岡千早が午後三時をお知らせ… …いや暑すぎるだろこれ。
俺は目を疑った。
何に?
こおりちゃんの呟きに決まっているだろう。
『【緊急企画】明日午後七時から、
お泊まり会……だと……?
それも姫と……!?
魔魅夢メモ。
バーチャリアル所属のバーチャル配信者。
登録者数百二十万人。配信サイトのミーチューブに実装されている、配信者に直接お金を渡せるウルトラチャットという機能を使ったウルトラチャット額はバーチャル配信者内で第一位。
魔界のお姫様という設定で、皆からは姫と呼ばれている。押しも押されぬトップバーチャル配信者の一人だ。
そんな姫がこおりちゃんとオフコラボだと……?
マジか。
ハンマーでガツンと殴られた様な衝撃。
頭が現実を受け止めきれていない。
バーチャル配信者のオフコラボというのはこれまでも無いわけではない。
だが実際に誰かの家に集まってやる関係上自宅が知られてしまうので、一定以上の仲でないと企画が出来ない。よって実際には同じ会社内、例えばバーチャリアルならバーチャリアル所属の配信者同士でやるのが通例だった。バーチャリアル所属でもオフコラボをしていない人も沢山いる。というか殆どの配信者はしていない。オフコラボをしているのは本当に仲が良さそうな極一部の組み合わせだけだ。
姫はバーチャリアルの中でもよくオフコラボをしている方だ。というか姫はコミュ力お化けすぎる。先輩後輩の垣根を越えて、企業の垣根も越えて、オンラインに限れば色んな人とコラボしている印象だ。
姫とこおりちゃんは少し前に行われたMMVCというバーチャル配信者限定のゲーム大会でコンビを組んで出場したという繋がりがある。まあその大会では色々と一悶着あったのだが、それから二人はちょくちょくエムエムでコラボ配信をするようになった。確か第二回MMVCも同じ組み合わせで出る、というのがこの前発表されていたはずだ。
しかし、二人の繋がりはそれくらいだ。
オフコラボするくらい仲が良いとは思っていなかった。こおりちゃんは個人勢なのもあって一度も誰かとオフコラボしたことがなかったし。
それがいきなりの企業外オフコラボ発表。しかもバーチャル配信者のトップオブトップ・魔魅夢メモと今年のチャンネル登録者増加数第一位、飛ぶ鳥を落とす勢いの氷月こおりの組み合わせ。
ツブヤッキーは狂喜乱舞の大騒ぎになっていた。かく言う俺もさっきから手の震えが止まらない。それくらい衝撃的なことなんだ。
オフコラボは普段の配信より、なんというか……配信者の素が見れる気がして俺は好きだった。プライベートで友達とだべっている様子を覗いているような雰囲気なのだ。
こおりちゃんの初めてのオフコラボ。
明日の夜は優勝間違いなし。
爆速で流れるツブヤッキーを見ていたらいつまで経っても寝れそうにないので、俺は高鳴る胸を抑えてベッドに潜り込んだ。
明日は万全の体調で臨まなければいけないからな。
◆
東京の六月の昼は既に真夏の様相を呈している。気温は連日三十度を超え、テレビでは熱中症対策にエアコンの使用を繰り返し呼びかけている。こんな日はついついビールが飲みたくなってしまうんだよな。
俺は土曜の昼から酒を飲むのが好きだった。こおりちゃんの配信を観るか、エムエムをやりながらダラダラと酒を飲む。これが俺の休日の主な過ごし方だ。
堕落してるって?
