第9話 「サプライズ」
「ガネさんに……勝った」
コートサイドで観戦していた蓮司が呟いた。
信じられない。アリアミス・テニス・センターに所属する現役選手の中で最も強い徹磨が、現時点で日本男子勢の中で最も強いあの徹磨が、自分と同い年の名前すら聞いたこともないヤツに敗けた。目の前で起こったことを理解しつつも、まるで現実感が無かった。
「おめでとう、
告げられた言葉の意味が頭の中に染み込むまで時間がかかり、聖はうっかり呆けてしまう。勝利の実感がまるで湧かず、そもそも自分が何を目的としてここにいるのかさえハッキリしなくなってきた。疲労が限界を迎えて思考力が落ちているのかもしれない。
「おいおい篝サン、らしくねーな。まずは選手同士の挨拶が先だろ」
既に呼吸を整えたらしい
近寄ると、徹磨の巨躯が最初に見た時以上に迫力を帯びている気がした。聖の目の前に、徹磨の大きな手がぬっと差し出される。握手を求められていると気付くのにすら遅れてしまった。聖が恐る恐る手を出すとグイっと力強く聖の手を掴み、同時に身体を引き寄せ、軽いハグをしてくれた。僅かに触れた徹磨の身体は熱せられた岩肌のようで、その頼もしさは自分が幼い頃に何度も抱きしめてくれた父親のようでもあった。
「スゲェよ、オマエ。オマエみてェなのが、今までどこで何してやがった」
敗北を喫したにも関わらず、徹磨の表情は聖への賞賛に溢れていた。
その真っ直ぐで力強い眼差しが、聖の胸の奥をチクリと刺す。
未だ、聖の頭の中では鼓動が鳴りやまない。というより、先ほどから徐々に大きくなってきているように思う。呼吸もいつまで経っても落ち着かない。身体の動きを止めたのに、汗は動いていた時以上に溢れてくる。
「ったく、選手より先に審判がアフター誘ってどうすんだよ」
「うるさい、ちょっと先走っただけだ」
「そういえば最初カウント言い間違えてなかったか?」
「なんのことだ」
徹磨と篝の軽口が遠く聞こえる。
(勝ったんだよな?)
<あァ、おめェの勝ちだ。見事、最初の関門突破だな>
アドの声が聞こえる。間違いない、自分が勝ったのだ。夢ではない。
「聖くん!」
鈴を転がすような少女の弾んだ声がした。
笑みを浮かべた雪咲雅と、名も知らぬ少年がコートに入ってきた。その後ろから、続々と同年代らしき者たちが現れ、その中には聖の顔見知りの姿もあった。
「凄かったよ、ホントに凄かった! ガネさんに勝っちゃうなんて思いもしなかったよ! さすがハルナちゃんの幼馴染だね!」
満面の笑みを浮かべているミヤビ。対して、その隣の少年は随分と不機嫌そうだ。
「コーチ、聖くんウチに入るんでしょう? 今日皆いるから、折角だし紹介しても」
「お前等、試合の途中で降りてきただろう、上で見ろと」
<非撹拌事象に於ける
「ガネさん、お疲れ様です。相手、強か」
「オ~~~イ、ガネ~~~?! どうした~~~?」
<使用時間は9分47秒。能力の
「セイ君! おめでとー!卒業式」
「聖、オマエ来るなら一言ぐ」
<尚、今回の使用に伴う
皆の声が遠くなっていく
視界が徐々に狭まり、やがて身体中に違和感を覚え始める
浅い呼吸を繰り返しているが、一向に息が整わない
「聖くん?」
様子のおかしい聖に気付いたミヤビが不思議そうに声を掛ける。宝石みたいに美しいミヤビの瞳を見つめていると、まるで吸い込まれるような錯覚を覚える。ミヤビの顔がいつの間にかハルナに変わり、笑顔を向けてくれている。名前を呼ぼうとしても、声が出ない。
そこで、聖の意識は途絶えた。
★
目を覚ますと同時、頭の中にガラスでも突き刺さっているのではと思うほどの頭痛があった。痛みに反応して身体が硬直するのと同時、腹筋や背中、腕、足、身体のそこら中に激痛が走り、思わず呻いた。痛みのお陰か意識だけはすぐにハッキリして、試合の後で自分が倒れたらしいという所までは思い出せた。
<うひゃ~、キッツそ~~~こえ~~~~オマエ死ぬかもな~~~>
