一度きりの青春
たなか。
第1話 転入生
「ガラガラ」
担任の後ろに小さな影。
「新学期早々ですが、転入生を紹介します」
担任が教室の扉を開けるなりそう言った。
「えっと、父の転勤で引っ越してきました。桃瀬凛です。よろしくお願いします」
第一印象は静かそうで至って真面目なタイプ。
「じゃあ、席は一ノ瀬のとなりな」
ホームルームが終わると、桃瀬凛の周りには多数の女子が群がっている。
「どこからきたの?」
「何が好きなの?」
『彼氏いるの?」
一方的な質問攻めを受けているものの、本人は何一つ嫌な顔をしていない。
転入生が来ることは珍しく、教室の空気は常に転入生の話で構成されている。
1時間目は体育。バスケの対人パスでは大体の一ノ瀬と組むことが多く、その一ノ瀬も転入生のことしか考えてないようだ。
「なあ、あの転入生可愛くね?」
「別に普通じゃない?」
僕は鼻から転入生、というか女子にあまり興味がない。いや、正確に言うと興味がなくなったのだ。なので一ノ瀬の話は適当に流す。
「おれ綾瀬さんにアタックしてみようかな」
「まあいんじゃない」
授業中、一ノ瀬はずっとこんな話ばかりしていた。よほどタイプだったのだろう。
授業が終わり、更衣室に戻ったときに上着を忘れたことに気づいた。
「あ、体育館に上着忘れたから取ってくるわ」
「あれ」
置いておいたはずの上着が見当たらない。
「あ、先生、この辺りに白い上着ありませんでしたか?」
「いや見てないよ」
「他の子が持っていったかもしれないから、女子更衣室見てきてあげるわ」
先生が1人の生徒を連れて戻ってきた。
「すみません!自分のと間違えて持っていってました」
「いや、大丈夫です。無くならなくて逆に助かりました」
これが転入生、桃瀬凛との初めての会話。僕は基本同じクラスであろうと初対面の人には敬語で話してしまう。
「あ、私今日から転入してきました桃瀬凜です」
「えっと、綾瀬です」
彼女は軽く会釈をして去っていった。
彼女が転入してきたからといって僕の学校生活に変化が生じることはなく、友人の一ノ瀬だけが常に浮ついている。偶然にも一ノ瀬は綾瀬凛と席が隣同士でしょっちゅう話しかけているのを見かける。
「おれさ今度桃瀬さん遊びに誘おうと思うんだけど」
「まあいいんじゃない?仲良さそうじゃん」
「相変わらずそっけないなー」
「高校生活のうちに彼女ぐらい作っといた方が後々後悔せずに済むぞ」
「気が向いたらね」
一ノ瀬は桃瀬凛が来てからはいつも以上に恋愛話を持ちかけてくる。
僕は恋愛に無関心、無頓着だってわけではなく、過去に一度は付き合ったことがある。それ以降恋愛には目を背けるようになってしまった。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
桃瀬凛が転入してきてから一週間、偶然にも僕は彼女とロッカーの位置が上下なので毎朝顔を合わせることが多い。
しかし、交わす言葉はこの挨拶のみで挨拶以外の会話は体育の授業以降していない。
こんななんともない日が続き、今日は授業の履修登録日。この学校は自由に授業を履修することができる選択制で今日は早い者勝ちの履修登録をする日である。皆一斉に同じ時間、同じサイトにアクセスし、PCを用いて登録を行う。
そしていよいよその時間が刻々と迫ったとき、
「あれ?」
この履修登録は学校内であれば、どこで登録をしても良いとされていて、僕はいつも自分の教室でするようにしている。一ノ瀬や他の友達は回線が強いと先輩たちから言い伝えられてきた場所へと集う。
教室で登録するのはいつも僕1人のはずが、今回は違ったようだ。
桃瀬凛だった。
「どうかしましたか?」
流石に2人しかいない状況で無視することはできない。
「パスワードを入力してもアクセスできなくて」
でもあと1分もしないうちに登録の時間だ。この戦場で1秒でも遅れをとれば、勝つことは不可能。
「えっと、学校から転入時に配布された個人のパスワードだと思います」
「それ入れてもアクセスできないの」
困った。ここで放っておくこともできないし、自分の履修登録も危い。
あ、もしかして。
「履修登録の方法が書かれてる紙にあるURLから入りましたか?」
「え、うん」
「あ、あの履修登録のときはいつも前日にその日にしか適用されてないURLがメールで送られてきて、、そこからじゃないと、、」
「嘘でしょ!?」
「ありがとう!やってみる」
あ、、、
問題が解決したところでPCの画面を見ると、取ろうと思っていた授業がもう既に満員の赤文字を表示している。
仕方ない。代わりの授業を入れてPCを閉じた。
「授業とれた?」
PCを閉じたと同時に桃瀬凛が話しかけてきた。
「まあ、取れました」
取れなかったと言えば、きっと彼女は私の所為だと言い張るだろうと思い、咄嗟の嘘。
「私もほとんど取れた!」
「それは良かったです」
軽く会釈をして教室を去った。
はぁ、だからいつも1人でやってるのに。一ノ瀬らと一度同じ場所で登録をしたときも周りが騒がしく、全然集中できなかったのだ。
口には出せない愚痴を心の中で吐きながら、僕は帰路についた。
ピロン
机に置いていた携帯が揺れた。画面には3通のメッセージがSNSを通じて届いている。
【桃瀬です!】
【ごめん、勝手にフォローしちゃった】
【さっきはありがとう!おかげで授業とれた!】
最近のJKはこんなにも早く相手の連絡先を特定できるのか。
【綾瀬です】
【お役に立てたのならよかったです】
ピロン
【なんでずっと敬語なの?】
【タメでいいよ!】
【なんとなく】
【わかった】
ピロン
【👍】
これで会話は終了。
履修登録の事件からこのメッセージのやりとりまでの少ない関わりで彼女の印象はかなり変わった。最初は物静かなイメージだったけど、誰にでも愛想がよく、コミュ力が高い、僕とは正反対な人間だということがわかった。最近の言葉を借りると陽キャだ。
「あ、おはよう」
「おはよう」
「日本史のレポートって来週までだっけ」
「うん」
「おっけ、ありがとう」
いつもより会話がひとつ増えた。それになぜか桃瀬は嬉しそうだった。
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