第28話 「勝つために必要なこと」

 猛烈な打球音と共に、バンビが不触の一撃ノータッチエースを決めた。

(もー! なんでそんな球が飛んでくっかなー!)

 鈴奈はうんざりしながら、転がったボールを回収しにいく。試合が始まってからまだ5分足らず。しかし既に3ゲームをバンビに連取されてしまった。ここまで獲れたポイントは、対戦相手の伴美波ばん みなみ、通称バンビのミスショット1つだけ。他は全てバンビの放つ攻撃的かつ凶悪なショットでエースを獲られている。どれだけ手堅くミスを減らした戦い方をしても、バンビの攻撃は易々と鈴奈の守りをぶち抜いていく。


(ったくぅ、ナツメで勝てないのにあたしで勝てるかってーの)

 ATCアリテニ所属の女子の中で、シングルスの実績は高校3年のメンバーを抑えてミヤビがナンバー1。それに続くのが高1の羽切棗はぎりなつめ。そのナツメは、今日バンビに2ゲームしか獲れずに敗北してしまった。曰く「完敗だった」とのこと。


「オイ、ウシ女! 早くボールよこせよテメー!」

 バンビが敵意を隠そうともしない態度で嗄鳴がなりたてる。主審がいるような大会なら暴言あつかいでペナルティを課されてもおかしくないバンビの振る舞いだが、あいにく今日はアマチュア向けの団体戦。県の公認大会ではあるが審判はつかない。鈴奈は言い返したい気持ちを我慢して、なにも言わずそのままボールを送った。決勝戦のためこの試合はほかの参加者が多く観戦している。開始前に鈴奈のファンだという人から試合を撮影させて欲しいと頼まれたこともあり、迂闊な振る舞いをしないよう注意する必要がある。


(まぁったく、子鹿が好き放題暴れてくれちゃってさ~)

 バンビの人柄を知っている鈴奈は、彼女の態度に呆れこそすれイラつきはしなかった。バンビのあれは理屈や正論でどうこうできるものではない。相手が誰でも、立ちはだかるものには一切の加減無く、全力で敵意をぶつける野生のケモノのような人格とプレースタイル。勝ち負けや損得といった打算的な考えに囚われず、自分の感じるままにひたすら自由に好き勝手振舞う。それが彼女、バンビだ。


 バンビはボールを手にすると、すぐさまサーブのモーションに入った。鈴奈は慌ててリターンの位置につく。誰でもいいから、アイツにスポーツマンシップやマナーについて教えてやって欲しい。少しでも我慢を覚えたなら、あの突出した才能を世に知らしめてやることができるのにと、鈴奈はバンビの才能を惜しみながらサーブを待った。すると、てっきり打ってくるかと思いきやバンビがサーブを中断する。こちらの準備が充分でなかったのを察したのだろうか。もしそうなら、昔よりは社会性を身に付けたとみえる。少しは成長しているのかと僅かに鈴奈が気を抜いた瞬間、バンビが意表を突く狙撃球アンダーサーブを打った。


(こ・ん・に・ゃ・ろ・!)

 慌ててボールを追う鈴奈。シューズの擦れる甲高い音を立てながらコートを蹴り、猛烈な勢いでボールに駆け寄る。少しでも遠くへ届くよう見せて良い下着アンダースコートがあらわになるのも意に介さず大きく開脚させ足を滑らせる。2バウンド寸前のところでなんとかラケットが届いた。


(我ながらナイスキャッチ! ファンサービスも忘れない選手の鑑!)

 辛うじてすくい上げたボールは短く低い軌道でネットを越える。バンビはサーブを打った場所から動こうともせず、自陣で2バウンドするのを見送った。ポイントは鈴奈。コートの外からは小さな拍手と共に、ナイスキャッチという称賛の声が聞こえた。僅かにシャッターの音も。


「ヘッ、足速ぇんだな? ウシ女のワリによぅ」

 嘲るようにつぶやくバンビ。

 小賢しい知恵つけやがって。なにが子鹿バンビだ、このヤマザル。

 今のポイント、バンビは鈴奈が追いかけている間にポジションを変えれば余裕で返球できたはずだ。それをしなかったのは、どうせ追いつけやしないだろうとタカをくくって鈴奈を侮っていたのか、もしくは別に獲られたところで大勢には響くまいと捨てたのか。