頭の中で聞こえる人を完全に馬鹿にしたような声色は、聖が知覚出来る外的刺激の中でいま唯一刺激を受けずに済むものだった。とはいえ、精神的な刺激という意味ではこれ以上ない苦痛であるとも言えた。
(これ、いつまで続くの)
<無論、死ぬまで>
(頼む、今、冗談に付き合えない)
<オメーがぶっ倒れたのが昨日、つまり土曜の昼頃。算出された
(あと、数時間……)
<勝利の余韻に浸る間もなくぶっ倒れたからな。気の毒だから簡単にあの後の事を教えてやるよ。コートでぶっ倒れたオマエはすぐさま救急車で病院に運ばれた。検査結果に異常は無し。途中で数回目は覚ましてたが記憶にねェか? 夜に親が迎えに来て無事ご帰宅。めでたしめでたし、だ>
浅い呼吸を吐く聖。その僅かな呼吸ですら苦痛を伴う。
子供の頃、国で義務付けられているワクチン接種による副反応で高熱を出し2日ほど苦しんだことを覚えているが、その時の数十倍以上のキツさだと聖は感じていた。こんな重い代償を子供の頃に何の合図も説明もなく受けたのだ。恐ろしくなるのも無理はないなと今更ながら聖は自分の反応は普通だったと実感した。
<後半は見事だったじゃねェか。上手く使いこなしてやがったぜ>
茶化すとも誉めるともとれない口調でアドが言う。試合の事について確かに話をしたい気持ちはあるのだが、いかんせん頭が回らない。身体を動かそうにも、指一つ動かすのさえ結構な苦痛が伴う。兎に角あと数時間、眠ってしまえばやり過ごせる。
<ま、取り敢えず今日は寝とくんだな>
言われるまでもなくそうするつもりだった聖は、相槌を打つことも無く転げ落ちるように再び意識を失った。
★
薄ぼんやりとした意識の中、緩やかに覚醒する
消毒液の匂いが鼻をつく
電子音や酸素吸入器の規則的で無機質な音が耳障りだ
妙な苛つきと同時に、何が起こったのか思い出した
冗談じゃねェ
やっとの思いでグランドスラム本戦入りを決めたンだ
何故、オレがこんな目に遭う
まさかあの野郎
噂は本当だった
だが、誰が信じるっていうンだ
たかがスポーツじゃねェか
いつからここはこんな殺伐として張り詰めた場所になった
磨いた技を競い合う健全なところじゃなかったのか
騙して、脅して、罠に嵌めて、命すら奪おうとする
そんな血生臭い暗がりの世界だったのか
オレはこんな世界に身を置きたくてこれまで努力してたのか
冗談じゃねェ、そんなワケあるか
どこかで何かの歯車が狂ったんだ
だが、今さらそれに気付いたところで、もう手遅れだ
何もかも有耶無耶にされるだろう
網膜に焼き付いた残像、千切れた腕
不気味な笑みを満足そうに浮かべている
込み上げてくる怨嗟を、血の混じった胃液と共にぶち撒けた
★
母親はもう少し休んだらどうかと心配してくれたのだが、
(痛った~……なぁ、これホントに
<正真正銘普通の筋肉痛だ。オマエの筋肉が喜んでる証拠だぜ>
中学時代はハードル走でそれなりにトレーニングを積んでいた。受験期間でハードなトレーニングこそしなかったものの、朝と夜に軽い運動は続けていたのだが緩やかに身体は鈍っていたのかもしれない。一日中、久しぶりの筋肉痛に顔をしかめながら過ごす事になった。
(腕は平気なのに、背中とか腰、太腿がキツイんだよな)
<腕力でラケット振り回すモンじゃねーのさ。あの筋肉ダルマはどうかしらねーが>
筋肉ダルマと聞いて、聖は徹磨の堂々とした佇まいを思い出す。
――スゲェよ、オマエ。オマエみてェなのが今まで何してやがった
試合の後、徹磨は聖にそう言った。真っ直ぐな瞳で、対戦相手の健闘を讃え勝利を心から祝福してくれた。本来なら、しなくても良い敗北を押し付けられたにも関わらず。
「あの人は、凄いんだな」
<当たり前だろ。身ィ一つで世界と闘ってるわけだからな>
それに比べて、自分は。
<そのスゲェやつを更に凄くしてやる為に、オメェがいる>
暗い気持ちになりかける手前で、アドがそう言った。
<先に言っとく。オメェがオレ等の力を使うのはオマエの事情であると同時に
珍しくというより、初めて聖に気遣うような事を言うアド。聖が変な罪悪感に囚われて未来の可能性の撹拌を辞められたら困るから考えを正す為にそう言っているのかとも思ったが、それはさすがに穿ちすぎかもしれない。