うっせえほっとけ。俺の人生だ。
時刻は午後三時。例によって冷蔵庫から酒を取り出そうとするも、なんと酒が切れていた。
今晩はこおりちゃんのオフコラボ配信もある。どう考えても酒は欠かせない。
「……はぁ、買いに行くしかないか」
外の暑さを思うとげんなりする。近くのコンビニに行くだけでも汗だくになるのは避けられないだろうな。まあ言っても仕方ない。行くしかないからな。
コンビニくらいなら部屋着でも行ける、という人もいるだろうが俺はそういうのを気にする人間だ。徒歩数分のコンビニとはいえ、外出する時は一応ちゃんとした服装に着替えている。ちゃんとしたといってもTシャツにハーフパンツというラフなものではあるが。
クローゼット(ということにしている部屋の隅の服置き場)から適当にシャツとハーフパンツを見繕い着替えると俺は外に出た。瞬間熱気が身体を包み込む。マンション内でこれとか、暑すぎるだろ。
マンションから出ると、襲いかかる太陽光線に俺は顔をしかめた。既に背中には汗が伝っている。不快指数はとっくに臨界点を突破。さっさと行ってさっさと帰ろう。エアコンが効いた俺の城に。
ジリジリと肌の焼ける感覚を味わいながらコンビニに歩いていると、少し先で女性が困った様子でスマホ片手に右往左往していた。
黒いワンピースにサングラス。ああいうのはモード系と言うのだろうか。この閑散とした町には似つかわしくないモデルのような格好をしている。
様子から察するに道に迷っているのだろうか。
俺は困っている人を見掛けたら極力声をかけるようにしている。
別にいい人だから、という訳では無い。見て見ぬ振りをすると後味が悪いからだ。後になって「やっぱり声をかければよかったな……」と後悔するくらいなら今声をかけてしまったほうが都合がいい。あと感謝されるのは単純に気持ちがいいしな。
「何かお困りですか?」
俺は女性に近付くと声を掛けた。近くに寄って分かったがかなり背が高い。ヒール込みとはいえ身長百七十半ばの俺と目線が同じだ。
「おお?」
女性は声に反応してスマホから俺に視線を移した。めちゃくちゃ顔が小さい。大きなサングラスで顔の半分ほどが隠れているが、それでも美人だと分かる。
「ん〜? 君は誰かな?」
首を大きく傾げて俺の顔を覗き込んでくる。サングラスの隙間から綺麗なアーモンド形の瞳がしっかりと俺を捉えていた。
「あ、怪しい者じゃないです。何か困ってそうだったので僕で良ければ力になれるかなと……」
俺の言葉に女性はにへら、と顔を綻ばせた。サングラスを掛けていても感情が丸わかりだった。
「なるほどなるほど! いや〜助かるよ! 実は道に迷っていてね……ここなんだけど、どこか分かるかな? 多分近くには来ていると思うんだけど……」
早口で捲し立てるとスマホをこちらに向けてくる。画面にはマップアプリが表示されていた。そこに書かれている住所に俺は覚えがあった。
「ああ、それならそこの茶色いマンションですよ」
俺はあるマンションを指さす。去年完成したばかりの高級マンション。謳い文句は「都会でも、森の中のような静寂を」。家賃はうちのおよそ二倍。
「おお! すぐそこだったんだなあ。ありがとう、助かったよ!」
女性はそう言うと何かに気付いたように俺の胸あたりに視線を落とした。
「……君はこおりちゃんのファンなのかな?」
「えっ!?」
「そのシャツ、こおりちゃんのグッズだよね?」
俺は焦って自分の服を確認した。適当に引っ掴んだから意識していなかったが、俺が着ていたのはこおりちゃんが活動初期の頃に細々と販売していたファングッズのTシャツだった。
こおりちゃんのシンボルマークである氷の結晶と、こおりちゃんの名前がアルファベッドで小さくあしらわれた普段使いも出来る一品だ。
「そうですけど……よく知ってますね」
はっきり言ってめちゃくちゃ意外だった。こういう……言ってしまえばオタクとは対極に位置してそうな人でもバーチャル配信者を知っているんだな。確かに最近はコンビニとコラボしたりと普通に生活していても目につく機会は増えたし、思ったよりも認知されているのかもしれない。
「ふふ、私もこおりちゃん大好きだからね。そういえば今日オフコラボ配信するらしいけど、知ってるかな?」
「勿論。配信に備えて今からお酒を買いに行く所なんですよ」
「……お酒かあ。それもありかもしれないなあ」
「はい?」
女性は何かを呟いたが、小声でよく聞こえなかった。
「いやいや、こっちの話だよ。それじゃあ私は行くね。どうもありがとう!」
女性は手を上げると歩き出した。ピシッと背筋を伸ばして歩く様は本当にモデルみたいだった。美人だったし、もしかしたら芸能関係の人なのかも。まあ俺には関係の無い話だ。
それにしても、ああいう人もこおりちゃんの配信を見てるんだな。なんだか嬉しい。今日はいい日になりそうだ。
俺は女性に背を向けるとコンビニに向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます