木崎菜々実が午後十一時をお知らせ致します。
千早さんとお近付きになりたい。
助けて貰ってから三日後の夜、私は決心した。
千早さんを食事に誘うぞ。
頑張って仲良くなるんだ。
そしてゆくゆくは……。
しかし私はそこでつまづいてしまう。
どこに誘っていいか全く分からない。
千早さんは社会人のようだったし、多分20代中盤のはず。そういう年頃の男性がどういうお店に行くのか、私には全く分からなかった。パンケーキとか、食べないよね?
私は悩んだ末、チャットアプリのルインを開くとある名前を探す。
「えーっと……真美さん、真美さんっと…………あった」
大人気バーチャル配信プロダクション会社『バーチャリアル』。
真美さんはチャンネル登録者数百二十万人を誇るバーチャリアル所属のトップ配信者、『
私はFPSゲームの大会でメモちゃんとコンビを組んで戦った。その関係で真美さんには色々と良くして貰っているのだ。こうしてプライベートのルインを交換するくらいには仲良くさせて頂いている。
確か真美さんは二十五歳と言っていたはず。個人的な相談で申し訳ないが、少し意見を聞かせて貰おう。
私はメモちゃんのミーチューブとツブヤッキーを確認して配信中では無いことを確認すると、チャットを送信した。
『真美さん、今大丈夫ですか?』
もしかするともう眠っているかも。時刻は午後十一時。私もベッドの上であとは眠るだけの体勢だ。
だが私の不安は杞憂と終わった。スマホが音を立てる。
『大丈夫だよー。どった?』
メッセージと共に、パンダが首を傾げている可愛いスタンプが送られてくる。
夜中にいきなりメッセージを送っても明るく返してくれる。真美さんはリアルでもメモちゃんの底抜けに明るい性格そのままの人だ。言い方が逆か。メモちゃんは真美さんそのものだ。それで大人気なのだから、真美さんの人柄の良さが伺える。
『少し相談したい事がありまして』
『プライベート?』
『そうです』
『りょ。かけるね!』
メッセージを受信するや否や、スマホが着信画面に切り替わる。栗坂真美の文字。私は開始ボタンを押した。
「やっほーななみん! どったの?」
「こんばんは、真美さん。遅くにごめんなさい」
「んやんや、いいよ全然。エムエム練習してたとこだから」
「エムエムやってたんですか。声をかけてくれればご一緒したのに」
「ななみんとやると上手すぎて撃ち合いの練習にならないと思ってさ。コソコソ自主練してたのよ。今度はこおりちゃんの視聴者に怒られないようにしたいしね」
「その節は……本当にごめんなさい」
「あっはは! なんでななみんが謝るのさ。配信者は視聴者の事で責任を感じる必要なんてないんだよ。それは逆に傲慢ってものさ。画面の向こうにいる皆も一人の人間だからね。制御出来たりなんかしないのさ。それに荒れるのなんて配信者やってれば茶飯事だしね。私は全然気にしてないよ」
自分の放送が荒らされたというのに、楽しそうに言う真美さんはやはり凄い。
エムエムというのは今日本で爆発的に流行っているFPSゲームのことだ。
【
エムエムとかネットとか呼ばれている。私とメモちゃんがコンビを組んで参戦したのもこのゲームの大会だ。
前回の大会、私とメモちゃんのチームは優勝候補と言われていた。理由は私が大会で唯一、最高ランク【マリオネットキラー】のプレイヤーだからだ。そしてそのバランスを取るようにメモちゃんは初心者だった。それでもなお私たちのチームは優勝候補に数えられていた。
しかし、結果は三十チーム中の五位。
エムエムは一人が強いより二人がそこそこ強い方が勝ちやすいゲームだから、私としては健闘した方だと思う。メモちゃんも初心者ながら相手を倒したりと充分戦力になっていた。メモちゃんは自分のせいで……と申し訳なさそうにしていたが、私は満足していた。
しかし、一部の私の視聴者さんがメモちゃんの配信を荒らしてしまったのだ。
『お前のせいだ』『足を引っ張るな』『引退しろ』『雑魚が大会出るな』
といったコメントでメモちゃんの配信は埋め尽くされた。
メモちゃんの大会お疲れ様でした配信はメモちゃんの視聴者と荒らしに来た私の視聴者が混ざり合い、大変なことになってしまった。
それは私の配信者人生で一番悲しかった出来事だ。
そして先日、第二回大会の開催が発表され私にも出演の打診が来たものの、私は参加しないつもりだった。
無論メモちゃんの配信が荒れてしまったことが原因だ。大会に出たらまた同じようなことが起こるかもしれない。勿論優勝すればいいだけの話だが、そんなプレッシャーを背負ってまで参加したいとは思えなかった。
不参加の返事を送ろうと考えていたある日、真美さんからルインがきた。
『えむえむの大会、また私と出ない?』
私は目を疑った。
私と組んだことで被害を被った張本人の真美さんが私を誘っているのだ。