(そうだな、ありがとう)
聖は一旦、その事について考えるのを控えた。
今はとにかく、前進あるのみだ。
★
放課後、聖は小学校からの友人であり現
学校からの帰宅途中、家には戻らずそのままアリテニの敷地内にあるカフェで待ち合わせた。ログハウス調の落ち着いた雰囲気なカフェで『ジュ・ド・ポーム』という名だった。内装も小洒落ていて男子高校生が制服のまま入るのはなんだか場違いな感じがする。
待ち合わせの時間より早く着いたつもりだったが、窓側の席に奏芽はもう座っていた。タブレット端末を見ながらなにやら難しい顔をしている。店員に待ち合わせである旨を伝えて向かいの席に座る。
「早いな、待たせた?」
「ん、おぉ、早いな。ちょい待って今終わらせる」
「何してんの」
「デリバティブ」
「は?」
「よし、オケ、利確っと」
「オケリカクット?」
何やら満足気にタブレットを操作していた奏芽は作業がひと段落したらしく大きなため息を吐くと、目の合った店員にアイスカフェオレを二つ注文した。
「なぁ、今のなに?ゲーム?」
気になった聖は画面をオフにされたタブレット端末を興味深そうに見つめる。奏芽はそんな聖の視線を受けてどう説明したものかと苦笑いを浮かべている。
「ゲームっちゃゲームとも言えるかな。先物、ホラ、株取引って言えばわかるか?」
「株!? 奏芽、株なんてやってんの?」
「厳密には株じゃねーけど、似たようなもんだな。ここに所属してると色々あってよ」
「アリテニと株が関係あるの?」
興味津々に聞いてくる聖だったが、奏芽からすると今のは仕事の一環であり面白い話でもなんでもない。予備知識のない人間に説明できるほど奏芽自身も詳しいわけではないので、適当にはぐらかすことにした。
「なこたァいいんだよ、それより聖、テニス再開したのかよ」
「んまぁ、そういうことになるかな」
「なんだそりゃ。教えろよ、ハルナさんと何かあったのか?」
奏芽は小学生の頃から聖の友達で、ハルナとの関係についておおよその事は知っている。聖が突然テニスを辞めた事も知っているが、理由を話そうとしない聖に奏芽は子供なりに気を遣って事情を聞き出そうとはしなかった。昔からの付き合いもあるし、今後プロを目指すにあたって1人でも仲間が欲しいと思っていた聖は、
★
「ン、まァ経緯は大体分かった。が、肝心な部分が抜けてんぞ」
シロップを3つ流し込んだアイスコーヒーを啜ってから、奏芽は言う。
「
きた。当然の質問だ。聖と違い、奏芽は小学校低学年からテニスをしている。そして自分は途中でテニスを辞めている。そんな自分が世界ランカーのプロと同等に渡り合うどころか、あまつさえ勝ってしまった。テニスを再開した理由については説明したが、あれほどのプレーが出来るほど聖がテニスをしていないことを奏芽は知っている。長年付き合っていた友達の意外な一面、で済むレベルの話ではない。今後アリテニで練習する上で、表立った実績の無い自分にどうしてあそこまでのプレーが出来たかを周囲に納得させる理由はあった方が良い。
アドを物置から解放し、
そこで。
★
<周りの人間の常識を改変しろ?>
聖は自室でラケットに向かって正座しながら手を合わせ、拝むように言った。
「頼む。全然理由が浮かばない。今までテニスしてなかったヤツが突然プロを倒したんだ。なんでもいいからそれっぽい理由が無いと絶対怪しまれる。それに撹拌事象じゃない時の僕の実力はまだ全然足りない。一緒にプロを目指すジュニアと練習するのに今のままじゃ足を引っ張るし、何かトラブルを引き起こしかねない。そうなったら可能性の撹拌どころじゃない。アニテニで上手く溶け込むには少なくとも僕がテニスの素人じゃない説得力のある理由が要る。けど何も浮かばない。アドは記憶に干渉出来るんだろ? なら、力を貸して下さいお願いします」
早口でまくし立てながら徐々に土下座のポーズになる聖。
こいつこんなキャラだったか?と訝しむアドは、少年の姿を現して言った。
