なんだか無性に女の子の服を着たくなるんだよね」
「うーん、そういうものか……」
わたしは顎に右手を当てて、考える人モードに入った。
これまたおばあちゃんの言っていた「この世には信じがたいことがある」ってやつかもしれない。――いや、違うな。信じられないことはない。ただわたしの知らない人の気持ちや考えかたがたくさんあるだけだ。
目の前に座っている綺麗な女の子はわたしの知っていた男の子で、わたしはそんな彼の女の子としての姿に憧れを抱いてしまったのだ。複雑なようで、単純な話なのかも。
「――こんな僕……。気持ち悪いよね?」
「……え? なんで?」
突然言い出した織田くんのネガティブ発言。わたしにはよく意味がわからなかった。
「え? だって、男の子なのに女の子の格好が好きだなんてさ。こんなウィッグなんてつけて……。変だよね?」
「いや、変じゃないよ。全然、変じゃないよ?」
何言ってんだこいつ? この美人さんのどこが変なんだ?
そんなこと言ったら世の女子の大半を敵にまわすぞ! なんなら!
「でも、僕なんて男の子だし女の子の格好したって、全然女の子っぽくないんだろうし――」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇーーーーーーー!」
わたしは思わず立ち上がった。
「織田くん! 謙虚なのはいいけどね! 謙虚なのと現実をちゃんと見ないのは別よ! そして謙虚ついでにわたしの憧れの
「え……、あ……、はい」
思わず興奮して力説してしまった。でも本心である。本心だから良いのである。人間、素直が一番。憧れは、ちゃんと大切に。好きって言う気持ちは、ちゃんと言葉にすべきなんだよ! 「幸福な言葉で世界を満たしていれば、きっと世界は幸せなる。それが幸子って名前なんだよ」って、田舎のおばあちゃんが言っていた!
「あ、ごめん。なんか興奮しちゃった」
「ううん。ありがとう。なんだか、……勇気をもらった気がする」
そう言って織田くんは柔らかく微笑んだ。平気そうな顔をしているけれど、やっぱり、着たい服を着られない――着るにしても人目を忍んで着なければならないっていうのは、寂しいんだろうな。――好きな服くらい、いつだって着られたらいいのにね。
「ねぇ。織田くん、本当はその格好で小学校に通いたいとか……あるんじゃないの?」
「ええええ!? そんなの……出来たらいいけど。無理だよ。変だし――」
「そうかな? わたしにとってみたら、いつものボサボサの髪で猫背な織田くんの方がずっと変だよ? 今のほうが百倍かっこいい!」
「……そうかな?」
「――そうだよ! だって今の織田くんの姿って、わたしが憧れた
思わず興奮して、わたしは両腕を広げる。
イメージしてみる。
「――もしできるなら。織田くんは、その格好で学校に通ってみたい?」
わたしはその瞳をまっすぐに見つめて問いかける。
織田くんは、少し考えた後に「うん」と小さく頷いた。
「――でも、どうやって?」
「う〜ん、今はわからない。だから、聞いてみよう! 明日、担任の貴子先生に!」
わたしはそう言って織田くんの手を取った。
織田くんはまた「うん」って頷いた。
だから、まずは聞いてみよう! 前に進まなくっちゃ何も変わらないんだから!
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