(ま、どっちにせよ勝てる見込みが低いことに変わりはないんだけどサ)

 ポジションに戻りがてら、鈴奈は乱れたウェアを整える。かなり無理な体勢で打ったので、念のため足首や膝に異常がないか確かめておく。

(でもさー、ここまであからさまにナメられるとさすがに癪だなぁ~。ここはいっちょセンパイとして分からせて・・・・・やらなきゃATCアリテニの沽券に関わるよね)

 リターンのポジションにつき、次に備える鈴奈。

「見とけよ、クソガキ」

 普段は滅多に火のつかない闘志をメラメラと燃やしながら、鈴奈は毒づいた。



 打っても打っても、スピードのないゆるやかなボールが高い軌道で弧を描きながら返ってくる。聖はベースライン後方約1mほどのポジションから、西野の打ったボールを必死に叩き返していた。しかしその全てのショットが、やはり同じように延々と返ってくる。それも、ほんの少しだけ変化をつけて。

(キリが無い……ッ!)

 あまりにも返球され続けるため、聖は苦し紛れに慣れないドロップショットをとっさに打った。しかし相手の虚を突くことはできたものの、飛距離が足らずボールはネットを越えずに自陣でバウンドしてしまう。


「あぁ、もう!」

 さっきからずっと似たようなポイントの繰り返しだ。ポイントを獲るために何度となくこちらから仕掛けても、いなされ、かわされ、凌がれる。聖が懸命に打ては打つほど、相手はその球威を利用して難なく返してくる。かと思えば、たまに聖の強打をわざと見送るように最後まで追わないことがある。


(コースが悪い? それとも球威か? あんなゆるい球でエースが獲れないなんて!)

 これで3ゲームを落とし、カウントは0-3。まだたった3ゲームだというのに、振り回しの練習でもしたかのように息が上がっている。ここへきて前2試合分の疲れも出てきたのかもしれない。聖はベンチに座り呼吸を落ち着けようとする。


(攻めてるのはこっちなんだ。相手はただ守ってるだけ。しっかり打って、相手を崩さなきゃ。もっと深く鋭く打って、相手の体勢が崩れたらきっちり決める。難しい球はきてないんだから、慌てずやればできるはず)


 第4ゲームは聖のサービス。

(僕にはまだ、サービスエースを獲れるようなサーブ能力は無い。まずはダブルフォルトに注意して、丁寧にチャンスを作る)


 ファーストサーブを成功させ、西野がリターンを返す。やはりゆるく深い、なんてことのないボールが返ってきた。いかにも攻撃できそうで、おいしそうな球・・・・・・に見える。聖は攻撃したい欲求を抑え、まずは自分も深く返す。


(サーブを打ったあとに来るリターンって、思ったより決め難い。サーブで優勢を獲って即決めるっていうのは、確かなサーブ能力あってこそだ。ここで無理するのはキケン)


 西野のリターンを深めに返球した聖は、ボールが返ってくるまでの時間で充分に体勢を整える。次も深いボールが返ってくるはずだが、ネット前にボールを落とされる可能性もある。聖は相手のボールがどこにきても追いかけられるようにと、コート前方へ向かって全神経を集中させた。すると、水面に波紋の輪が広がるように、聖の意識がコートに広がっていく。


(フン、さすがに少し冷静になったか)

 聖の挙動を視界の端で捉えていた西野は、相手の変化を敏感に感じ取った。ひたすら返球することに特化させた専守防衛型ステイヤーのスタイルには、ミスを抑えて失点を減らせるという特徴のほか、ボールを打つ以外の事・・・・・・・・・・に対して意識のリソースを割けるという利点がある。


 テニスは競技の特性上、コートの上を右へ左へ前へ後ろへと走り回りながら相手の打ったボールを打ち返し、尚且つコントロールする必要がある。打ったボールがアウトしてもネットしてもダメだし、相手の打ち易い場所に返してしまえばあっという間にピンチに陥る。だからまず、多くのプレイヤーはボールを打つために集中力の大半を費やす。しかしそうすると、相手が何をしているか、ということへの注意がおろそかになってしまう。対人競技である以上、相手が何をしようとしているのかというのは、自分が何をしようとしているのかと同等に重要だ。自分と相手。この2つを常に意識することが攻防を制するカギになる。


(そろそろこのテンポに慣れてきたか? クックック、だがまさか、オレが1試合通してずっと同じテンポで戦うだなんて思っちゃあいないだろうな?)