「ツラ上げろ」
恐る恐る上目遣いで顔を上げる聖。
「オマエの要求が可能かどうかの話で言えば、可能だ」
聖の表情に期待の色が宿る。散歩という単語を耳にした犬のようだ。
「が、オケまる~☆任してヒヤシンス(☝ ՞ਊ ՞)☝ てワケにゃいかねェな」
ガックリと項垂れる聖。
「つか何をシレっと恐ろしいこと要求してんだよオマエ。確かに出来ねェことじゃあねェがオマエの都合よく常識改変てソレ発想がかなりいかがわしいぞ。さてはその手のネタ好きなんか? 常識改変アプリとか催眠アプリとかよォ正直に白状しろやコラ」
途中から何を言ってるかサッパリだがそれはいつものことだ。
聖としてはこれ以上アド(というか
「ま、オマエの性癖はともかく。確かに能力だけ貸して後は全部オマエ任せってのも、ちょ~~~~~~~~~~~っとばかり不誠実な気がしなくもない。オマエがそういう要求をする気持ちも1ミクロン程度の理があると認めてやらんでもない」
「それじゃあ」
散々な言われようで反論の1つでも、と思った聖だが、なんとか堪えた。現状アドの胸先三寸で協力が得られるかどうかが変わる。完全に言質を取るまではひれ伏し、自分にとって必要な状況を作り出そうと敢えて哀れな様子を演じてみせた。
「なので、オマエが必死こいて説明すればちょっとだけ説得力が増すようにしてやる」
「どゆこと?」
「そのままの意味だ。普通ならやや無理筋な説明でも、オマエが必死に話せばなんとなくそうかもな、と思わせる程度に説得力の後押しをしてやる。言い訳はなんでもいいからとにかく必死に無い知恵絞って相手にプレゼンすんだよ」
★
「あー、あれね、あれはさ……」
背もたれに体重を預け、ふんぞり返るような姿勢で少し思わせぶりな表情のまま言った。
「まぐれだよ」
「あ?」
「まぐれ。運。偶然。実力じゃないよ」
見る見るうちに奏芽の眉間に皺が寄っていく。今まさに文句を言おうとした奏芽の顔の前に掌を向け、反論を制する聖。
「分かる。どう考えてもあれは凄かった。でも僕自身驚いてるんだよ。確かに僕はテニスから離れてたけど実は辞めたわけじゃなくってさ。ハル姉に教わったりハル姉のコーチにも実はプライベートでテニスを教わってたんだイヤ言ってなかったけど学校から帰ったら割とガッツリテニスしてたんだよ言わなかっただけでハル姉の家の庭にある小さい壁で一日何時間も壁打ちしまくってたらどういうわけかライジングだけは上手になってたんだよホラかの有名なアンドレ・アガシも似たようなトレーニングしてたって言うじゃんただハル姉とミックス組むと周りの人が煩かったし僕はハル姉以外とは組みたくなかったから大会とかには出ないでただひたすら自主練だけしてて体力作りの一環で陸上やってただけで自宅ではテニス漬けだったのホントこれマジ嘘じゃないよあと黒鉄さん対策もハル姉に聞いてたしでも見てたら分かっただろうけどあれは完全にラッキーで勝てただけでもう一回やれって言われても無理だからいや強かったよ黒鉄さん流石だよね最初はたまたま偶然奇跡的に僕が先行してたけどあっという間に追いつかれたし勝てたのもほぼ運だったから元々勝てるなんて思ってなかったよ偶然に偶然が重なってたまたま100回に1度が最初に出ただけそりゃ僕も天下の素襖春菜とそのコーチから指導して貰えてたからこそだけど勝てたのは偶然さ僕なんて実際まだまだ大したことないからね」
怒涛のように捲し立てる聖。途中から自分が何を言ってるのか良く分からなくなったがそれでも喋くった。自分でもよくここまで舌が回るなとぼんやり感じつつも、とにかく必死にそれっぽいことを立て続けに喋り、呆気に取られている奏芽を無視して途切れるまで説明した。
奏芽は相槌も打てず聖の勢いに圧倒され、最終的には
「そ、そうか、オメーも頑張ってたんだな」
と、良く分からないまま納得
聖の意識の中でアドが大爆笑しているのが聞こえたが、今はどうでもよかった。
★
