第20話 「決勝戦のオーダー」
“オトコ女”
小学生の頃、
男女の区別が付きにくい年頃までは、明るく元気なじゃじゃ馬娘といった風の彼女だったが、年齢を重ねるに連れて心無い男子から“オトコ女”と悪口を言われるようになった。それでも、自分に敵わない男どもが悔し紛れに自分を罵ったところで、彼女の心には何一つ届かなかった。所詮は負け犬の遠吠えであり耳を傾ける価値の無い戯言だと、何ら歯牙にかけることも無く聞き流していた。男性に引けを取らない身体能力と、女性的な優しい心根を持つ彼女は、いつも友人に囲まれ健やかに幼年期を過ごした。
中学1年で
以来、ナツメはミヤビをライバルと見做した。容姿では敵わないと早々に諦めたが、テニスで負ける事だけは無いよう同年代の誰よりも努力し、己の身体と技を磨き続け、その甲斐あってこれまでに練習試合でミヤビを倒したこともある。だがまだ足りない。完全にミヤビよりも上に行くまで、ナツメは止まることなくひたすら強くなると決心している。その決意は着々と実を結びつつあり、直近でいえばナツメはミヤビに負けず劣らずの戦績を残している。
(だっていうのに、まさか相手が
ナツメはボールを拾いながら対戦相手を睨みつける。
髪もウェアも、果てはラケットさえもファンシーなピンクで統一した華奢な少女。
現在14歳。2年前に
その時その場にいなかったナツメは詳細な内容については知らない。初日に顔を合わせた程度でどんなテニスをするかも知らなかった。そもそも、経歴自体が一切不明だ。バンビはナツメと同じく選手育成クラスに編入してきたが、そのクラスに入るからにはそれ相応の実績が無ければ入ることは出来ない。実績があるなら、現役でやっているナツメが知らないはずがない。バンビはまるで、つい最近入ってきたベビーベイスの優男、若槻聖のようにテニスの経歴が不明瞭だった。
ゲームカウントは2-5。ナツメは劣勢を強いられている。
始まってからまだ20分も経過していない。よもや
ボールを受け取ったバンビは、無言のままサーブのモーションに入る。普通、審判のいない
(気に入らない、ほんっと気に入らないよ)
バンビがサーブを打つ。そのフォームは
「アァッ!」
リターンを打つナツメの口から声が漏れる。
バンビの打つサーブは速い上にバウンド後の失速が少なく、ラケットで捉えたあとの衝撃も非常に大きい。まるで手に持っているラケットを直接蹴り飛ばされるような感覚を覚えるナツメ。絶妙なタッチセンスで衝撃を殺し、返球する。
ナツメのリターンは鋭くはないものの、
ナツメのリターンに合わせて適度な間合いを保っていたバンビは、まるでそこに返球されることが分かっていたかのように、サーブを打った直後から落下点手前に移動していた。丁度、ベースラインとサービスラインのやや中間に立ち、まるで虫でも振り払うようなスイングでノーバウンドのままボールを
乾いた衝撃音と共にボールが吹き飛ばされる。モーションは小さいのにその速度はサーブと遜色ない。リターンを打った後のナツメは完全にタイミングを外され反応出来なかった。
(これだよ、何もかもが独特過ぎる!)
ナツメとバンビの試合の様子は、まるで正統派の格闘技を身に付けたアスリートと、我流でストリートファイトを身に付けた
結局、ナツメはバンビのサーブをブレイク出来ず、2-6で敗北を喫することとなった。
「マサキ・デカリョウのペアが
ナツメの試合を観戦していた聖はそう独りごちる。
<野試合ってェのはおもしれェなァ?エリート集団がアマチュアに土付けられるなンざァ夢のある話だぜ全く。それにあのピンク頭、ありゃえげつねェ。なンだってあンなのが素人集団に混じってやがンだ?お嬢並じゃねェか>
「お嬢並?え、それってハル姉と並ぶってこと?」
<才能だけならな。お前らン中で太刀打ち出来そうなのは美人ぐれェじゃね>
「美人?」
<陰キャのカノジョともいうな>
意外だった。アドがミヤビを悪口ではない呼び方をするのもそうだが、あのバンビと呼ばれていた華奢な身体つきの少女がハルナと並ぶ才能を持っているとは。彼女に関する話はユーマ先輩が大よそのことを教えてくれたが、2年前に
今日の試合は、6チームが2つのリーグに別れて総当たりで戦い順位を決め、リーグの順位同士で戦うというもの。もし、ギャルチームを倒した『テニス特戦隊』が1位になったとしたら、恐らく決勝の相手になるのは聖の所属するもう1つの
★
ギャルチーム敗退の報せを届けた聖は、自チームが5戦5勝の快勝を果たしていたことを知った。ギャルチームも同じように華々しく勝利すると思っていたメンバーは少なからず動揺する、かと思いきや、マサキ・デカリョウの顛末に大笑いするばかりだった。一通り笑い終わってようやく、少し真面目にテニス特戦隊に対する作戦会議が始まった。
「
話を聞いた鈴奈は、他人事のように呟く。
「マサキとデカリョウが負けたのは事故でしょ。順当に行ってりゃ、そこが負けるなんて有り得ねェ。って考えたら、トオル先輩が中年のオッサンに負けるとも思えねェし、そこで勝って逆転して3勝2敗。別に警戒する必要は無いだろ」
しかし、それを聞いた鈴奈がチッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を振る。
「あんまぁい。その
最後だけちょっと茶化して言う鈴奈。真面目なトーンで話し続けないのは彼女のクセらしい。しかしその指摘はもっともな話で、テニスエリートの集団である
「警戒しなきゃいけないのは
話し合った結果、対テニス特戦隊のオーダーについては、以下のように決まった。
男子ダブルス :不破奏芽・沼沖文学
女子ダブルス :桐澤雪乃・桐澤雪菜
混合ミックス :雪咲雅 ・能条蓮司
女子シングルス:偕鈴奈
男子シングルス:若槻聖
相手チームの軸は間違いなく、
完勝する必要は無い。全体的な勝率を上げるよりも、抑えるべきところをしっかり抑えて勝つべくして勝とう、というのがチームとしての方針となった。
「シングルス、か」
聖はつい、言葉を漏らす。試合を見ることは出来なかったが、話に出る
「ひじリン、寂し~い~? あたしともっと組んでたかったぁ~?」
聖の独り言を耳聡く聞きつけた鈴奈が、悪戯っぽい笑みを満面にしながら絡んでくる。鈴奈は両手で聖の腕を抱き寄せ、これでもかというほど猫撫で声を出す。
「え、いや、あの」
唐突なボディタッチに不意を突かれ、聖は上手く返答できない。
腕が柔らかくで弾力のある何かに当たっている。
「まぁもう1試合あるし、我慢してね、ひじリン♡」
<抱けェ~~~!!! 抱けェ~~~!!>
深刻な悩みと、先輩の誘惑と、よく分からない声のせいで頭の中をかき乱されたまま、聖は第2試合に臨むのだった。
★
リーグ戦の第2試合も、聖の所属するチームは5戦5勝の快勝となった。
聖と鈴奈のペアも勝ちはしたが、この後でシングルスをする事になった鈴奈がバンビとのラリー戦に備えて先ほどとはポジションを変えて後方に陣取ったこともあり、ゲームカウント的には6-4という結果に。そして、ギャルチームを倒した『チーム特戦隊』も2戦目を勝ち、聖たちとの対決が確定した。
「オマエ、足ヘーキなワケ?」
2位以下のチーム同士の試合を先に消化するため、決勝までの合間に昼食をとっていると不意に蓮司が聖に話しかけてきた。一瞬何のことか分からなかったが、そういえばそういう設定でシングルスを回避しようとしていたのを聖は思い出す。
「ん、あぁ、思ってたより大丈夫みたい。怪我っていうか筋肉痛みたいなものだったのかも。動いてるうちに良くなってきたよ」
ふーん、と言いながら蓮司は隣に腰掛ける。
「
「
少し意外な話だった。
早い話が、政府主導で巨大な最先端のテニスアカデミーが出来たことによって、民営のテニススクールの経営が立ち行かなくなり廃業に追い込まれることを防ぐ為、経営権こそ元の経営者に残されたまま、スタッフを丸ごと
そういう事情もあり、基本的に木代市周辺で
蓮司が言うそのコーチは、そこに含まれず、個人でテニスを教えているという。
「あぁ、名前なんだったかなぁ、なんか狼みたいな感じだった気がするけど」
「狼……」
<まさに一匹狼ってヤツだな>
「おーい、そろそろ始まるってさ~!」
ミヤビの呼ぶ声が聞こえ、2人は一緒に立ち上がる。
「行くか。頼むぜ、エース」
「そっちも」
2人は軽く拳を突き合わせ、コートへ向かった。
★
「ハーッハッハッハ!!待っていたぞ、アリアミスの選手たち!!」
両手を腰に当て偉そうに胸を張りながら高笑いする、M字ハゲの中年男性こと西野陣。その後ろには彼の率いるチームメンバーが控えている。
<コイツ、キレたら髪の毛キンパツになったりしねェ?クソッタレェ~つって>
またワケの分からない事を言うアドだが、聖は無視する。
「あっれ~?」
そして、オーダーを交換した鈴奈が素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたんですか?」ミヤビが尋ねる。
う〜んと言いながら、鈴奈は相手のオーダー表を見た後、ニンマリと笑う。
「こりゃあラクショーかもよ」
相手の出してきたオーダーは、以下のようなものだった。
男子ダブルス :
女子ダブルス :
混合ミックス :
女子シングルス:
男子シングルス:
「僕の相手、あのオジさん……?!」
M字ハゲの中年男は、聖を睨み付けながら不敵に力強い笑みを浮かべていた。
続く
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