 西野は聖の打ったボールに、強い回転をかけて返球する。ここまで多用していた順回転スピンではない。性質が正反対の逆回転スライスだ。


 ボールの軌道がこれまでとは大きく変わったことに、聖もすぐ気が付く。バウンドしたあとに短く止まったり、まっすぐ伸びたりする低空逆回転スライス・ショット。スピードは無いが、跳ね方に種類があるため攻撃的な返球をするのは難しい。

「っと!」

 低く跳ねたスライスを、聖はどうにか返球する。だがイメージしていたよりもボールが高く浮いてしまい、それでいて飛距離が足らない。相手コートの真ん中あたりに、力のないボールがゆるゆると飛んでいく。

(大丈夫、あの人は返すだけで叩きは――)

 だが聖の予想に反し、素早く距離を詰めてくる西野の姿が目に入った。

(しまっ――!)

 浮いた聖のボールを、西野がノーバウンドで引っ叩く。

 反射的に手を伸ばしたが、聖は触れることさえできない。


 撃墜する浮球打スイングボレー


(やられた――ッ!)

 悔しさでみぞおちを撃ち抜かれたような感覚が聖を襲う。奥歯を噛み締めると、ぎりりと小さく音が鳴った。そんな聖を見て、口元を歪ませた西野が勝ち誇ったような視線を向ける。


(ポイントってのはな。こうやって獲るんだよ、小僧)



(ダメだ。ぜんっぜんダメ!)

 第4ゲーム。既にポイントを2つ先行されている聖は、何をどうすれば良いのか分からなくなっていた。ただ1つ言えるのは、今の自分のプレーでは西野からゲームを奪うことはおろかポイントの獲得さえままならないということだけ。


(なんでだ? 相手はただ返してくるだけなのに。攻めているのはこっちの方なのに。そりゃ、さっきは上手くやられたけど、向こうからの攻撃はあれくらいだ。その他はこっちから攻撃して、相手に守られて、それを僕が全部ミスして・・・・・・・・……?)


 うっと、吐き気に似たなにかを辛うじて堪える。

(違う。僕はなにか、大きく勘違いしている)

 さきほど撃墜する浮球打スイングボレーを決められた場面が、聖の頭の中で再生された。相手は守っているだけ?ミスを抑えているだけ?いや、そうではない。西野は攻撃しようと思えばいつでも攻撃できるが、してこないのだ。その必要がない。なぜなら、繋いでいれば聖の方が勝手にミスをしてくれるから。


(ただ返しているだけだなんて、とんでもない思い違いだ。僕が打ちたくなるようなボールをわざと打って、僕に無理をさせている。なまじ僕が強い球を打つもんだから、向こうは対して体力も使わず当てるだけでも返せる。それをほんの少しコントロールして、リスクを抑えながら左右に前後に打ち分ける。ゆるい球で守っているんじゃない。あれは守ることで攻撃してき・・・・・・・・・・てるんだ・・・・――ッ!)


 甘かった。強いショットを打ってこない相手を心のどこかでナメていたのだ。それに、年齢がかなり離れているということ、試合前の演技のかかった振る舞い、いかにも打てそうなゆるくてやさしい球。それらは全て、聖の攻撃を誘い出すエサに過ぎなかった。


「ひっじりーーーん!」

 空きコートを1つ挟んだ奥のコートから突然、鈴奈の声がした。振り向くと、鈴奈がラケットバックを背負ってこちらに手を振っている。目が合うと、鈴奈は実に清々しい笑顔を見せながら大きな声で言った。

「あとよろー!」

 てへぺろ☆と可愛らしくウインクしながら舌を出す鈴奈。それだけ言うとすぐさま真顔に戻り、のっしのっしと歩きながらコートを出るとガシャーンと大きな音を立ててドアを閉めた。聖がその様子を見て呆然としていると、西野の大きな笑い声が響く。