そんなこんなで何とか奏芽を言い包めた(?)聖は、今後どんな風に選手育成クラスで活動すれば良いのかを尋ねるべく話題を変えようと思った。見た目はともかく奏芽はかなり頭のいいやつなので、味方につければ取り敢えず何かしら力になってくれるだろうと期待していた。まずは選手育成クラスに入ったあと、どういう手順を踏んでプロを目指すのかなど具体的な道筋を奏芽なら示してくれるだろうと思い、それについて尋ねようとしたその時だった。
「なるほど。貴殿の事情は、相分かった」
突然、聖の後ろの席から男の声が聞こえた。
慌てて振り返ると、サングラスを掛けた3人の男がスっと立ち上がる。
「盗み聞きのような真似をして失礼
やけにアゴの尖った、同世代くらいに見える男が芝居じみた口調で言う。
妙なポーズのまま3人が威圧的に聖を見下し、聖の正面に横一列で並ぶ。
「えっと、どちら様……?」
聖が思わず尋ねると、待ってましたとばかりにアゴの尖った男が言った。
「知らざあ言って聞かせやしょう!」
サングラスを取り、やけにギョロついた大きな目で聖を睨みつけながらしゃくれた顎をこれでもかというほど突き出しながら歌舞伎の真似事みたいな妙なポーズを取りながら続ける。
「ガキの頃からアリテニで
腕を磨いて幾星霜
ダブルスやれば日本一
ボレーやらせりゃ世界一
生まれ育ちは茨城で
兄が二人の末っ子の
愛され上手で誉め上手
情にも厚い男前
好きなバンドは邦楽の
アスパラガスとビッグママ
顎がキュートな高校生
テレビか何かで聞いたことがあるような無いような歌舞伎の名セリフを朗々と歌い上げて名乗った君塚政基は、なんだか良く分からない歌舞伎っぽいポーズでバシっとキメている。聖が目の前で唐突に始まった茶番にどう反応したら良いのか分からないまま固まっていると、
「ハイカットォー!」
「いいね、嚙まなかったな!」
「さっすがマサキだ本番に強い男」
「途中ちょっと早くなかった?」
「今日もしゃくれてんね~!」
パラパラとやる気のない拍手と共に周りに座っていた客達が次々とマサキに称賛を送った。当の本人はちょっと恥ずかしそうに片目をつぶって舌を出し、会釈しながら元いた席に戻っていく。すると今度は黒鉄徹磨と同じくらいの巨漢がマイクを手に出てきてオレの番だなと言った。
「あーあー、チェックチェックチェックワントゥー」
「待て待て待て待て。デカリョウ落ち着け、大分滑ったからそこまでだ」
奏芽がウンザリした顔で割って入り、デカリョウと呼んだ巨漢の始めようとしていたパフォーマンスを止める。ブカブカのパーカーを着てサングラスをアゴにかけている様子から、恐らくラップでもやろうとしていたのだろう。
「オウなんで止めんだよ奏芽、オレの熱いリリック
「だからコイツにこのノリはウケねーつったろ。なんでダダ滑りしてんのに何事もなく続行できんだよ、お前のメンタルはダイヤモンドか?」
「砕けないぜッ!」
「ダイヤモンドは分子構造的に砕けるからな。いいんだよそういうのは」
「じゃあデカリョウは後回しにしてオレが行くか?」
「そういう問題じゃねぇ。見ろ本人固まってるじゃねーか」
「え、じゃ、あたしらの出番も無し?」
「聞く? それ? ここまでだつってんだろ、出たがりも大概にしろや」
奏芽が何やかんやと文句をつける連中を宥める。
なんとなくその場にいるメンツの顔が聖のおぼろげな記憶の中で浮かんできた。
「もしかして、選抜試験の時にきてた人たち?」
聖の一言で全員の視線が集まり、たじろぐ聖。
すると、タイミングよく店のドアが勢いよく開き雪咲雅が入ってきた。
「間に合ったーっ!?私の番終わってない?!」
今度は全員の視線がミヤビに向けられ、妙な沈黙が店内を包む。急に注目が集まったことに一瞬戸惑った様子のミヤビだったが、すぐに居住まいを正し、気を付けの姿勢で真っすぐ立つ。咳払いを一つして真剣な表情のまま全員を一瞥すると、顔の横で中指と薬指を折り曲げた左手の平を見せて可愛くウインクしながら言った。
「キラ☆」
続く
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