ヒルノナイクニ

荘園 友希

ヒルノナイクニ

自分たちの国には昼がなくて、厳密には夜がないといった方が正しいだろうか。時間という概念がそもそもない。日はいつまでも落ちなくて、時間的には永遠の昼なのでオンオフがつかなくて、オフの時間が必然に長くなる。故に昼がない。

「クラリス、今日はどこ行く?」

「ハウト、そんなに生き急いでどうするの?もっと堕落して生きることもハウトには必要なんじゃない?」

ハウトはこのアングラな雰囲気が楽しくて仕様がないらしい。どんなものでも手に入るし、他国の人と話す時に永遠の夜はちょうどいい。どこの国とも話すことができる。もちろん言語の壁を超える必要があるが。

 雪が深々と降る中で、私は道を歩いている。三つ先の交差点の地下には私のアートボードがあって、私の世界が広がっている。唯一自分が自分であると感じられるのはこの瞬間だ。雪をぐさぐさの踏みならしながら自分のアートボードに近づいて今日も絵を描く。

「今日は色ののりが悪いな」

ここ最近は寒すぎて缶が温まらないので塗料ののりが悪くなる。手で缶を温めながら色を少しずつ乗せていく、いろいろな色を一緒に乗せるとぼんやりとした色になるので、できるだけコンクリートの地肌に乗せるように書くようにしている。若しくは一回サーフェイサをかけてから塗るようにしている。この絵も五年くらい前に書き始めて今では何メートルと長いイラストになってしまった。このような場所が到る所に広がっている。私たちの町は昼がない。いつ描きに来ても誰もいないし、街灯がちかちかしている。この電球も一度は取り替えられたことがあるが最近また調子が悪くなってきたのでそろそろ整備庁に連絡して取り替えに来てもらおうか。でもこのちらつきの中描いてしまったせいか、ちらつきのない電気に当たった時の質感が思い浮かばないから、いったい明るくなったらどうなるのろうか。ハウトは何をしているのだろうか。

「ハウトはどこにいる?」

「俺はいつものところ。クラリスは?」

「私もいつもの場所にいるよ」

「またお絵かきか」

「お絵かきっていうな。私のは芸術だから」

「はいはい、あーとってやつでしょ」

毎回私の絵を馬鹿にしてくるから許せないのだけれど、ついついハウトの流れに身をまかせてしまう自分がいるのが憎らしかった。今日はもう少ししてからハウトのところへいこうかな。私はスプレー缶をもって、途中になっていた絵に夢中になるのだった。

 ひとしきり終えると今日出来た部分を写真に撮る。そのままハウトに送る。

「どう?」

「俺にはさっぱり」

「だろうね」

ハウトは美的センスが全くないので話がかみ合わない時が時々ある。

「いまからいくわ」

でもハウトがいなければこのアートボードも描く意味がなくなってしまう。

 六つ先の交差点を南に下るとカフェがある。それが私たちの隠れ家なのだ。

「おっそいじゃんかよ」

「これでも急いだんだから」

「俺の弟子失格な」

「弟子なんかになったつもりはないんだけど」

「ふふっ、言葉の綾だよ」

「どんな綾だよ」

私たちはそうしてカフェでコーヒーを片手にはしゃぐのがいつもの楽しみだった。

「あなたたち、今日はちゃんとお勉強してきたんでしょうね?」

マスターには私たちが勉強をおろそかにしていると思っているらしい。

「今日は、ちゃんともってきた」

「なにを?」

「合格証書」

「えっ!大学決まったの!?よかったねぇ、馬鹿でも取ってくれるところがあったなんて」

「馬鹿じゃないし。勉強できるし」

「はいはい。じゃぁ今日はラテ奢ってあげる」

「ラッキー♪」

「あ、ハウトの分はないから」

「うわ、そこは甘くないのかよ」

「飲み物は甘くても人生は甘く見ちゃだめよ」

ちぇーといいながらハウトはコーヒーを一気飲みした。「マスター!もういっぱい!」

「腹壊すぞ?っていうか私が丁寧に煎れたコーヒーをそんな邪険なのみかたするんじゃない!」

エスプレッソマシンから甘いミルクの匂いがする。ミルクは段々と泡立ってきて、こぼれる寸前でマスターが温めるのを止める。エスプレッソマシンのハンドルを取るとコーヒー豆を詰めて、トントンっという音が聞こえてもう一回取り付けてボタンを押すとぷしゅという音が鳴った。