「ハッハッハッ! 言った通りだったな!」

 なんでこうなる、と思わず叫びだしたい気持ちを辛うじて堪える聖。だが、嘆いたところで始まらない。こうなるのが嫌だったなら、最初からシングルス担当を拒否すれば良かったのだ。チームメンバーが3勝し、あわよくば悠々と消化試合で腕試しをしようと甘く考えたのは他ならぬ聖自身。物事が自分に都合よく進むと期待した結果がこの状況を作ったのだ。


 追い詰められた聖は、頭の中で自分のやるべきことを整理する。

(大勢が注目している中、このオジサンにベーグルで敗けるのは極力避けたい。最悪敗けるにしても、叡智の結晶リザスを使ってでもいくつかゲームを獲らなきゃサマにならない。試合が終わったら、すぐ姉ちゃんに連絡して迎えに来てもらおう。事前に相談はしてある。でも、その前に)


 聖はボールを地面について大きく息を吐く。


(もう一度だけ素の僕のまま、全力でこの人に挑みたい)



 鈴奈の様子からバンビが予定通り勝利したのを知った西野は、聖に見せる態度とは裏腹に若干の緊張感を覚えていた。カウントはリードしているし、相手は既にかなり崩れているのだから心配の必要は無い。とはいうものの、今回の試合に参加を決めた当初はバンビの1勝が関の山でそれ以外のメンバーは成す術もなく敗北するだろう、というのが西野の冷静な見立てだった。今日の決勝進出が非常に幸運の重なった出来事であることは、西野自身がよく知っていた。


 だからこそ、降って湧いた優勝のチャンスを確実に掴み取るには、いつも以上に冷静さが必要だ。このまま行けば高い確率で自分たちが勝つ。流れは今、完全にこちらにある。しかし流れが来ていると感じるからこそ、腰を据えて万全を期さねばならない。


(ガキどもの腕試しにと参加したが、こうも上手くいくとはな。この大会はCTA――千葉県テニス協会――公認の大会グレードA。もしここで優勝できれば、選手登録しているオレや挑夢は県内ランキングにポイントが加算される。上手くいけば8月に実施される『修造チャレンジ』の選考条件を挑夢が満たせるかもしれん。そうなれば願ったりだ。アイツには是が非でも、ATCアリテニとは関わらせずにプロの道を進ませてやりたい)


 テニスのプロを目指すべく聖が選んだルートは、ATCアリテニという日本最大のテニスアカデミーへ所属し、ITF――国際テニス協会――ジュニアランキング50位内に入って、プロ試験を受けるというもの。


 この他に『公益財団法人 盛田正明もりたまさあきテニス・ファンド』という制度を利用するルートがある。ジュニア時代に高い実績を残した選手を対象とした奨学金支援制度だ。世界で屈指の実績を残した錦織圭を筆頭に、数多くの将来有望な選手がこの支援を受け世界へ羽ばたいたことでも知られている。だが、この制度の選考基準は恐ろしく厳しい。だからその前段階として、元プロの松岡修造が主催するジュニア選手強化合宿の『修造チャレンジ』に挑夢を参加させ、もっと高い次元の環境を提供してやりたいと西野は考えている。


(所属している選手たちに罪は無いがな、オレはATCアリテニが気に入らん。政府主導・・・・というのが特に。客観的にみれば、ATCアリテニも盛田ファンドも、やってることに大差はない。将来有望な子供を全国からかき集めて、その中で才能のあるやつを優遇してるに過ぎない。だがそれは選別・・であって育成・・とは呼ばん。もっとも、スポーツの世界は結果が全て。支援にも限りがある。多少の選別も止む無しだろう。だが、そこに政治が絡むというなら話は別だ。純粋に世界の頂点を目指す子供を後押しする盛田ファンドと、スポーツを隠れ蓑に子供を政治の道具として利用するのではことの真意が天と地ほども違う。やつらの標榜ひょうぼうするスローガンなんざ、タチの悪過ぎるおためごかしだ)


 2021年の東京五輪以降、政府は本格的にスポーツ事業に力を注いでいる。テニスブーム自体はその大きな流れの一部に過ぎず、他の種目においても同じように有望な子供の育成――西野がいうところの選別――は行われている。また、遅まきながら少子高齢化対策を理由に、子供をもつ家庭への経済的支援が手厚くなるなどの動きも平行して推進されている。だが、場当たり的で安易とも見られる政策によって起こる諸問題については、未だ解決の目途すら立っていない。


