禁断の夜
「…………苦い……」
おそるおそるグラスに口をつけたバレッタさんが顔をしかめる。……ビールってやっぱり苦いんだ。
「むむ、バレッタはビールダメだったか」
「…………うん、ちょっと苦手かも……」
「じゃあそれ私飲むよ。グラス交換しようぜ」
いつの間にかグラスを空にしていた真美さんがバレッタさんとグラスを交換すると、真美さんは勢いよくグラスを呷りビールは一瞬で空になった。
「…………凄い……」
「相変わらず姫は飲むね〜」
「まあ私は今日酒飲みに来てるからな」
真美さんはビールを一気飲みして満面の笑みを浮かべた。
「そういやななみんとバレッタって同い年? 二人ともハタチだよね?」
真美さんが私達に目を向ける。
バレッタさんはこの前ハタチになったって言ってたから……私が上のはず?
「多分私が一個上ですかね? 今年二十一なので」
「じゃあバレッタが最年少なのか。ちなみにありすっていくつだっけ?」
「ボクは二十三だよ。アラサーは姫だけってことだね〜」
「なっ────二十五はアラサーじゃないだろ!?」
「いやいや。四捨五入、四捨五入」
ありすさんは焦る真美さんを肴にビールを飲んでいる。
「お前なあ、余裕ぶってるけど二年後バレッタとななみんに煽られるの分かってるか? 一瞬だぞ〜、二年なんて」
真美さんにカウンターされたありすさんが眉を歪ませる。
二年なんてホント一瞬だろうな。私も配信を始めてからのこの一年、一瞬で過ぎていったなと思う。
「うっ……それを言われると辛いけど。それにしても二年後かあ……何やってるんだろボク」
ありすさんはビールを飲み干すと、遠い目をする。二年後の未来を思い描いているようだった。
「ん? ありす配信辞めんの?」
「いや、辞める予定はないけどさ。どうなってるか分かんないじゃん、この業界で二年後なんて」
「まあそうだなー。どんどんライバルは現れるわけだしな。ななみんみたいに」
言うと真美さんは私に笑いかける。
「そんな、ライバルだなんて……」
「いやいや、こおりちゃんはホント凄いよ。個人勢なのに一年で登録者数四十万人でしょ? ボクなんかよりよっぽど凄いと思う」
確かに私は個人勢にしては沢山の方に応援して頂いていると思う。
でもそれはあくまで個人勢としては、であって。
今私の目の前にいる三人は全員が登録者数百万人超えのトップバーチャル配信者。どうやっても「私の方が凄い」だなんて思えそうにもない。
「私は運良く伸びただけですよ。エムエムが大人気ゲームになったお陰で、皆に観られるようになった所が大きいですから」
本当に運が良かったと思う。配信でエムエムをやるようになって、そして真美さんと大会に出て、観てくれる方が何倍にも増えた。それは決して私が凄いんじゃなく、エムエムというゲームの人気、そして私を受け入れて下さった視聴者の皆さんのお陰なんだ。こういう気持ちを、私は忘れたくない。
エムエムという単語に釣られてふとバレッタさんに目を向けると、バレッタさんは前に私が飲んで酔ってしまったちょい酔いサワーを両手でしっかりと掴んで、まるで熱い缶コーヒーを啜るみたいにちびちびと飲んでいた。
「バレッタさん。それ、美味しいですか?」
「…………えっ!? ……えっと、そうですね。これなら飲めそうです」
バレッタさんが柔らかな笑顔を向けてくれる。やっぱり可愛いなあ。
「やっぱり初心者はちょい酔いからかあ」
ありすさんが新しく缶チューハイを開けながら呟く。
「ななみんはちょい酔い一口でべろべろになってたけどな。……あーあれホント可愛かったなあ。今から動画見返そうかな」
「ちょっと! 辞めてください!」
言いながら真美さんがスマホを操作し始めたから、つい大きな声を出してしまった。
「あははっ、ごめんごめん。冗談だって」
真美さんがスマホをテーブルに置いたのでほっと一息つく。
────その時だった。
「そういえばお酒も入った所でバレッタに聞きたかったんだけどさ────千早くんと、何かあった?」
ありすさんの口から出るはずのない名前が聞こえて、私は固まってしまった。
◆
ありすの言葉に、うっかりグラスを落としそうになった。
…………今、「千早くん」って言ったよな……?
「えっ…………どうして……?」
バレッタに目をやるとお酒の缶をぎゅっと胸に抱いて、明らかに目が泳いでる。絶対何かあるって態度だ。
横目でななみんを見やると、気付いてるんだか気付いてないんだか知らないが思いっきり顔を強ばらせて二人の間で視線をさ迷わせてる。
「ほら、この前通話で千早くんの話になった時様子がおかしかったから。何かあったのかなーって」
ありすは私達二人の内心穏やかじゃない気持ちなんて知らずに美味しそうにチューハイを呷る。
…………流石に口を挟まない訳にはいかない。一体どうなってるんだ。
「ちょっと待て……二人とも岡さんと何かやってるのか?」
「ボクはたまに遊んでるよ〜。うちに来たこともあるし」
「はあ……?」
ありすは何でもないように言う。
「…………私も……この前一緒に、プラネタリウム…………行きました……」
バレッタは頬を軽く染めて、俯きがちにそう告白した。こんなん、どうみても惚れてる奴の反応じゃねーか。
「…………マジかよ」
思考回路が私の意思と関係なしに高速で回転する。
何が起きてる。
どうしてこうなった。
いつの間に二人とも岡さんと仲良くなってたんだ。
「────真美さん。お酒、貰ってもいいですか」
横からの声。
感情を押し殺した平坦なその声には、どんな感情が含まれているのか私には分からなかった。
「お、おう……」
私は何かに急かされるように近くにあった缶を手渡した。ギリギリ動いていた理性で何とか一番アルコール度数の低いものを選べた。
「…………っ!!」
ななみんは思い切り缶チューハイを飲み干すと、そのまま机に突っ伏した。
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