竜のお話2

 竜が人間の姿になることはほとんど力を使わないし、つがいと同じ種の姿になるのも力が少しで済むこと、力が溜まれば番の方も人間の姿にはなれるけど、竜の姿にはなれないとのことだった。


「世界は人間の気配が満ちているから、人間の姿に変わるのは難しいことではないけど、竜が人間に姿を変えると見目が良すぎるみたいなんだよね」

「確かに、コハクも見た目すごく整ってるね。リンもその…キレイな人だったと思うよ」

「でしょ?初めて人間の姿で町に入った時、女の人はみんな優しくしてくれて、あの場所で良い気を貰ってずっと暮らせると思ったんだ。でもしばらくすると、なんだか様子がおかしくなっていったんだ。男の人からは邪険にされ、一部の女の人から嫌な気を貰うようになって、とても暮らせなくてすぐに逃げ出したんだ。大体そんな目に合うんじゃないかな。でも、僕はその後ここで精霊様に出会ったんだ」

 それからまた精霊様との馴れ初め話を延々と語られた。



 独り身の竜の生き方は過酷だった。

 世界に一番満ちているのは人間の精気で、賑やかで平和な街で暮らすことができたならば、生きていくには充分な力が手に入る。でも、先ほどのコハクの話を聞く限り、人間の中でずっと上手く過ごすことは難しいだろう。それに、コハクもリンも姿が若いままだ、一つの町に長くはいられない。

 姿だけの問題ではなく、一か所に長く留まると、周辺には竜の気が充満してしまい、縄張り争いを避ける竜は他の竜の気配にある場所には近づかない。


「なんだか、よくわからないね。同じ種なのに一緒にいられないの?」

「竜同士が番になるのは相当難しいね、放浪しながら同じく放浪している竜を探して、出会わないといけないから、その前に力尽きることが多いんじゃないかな」


 話を聞く限り僕たちが知るリンと竜は少し違う感じがする。

 リンは『家族から良い気を貰っている』と言っていたけど、普通にご飯も食べて、スープとすっぱい果実に白い粉をかけたシュワシュワが大好きだった。

 雨を降らせることはできたけど、それは畑を湿らせるくらいの雨だった。


「この辺りは雨降り竜あの子の気配が充満しているから、他の竜があの子を見初めに来ることはないと思うよ」

「え?リンはイーサと夫婦じゃないの」

 婆ちゃんと顔を見合わせる。

「ここはあの竜の子の縄張りだよ、人間の習慣はわからないけど、夫婦と番は違うのかな。縄張りの気配があるってことは独り身ってことだよ」


「僕たちには絆も精気感じないからわからないけど、ずっと一人だったのかな、一緒に暮らして家族なのに」

「んーっと、絆っていうのは…」

 お決まりの精霊様との惚気のろけ話が始まってしまった。

 コハクが精霊様が大好きなのはよくわかったけど、絆のことについてはイマイチ要領を得ず、番と夫婦は別の事柄なのかもしれないと考えることにした。



「ねえコハク、竜は子供の姿から一晩で急に大人になったりするのかしら?」

「いや、普通に人間と同じで、少しずつ成長して親との絆が切れたら大人だよ。20年位かかるよ」

「リンはある日突然大人の姿になったの。どういうことだったのかしら?」

「僕もこの間弱っていた時は、子供の姿にしかなれなかった。だから大人なのに子供の姿なのは力が足りない時だと思うけど、子供が急に大人になるのは力が満ちた時なのかな、でもよくわからないや」


「それから、リンを保護した時は、リンはお父さんになにかあって逃げてきたみたいだったの。大人になる前に親がいなくなってしまった竜はいつ大人になるのかしら」


「親が亡くなってしまった幼体が一人で生き残るのは難しいんだ。ミスティがその竜を拾った時から今まで、その竜の子は誰とも絆が繋がっていなかった。やっぱり僕にはわからないや」

「リンがいなくなって、大分経つけどまだ力は残っているのかしら。一人で泣いていないかしら」

 婆ちゃんは話をしながら涙がこぼれていた。


「僕、その竜が雨を降らせてくれたおかげで泉が浄化されていたことは、その竜がいなくなってから気づいたよ。だから雨降り竜は、雨を降らせる力も、生きる力も持っていて大人だったと思うよ」


 その時、少し空がキラっと光った気がした。

 気のせいかと思って上を見上げると、一陣の風と一緒に雨が流れるように降り注いだ。

 僕と婆ちゃんは顔を見合わせ、思わず手を繋いだ。

 優しくてキラキラしたリンの降らせる雨と同じだった。

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