(金をバラ撒いて産めよ増やせよと煽ったせいで、養育環境の整ってない家庭に産まれ貧困に喘ぐことになる子供が無駄に増えたんだ。かつての挑夢のように・・・・・・・・・・。そんなことをしておいて、その上で才能があるかどうかで選別する? ふざけやがって。いちいち癇に障るヤロー共だ)


 西野は自分でも気付かぬうちに、僅かに生まれた緊張感を怒りに転化して力に変えていく。聖個人にはなんの怨みも無いし、プロを目指す彼らを応援する気持ちは普通にある。しかしその一方で、挑夢や他の知り合いの事情を知る西野からすると、恵まれた環境に生まれ育ち、何も知らずに政府が舵を取る巨大な箱舟の中でのうのうと過ごす彼等に、言いようのない理不尽さを覚えてしまう。もちろん、とても筋の通った怒りではないという自覚は西野にもある。だが、同じ国に生まれたにも関わらず、ほんの些細な違いでスタートラインが大きく違うことへの不公平感は拭えない。ましてや、そこに国策としての思惑が見え隠れしているとなると、到底、素直に従う気持ちにはなれなかった。


ATCアリテニに一矢報いる千載一遇のチャンスだ。是が非でも、ここは勝つ)


 反骨心の塊のような中年男は、人知れず決意を固めるのだった。



<さァ~て、面白くなってきたな。チームの勝敗はオマエの双肩に委ねられたってやつだ。勝算はあンのか?>


 不意に、アドが話しかけてきた。どうやらコーチングの押し売りというわけでもなさそうだ。大方、そろそろ叡智の結晶リザスを使えとでも言いたいのだろう。


叡智の結晶リザスを使えっていうんだろ?言われなくても分かってる。本当は使いたくなかったけど、このまま1ゲームも獲れないなんてことになったら面倒ごとが増えるかもしれない。でもまだだ。もう少し、もう少しだけ試したい)

<は~ン? なにを?>

(色々だよ。さっきまではやたらめったら攻撃することばかりに囚われた。だからもっと、別のことを。こっちもしっかり粘って守るとか、あとは……えぇっと)

<なンだよ、相手と同じことする以外に手はねェのか?>


 これまでとはなにか違うやり方を試したい。闇雲に攻撃するのではなく、相手がもっと嫌がるなにか。今の聖にとって、勝つために必要なのはそのなにかだ。だが、西野の真似をして自分も守りに徹する、というのはしっくりこない。相手と同じ土俵で勝負しても効果は薄いだろう。そうではなく、もっと別の。相手の土俵で戦わない、相手が嫌がるなにか・・・・・・・・・


 考える聖の脳裏に、先ほどミックスダブルスで見た最後のポイントが浮かんだ。

 挑夢が最後にやってのけた、ロジャーによる忍び寄る一撃セイバー


 あれはリターンの際に、相手より先んじて前に詰める大技だった。確かあれよりもっとポピュラーでやりやすい戦法があった。確か、それは。


(そうだ、例えば……できるかわかんないけど、サーブ&ボレーとか)

 サーブを打ったあとに前へ出てネット前に陣取る、古き良き戦型クラシック・スタイルだ。テニスの高速化に伴い、90年代を最後にそのプレイスタイルを主力にする選手は絶滅した。


<ハッハッハッハ!>

 突然、アドが大声で笑いだす。

 実に愉快そうで、聖を小馬鹿にするような声色ではない。

<いやワリィな。そうか、なるほどね。いや良いンじゃねェの?おめェにしちゃ良く考えたぜ>

 素直に褒められているようだが、逆に気持ち悪い。それに、こういう会話も考えようによってはコーチングなんじゃないだろうかと思えなくもない。

<いやァま、そんな顔すンなよ。ま、とりあえずだ>

 アドがそこまで言ってはじめて、聖はアドが話しかけてきた意味に気が付いた。


ご褒美の時間だぜ・・・・・・・・撹拌者スターリンガー


 聖の意識が、虚空のアカシック・記憶レコードへと繋がった。


続く

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