暗闇

「で、久しぶりに訪ねてくれて孫自慢に来たわけではないだろう。なにかあるのかい」

「孫自慢にも来たんですよ。でも他に用もありまして、ここから少し北に行こうと思うのですが、この辺りの様子を聞きにきたんです」

新しく買った地図を広げて、ハーさんに相談する。


「あー、この辺りか。街道は繋がってないけど、先に集落があるから道はあるぞ。どこまで行くんだ? 宿は無いし、買い物もできないから、ここで必要な物は揃えて行った方がいい」

「ありがとうございます、そうします。それと、なにか変わったこととか不思議な話があったりしませんでした?最近でも昔あった話でも良いのですが」


「不思議な話?あ、ムッタさんのところのヤギが四頭も子供を産んでな、それが三年続いた話ならあるぞ」

「おぉそれはすごい。めでたいですね」

「あ、そういえば、そのムッタのやつが最近街へ降りてこないんだ。もし、近くを通るなら様子を見てきてもらえないか」

「それは構いませんし、言付けがあったら伝えておきます」

爺ちゃんは用紙を取り出し言付けを書き込んだ。


「えー他にはありますか?急に雨が降るようになったとか、一晩で泉が沸いたとか、お伽話のような噂とかはありませんでした?」


「ん~。そういえば、お前がこの街を出て、しばらく経った後『竜の素材を買い取ってもらえないか』とか言って街を回っている集団がいてな、当時はちょっとした話題になったもんだ。なんでも『雨が降る力が込められている』とかなんとか言ってたけど、触っても叩いてもなにも起こらなかったし、価値もわからないからお引き取り頂いた」

「その人たちはどこから来て、どこへ行ったのか分かりますか」

「北の方から来たと話していた気がするし、馬車で大きな街に行った方が素材の価値のわかるやつがいるんじゃないかとも勧めた気がするけど、昔のことだからなぁ…」


 話が長くなりそうだし、もう夕方になるからと言ってその日はハーさんの家で一晩お世話になった。

 

 結局のところ、竜の素材を買い取った人もその集団がなんだったのかも、それ以上は分からなかったが、爺ちゃんとハーさんは夜更けまで楽しそうに話し込んでいた。


 次の日、ハーさんは朝ごはんとお弁当まで用意してくれた。

 お礼を言って手を振りながら先の道のりへ出発した。


 ここから先は街道ではない、整備されていない道を進む、街の片隅から大人二人がすれ違えるくらいの小道が続いていた。


「爺ちゃん、街道と整備されていない道は、地面の歩きやすさが違うのはわかるけれど、他はなにか違うの」

「全然違うぞ、街道は大勢の人が安心して歩けるように作っている。柵は獣除けの実が刷り込まれているし、定期的に補修もしている。各所に休めるところや泊まるところが整備されているし、守衛団が見回りもしている」

「整備されていない道は?」

「道は住んでいる人が定期的に通っているだけだな、誰も通らなかったら草が生えて道は無くなる」

「もしかして、用を足す場所もないの?」

「あ~。そういえば困るな。邪魔にならない目立たないとこを考えないとな」

「全然、街道と違うね…」


 景色を見ながら会話して、ゆっくりとでこぼこした道を進んだ。

 少し陽が傾いてきたので、民家を見つけるか野宿の準備をするか足を止めて話し合おうと思ったのだが、あっと言う間に真っ暗にになってしまって、慌てて火を焚いた。


 テオとテルマのくれたメタルマッチですぐに火は点いたが、煙がモクモクして目が沁みる。

 家で雑草や伐採した木を燃やすときは、日に当てて乾燥させた後に燃やしていた。

 当然、今は薪を用意していない、周りの小枝を刈って集めた生木だ。


 涙を流し、目を擦っていたら同じように目をしばしばさせている爺ちゃんと目が会い、お互いバツが悪くなって苦笑いしてしまった。

「これ、アルヴァ叔父さんに怒られる焚火だね…」

「だよなぁ、目が痛い。慌てるといつもは分かっている事も難しいな」


 延焼を防ぐ為の水も用意していない。少しの飲み水しかないから、用心しながら焚火を囲んで夜を過ごした。火をめがけて虫が次々と飛びこんでくる。

 火が燃えすぎることも、消えてしまうことも心配で眠れそうになかった。


 交代して休むか、という話にもなったが、地面はしっとりと濡れていてお尻はすでに湿っている、横にはなりたくない。

「爺ちゃんが起きてるから、アークは眠ってもいいからな」と言ってくれたけど手近な枝を薄く削り、乾かしながら夜を過ごした。


 ようやく太陽が昇り始めた時の安堵感は今まで感じたことのない気持ちでいっぱいだった。


「火を消して、少し寝て行こうか」と言ってくれたけど、夜が明けても地面はしっとりと濡れていて休めそうになかったので夜中に作った乾かした枝をひとまとめに括って出発した。

 屋根も床も無い野宿は初めてで、ひどい倦怠感だった。

 重い体で道を一つ曲がったら、すぐそこに民家があってますます疲労感が増した。

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