「今日は何ラテを奢ってくれるんですか?」

「秘密な」

「ゲテモノつくらないでよ?この間のひどかった」

「あ、スイスロールラテ?」

「なんか、スポンジと暖かいミルクの組み合わせが最悪だった」

「あれはあれで考えに考えを重ねて作ったんだけどなぁ。おっかしいなぁ」

先日のラテはひどかった、ホイップクリームとスポンジケーキが絶妙に絡み合って、そこに温かいミルクが注がれて混ぜてあるのだから具合がわるかった。

エスプレッソをショットグラスにきれいに落とすとコップの中にすぐにいれてミルクを少し入れた。

「マスター。少しミルクを入れる意味あるの?」

「こうするとエスプレッソが死なないんだ」

「エスプレッソが死ぬって?」

「苦いぞ?飲むか?」

「いえ、やっぱやめておきます。」

マスターは死んだというエスプレッソをハウトのコップに入れてお湯を少しいれていた。ハウトが目を離しているので次飲んだ瞬間が面白かった。

「うわっ、苦い・・・」

へぇ、本当に苦いんだ。エスプレッソって飲ませてもらったことあるけれどそのときはもっと蜂蜜のようなにおいとほどよい甘さがあっておいしかった。今度飲ませてもらおうかと思っているとマスターがコップを渡してきた。

「これ、奢りなー」

「あ、ありがとう」

今日のラテは何のラテだろう

「あれ、何も入ってない?」

「今日はうちの一番のドリンクだ。ラテおいしいだろ~?いっつも飲むコーヒーと比べたら甘くないだろうけどな」

「ほのかに甘い・・・」

よしっとマスターの声が聞こえた。ほのかにミルクの甘さがあって奥にはどっしりとしたエスプレッソがあった。

「特製のマキアートさ」

「ほのかに甘い・・・」

「そりゃ私の腕だな」

でた、腕自慢といおうとしたがいつも言い過ぎてるので調子に乗っても面白くないなと思い言い淀んだ。

ハウトは苦いエスプレッソと戦っていた。

「こら、勝手にポンプいじるな」

「マスターが苦いの置くからいけないんだよ」

「これすごい高価なんだからな?アメリカからの直輸入だぞ」

「えっ、アメリカ?」

私たちの世界は海外とネットワークではつながっているものの外界との物流はほぼないと聞いていたので、さぞかし珍しいものなのだろう。きっと高いにちがいない。

 ラテを飲み終えるとハウトはあきらめて捨てていたがそれはそれでマスターに怒られていた。

「じゃぁまた」

「もう来んなよ♪」

私たちがお店を出ても見えなくなるまでマスターは手を振ってくれていた。厳しいようで優しいなぁ

 深々と降り積もる雪を踏みしめながら二人で街路を歩く。公園に着くと頭上にはオーロラが広がっていた。公園ではハウトが今はまっているロボットを操作している。ロボティクスの分野では私たちの国は少し先をいっていて、まだ二足歩行が技術的にはやっとなのだけれど、ハウトは二足歩行で完全自立型を使っていた。

「うちの国ってこういうことばっかすすんでるよな」

それには同意だけれど、ハウトのお遊びにつきあうのはいい加減飽きてきていた。

「何でいつも、ロボットを持ち歩いてるの?」

「そりゃお国柄っていうのがあるだろうよ」

「まぁわからないことはないけれど私といるときくらいはロボットからはなれなよ」

「それは、無理」

そういうとハウトはロボットを操作して、コンビニへと向かわせた。

「ジュース飲もうぜ」

「さっき飲んだばかりじゃん」

「あんな苦いの、口直しが必要だって」

あんなに飲んだのにまだ足らないのか。

「ねぇ、これからさ」

「うん」

「ちょっと街探訪いこうよ」

「どこに行くの」

「アングラなところ」

「違法なのはいやだよ?当局に見つかったら怒られちゃう」

「大丈夫だって」

ロボットが帰ってくるとジュースを二本持っていた。二人でジュースを飲みながら街路を歩く。今日はよく歩いているので靴がぬれて足が冷たくなっている。足の感覚がないながらも雪を踏みしめた。