『私と組んだら、また荒れるかもしれないですよ? あんなことはもう嫌なので、今回は参加しないつもりなんです』
『荒れてもいいよ。またななみんと出たい! そんで優勝したい! 初心者の私が言うのもあれだけど笑』
その言葉を見た瞬間、私は涙が止まらなかった。
本当なら嫌われてもおかしくない。荒らしたのは視聴者さんとはいえ、真美さんが私のせいで迷惑を被ったのは事実なのだ。
それなのに、また私と遊びたいと言ってくれている。
配信者をやっていて良かった、と心から思った。
「そんで、相談って何なのよさ?」
真美さんの言葉に私は現実に引き戻される。
「真美さんって、確か二十五歳って言ってましたよね」
「そだよー。……なんだぁオバサンってかぁ!? ピチピチハタチがよォ!!」
「いやいや思ってませんからそんなこと。聞きたいんですけど、二十代半ばの男の人とご飯を食べに行く時ってどういうお店がいいですか?」
「…………へ?」
スマホ越しに真美さんの呆けた声が聞こえる。
「…………おとこ?」
「……えっと……はい」
「…………スキナノ?」
何故かカタコトになる真美さん。
「…………はい……」
「えええええええええええええええ!!!????」
突然の大声に目から火花が散る錯覚が見えた。
「え、恋!? 恋なの!? てかななみんこの前『わたしぃ……恋愛はいいんですぅ』って言ってなかった!?」
「そんな言い方はしてませんけど……まあ言いましたね……」
「どういう心境の変化!?」
「えっと……私この前配信を中断してしまったことがあって」
「あー火曜っしょ? 見てた見てた。飲み物買いに行ってそのまま終わったやつね」
「あ、見てくださってたんですね。ツブヤッキーには急用って書いたんですけど、実は足をちょっと怪我しちゃって」
「怪我!? 大丈夫なの?」
「はい、怪我自体は大したこと無かったのでもう普通に歩けてるんですけど。その時にある男の人に助けて貰ったんです」
「なるほど。それで好きになっちゃったと」
「…………そうです」
思い返すとまた頬が熱くなる。心臓が跳ねる。いつになったら平気になってくれるんだ。
「ななみん……ちょっっっっろ!!! 可愛すぎるだろ……」
「……私、チョロいんですかね?」
「まあ出会いのきっかけとしてはありがちだけどね。なんかななみんは男には靡かない鋼鉄の女みたいな感じだと思ってた」
「私も自分のことをそうだと思ってたんですが……気付いたら好きになってたんです。こんなこと初めてで」
「ハタチの初恋かあ。いいねえいいねえ。……うーーん、そうだなあ。ななみんって東京で一人暮らしだったよね?」
「えっと、そうですけど」
「よっし決まり! 私明日ななみん家泊まりに行くから! そこで色々話そう! 大会決起集会配信もしたいし!」
「えっ!? ……泊まり!? えっとどういう……?」
「私ねー、前々から思ってたのよ。私たちは仲良いのに私たちの視聴者って仲悪いでしょ? それってめっちゃ勿体ないなーって」
「まあ……そうですね。私も仲良くして欲しいとは思ってます」
不仲の原因は勿論大会で荒れたことだ。
「私たちが仲良いアピールをすれば視聴者たちも仲良くなるんじゃないかなーって。だからオフで集まって決起集会配信。ななみんの恋バナも聞きたいし。どうこのアイデア?」
真美さんとはリアルであったことはない。というか、ネット関係の人とオフで会ったことがなかった。真美さんは間違いなくいい人だと思うけど、不安な気持ちは少しある。
「バーチャリアルでもオフ配信ってやるんですか?」
「んーーたまにやってる人はいるかな。私も何人かプライベートで仲良い子いるよ」
「なるほど……」
「不安だったら全然断っても大丈夫! 私自身ななみんともっと仲良くなりたいなーって思ってるから出来れば一緒に遊びたいけど!」
(……ふふっ)
必死にお願いしてくる真美さんに、なんだか和んでしまった。
五つも年上なのになんだか同い歳の友達みたいだ。
「いいですよ。お泊まり会しましょうか。ルインで住所送りますね」
「ほんと!? やったー!」
子供みたいに喜ぶ真美さん。
これが真美さんの、そしてメモちゃんの魅力なんだろうな。
お泊まり会の約束を済ませると、通話を終了して私たちは同時にツブヤッキーを更新した。
『【緊急企画】明日午後七時から、
私とメモちゃんの呟きは瞬く間に拡散されていく。夜中だというのに数分足らずで一万リツブヤキされていた。みんな楽しみにしてくれてるんだ。本当にありがたいな。
私たちの視聴者が仲直り出来ますように。
……あと、真美さんがオススメのお店を教えてくれますように。
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