「ここだ」

街を少し離れたところにある螺旋階段を降りた先の道の奥へと誘われ、ついたのは何かの研究所だった。

「ラボラトリー?」

「そう、ほら大学の非常勤の先生いるじゃん?」

「たくさんいるけど・・・」

「ロボティクス専門の」

「私、ロボティクス受けてないわ」

それじゃわかるわけもない。研究所は確かにアンダーグラウンドな世界で電気が一つ入り口らしきところに灯っていた。

「GUMI Lab」

グミってあのグミだろうか。中に入ると古いながらも丁寧に手入れされた暖炉があり部屋が適度に暖かい。入り口では靴を脱ぐようにと描かれていて私は靴下がぬれていたのでためらったが、どうも脱がなければいけない空気感になり、仕方なく奥へ進んだ。途中でタイヤのついた足のロボットがいて丁寧にお辞儀をすると案内係だったようでラボへと案内された。手彫りのトンネル調のモルタルで固められた廊下を歩いて行くと明かりが灯った部屋が見えてくる。

「先生、先生!」

聞こえているよといわんばかりに嫌そうな顔をして出迎えてくれた先生はプログラミングの最中だった。

「いま、集中しているんだ。ちょっと待ってくれ」

そういうとPCにむき直して、カチャカチャと打鍵する音だけが部屋の中に響き渡る。

「PC借ります」

「どれでも、好きなのを使ってくれ。ただアップデートはするなよ」

アップデートすると一部機種では挙動が変わるのでそれぞれのバージョンに合わせたPCが連なる。十数台はあったPCの箱からハウトは一台出してきて起動をする。最新バージョンがすでに出ているOSだったがアップデートもしないように表示すら出ないようにしていた。

「ここで研究するんだ」

私はロボットと戯れる。まるで生き物かのように振る舞うそれに、私は魅了された。この国ではペットの飼育を禁止しているので珍しくペットに触れた気になった。

 研究というのは実にするのは非常に難しい。論文集に掲載されない論文なら山のようにあった。部屋の真ん中には大きな机があってそこに先生の論文が山のようになっている。一部を読んだがロボティクスに関する論文が山のようになっている。いろいろな計算式が並んでいていろいろなアルゴリズムが載っている。わからないながらなんとか追っているが時々他言語の引用がついていたりするので厄介だった。研究に追われて自分の時間を楽しむことも出来ない。というよりかは研究している時が一番楽しそうにする先生だった。


 あれから何日連続で通っただろうか。先生とコーヒーを飲みながら談笑することもあったし、黙々と数値計算にのめり込むことも多々あった。私自身もロボティクスに少し興味がわいて、一緒にコーディングすることがあった。いざコードを実行してロボットが動くと楽しかった。それから毎日のようにコーディングを続けた。雪は毎日積もる。ラボはちょうど橋桁の下にあるから雪は積もらないけれどちょっと出ればすぐ雪が積もっているので雪かきをしなければならないがそれも私の日課になっていた。昼がない世界。毎日が夜のように耽っていく。数ヶ月が経つと先生は出来たコードをマイコンに書き込んでロボットに載せた。動くプログラムは猫だったり、犬だったりしたが今回は人型のロボットだった。人型ロボットは起動するっと歌い始める。ハジメテノオトだった。先生の時代にもこの曲が流行っていたらしい。

「ここまでするのに何年かかったか」

そういうと今度は話し始めた。

「冷蔵庫のアイスコーヒーを取ってきてくれ」

そういうとロボットは勝手に動きだしてアイスコーヒーを人数分コップに入れて持ってきた。先生にこのロボットは何に使うんですかと聞いたら

「これは戦争につかうんだ」

こんなにも愛嬌があるのに戦争?

「あのアジアで起こっているやつですか」

「違う、これから戦争をするんだ」

「それってどういう」

「うちの国は日が出たままだろ、夜のある国を乗っ取って、昼夜がある世界に帰るんだ」

私が猫のコーディングをしている間に戦争の道具を作っていたのだと思うとなんか複雑な気持ちになる。

「これからは戦争はロボットがするようになる。うちの国は滅法強いからすぐに標的にされるだろうな」

そういうとさらに奥の部屋に連れていかれた。なんかの倉庫らしい。真っ暗で何も見えなかったが先生がスイッチを入れると明るくなって目の前のロボットに圧倒される。

「え、こんなに…」

「これが、研究の成果だよ」

そういう先生の顔は楽しそうだった。


 数か月がたつと私たちの国はどんどん貧困で悩まされるようになる。戦争を行っているからだ。ロボットは初期投資が異常にかかる上に量産してもすぐに壊されるので作っても作っても足らなかった。


 私たちは昼のある国を手に入れるとたちまちそこに向けて移住が進んだ。私の知らない世界でまたどこかで戦争が起きているんだろう。そんなことを知ってか知らぬか先生は相変わらず研究に耽っている。

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ヒルノナイクニ 荘園 友希 @tomo_kunagisa

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