Ⅱ:ファウト・フォン・ゲーテ

「さぁ、はじめましょう! |決闘(デュエル)を!」


 一人の女子生徒は周りに聞こえるような大きな声で宣言する。

 円形の広い空間とその周囲に観覧用の席が段になって並んでいる。ここは王都王立ターミガン星術学院、その訓練場および決闘の場として使われる施設の一つ。そして今にも決闘を始めようとしているエイナ・ディル・ブラウトという名の女子生徒と向かい合っている生徒はもちろんディアス・ヴォイドであった。


(なんでこんなめんどくさいことになったんだよ!)




 時は遡り、夕日が沈み切った後、ディアスは王都へとたどり着いた。


「なにが、夕方にはたどり着くと思う。だよ、もうすっかり夜じゃねーか。俺の方向音痴舐めんな」


 日は沈んでいるが明りによって照らされているこの大きな都市に入れたのはつい先ほど。 こんなにも時間がかかるなら本当に地図ぐらい用意してほしかった。まぁそんなことを言っても仕方がないため、とりあえず目的の学院を目指して歩き始める。もちろん見知らぬ土地であり、入り組んだ道もあるこの王都ではディアスは際限なく方向音痴を発揮してしまうだろう。だが町の人に学院がどこかを尋ねると指さされるのは、大通りの一本道の先、坂を上ったところにある大きな建物だった。さすがのディアスも一本道で迷うことは無い。

 鉄格子で出来た門の左右には門番であろう衛兵が二人立っていた。日が沈み、暗い中ディアスが近づくと警戒の色を見せるが、手紙を渡すと学院に買う人を取りに行ってくれる。するとあまり待たされることなく、鉄格子の扉が開き中から女性が一人出迎えてくれる。


「初めまして、あなたがディアス・ヴォイドで間違いない?」


 出迎えてくれた女性は綺麗な顔立ちに蒼く長い髪がとても美しい。ただ緑色の瞳はディアスを見極めるかの如く少し威圧感があった。だが何よりもディアスが気になって仕方がなかったのは……


(なんで学院内の人なのにメイド服?)


 一瞬の戸惑いを隠せずぼーっとしてしまっていたディアスだが、慌てて彼女の確認に頷きで答える。すると学院内へと案内される。向かう先はこの学院のトップ。手紙の宛名に合ったファウトという人物のもとだろうと察したディアスは気を引き締める。

 ディアスは長い時をエルマとともに山の中で暮らしてきた。麓の村まで行くことはあっても、王都のような広く人も多いところに来ることはなかった。人と多くかかわることのなかったディアスは普通に話す分には問題はないが敬語はすこし苦手であった。

 そんなこんなで思考を回していると、他よりも大きく立派な扉の前でメイドは足を止めた。扉の上の方には【理事長室】と書かれており、ここが目的地であることは間違いなかった。ディアスが息を整えるのを確認したメイドは扉をノックする。


「ベールです。ディアス・ヴォイドをお連れしました」

「いいよ。入って」


 少し緊張感が抜ける声が扉の奥から聞こえてくる。ベールと名乗ったメイドは確認を取ると扉を開ける。中に入ると両面壁にはぎっしりと本が詰まった棚が並べられており、中央奥にある机とこちらに背を向け、窓の奥を眺めている人物がいた。そしてゆっくり椅子を回しこちらへと顔を向ける。


「やぁやぁ初めまして、ディアス・ヴォイド君。僕の名前はファウト・フォン・ゲーテ。魔術を探求してたら気づいたらこんな立場に収まってたしがない星術師さ」


 言葉遣いも相まって全く緊張感がないのにもかかわらず、何処か気の抜けない雰囲気にディアスは遅れて礼を返す。

 ファウトは机の上に置かれた開封済みの手紙を再度手に取り、文章を目で追った。そしてディアスへと視線を戻すと、にっこと笑顔を見せた。


「手紙は読ませてもらったよ。このターミガン星術学院は君の編入を認めよう。もう時間も遅いしね、そこまで長く引き留めるつもりはないから安心して」


 その後、理事長直々に学院の大まかな説明と、これからの流れを確認する。実際問題ディアスはこの学院について全くと言っていいほど知識を持ち合わせていない。

 編入は明日からで制服等の準備もすぐできるそうだ。そしてこの学院には寮があり、住む当てのないディアスはそのまま寮に入ることに決めた。


「まぁざっと説明はこんな感じかな。この学院は来るものを拒まず、去るものは追わない。星術を愛し、探求する者に僕は最善の学びを。まぁ君についても追々聞かせて貰う事にしようかな」


 ディアスは最後の言葉に体がびくっと震える。だがそんな様子を気にすることもなく、ファウトは手で合図するとベールが後ろの扉を開けた。ディアスはニコニコした表情のファウトを見てこれ以上の話をすることは無いと察すると背を向け、ベールと共に理事長室を後にした。


「あっそういえばこの学院の特別なシステム、|決闘(デュエル)について説明してないけど、まぁ流石に編入初日から挑まれることは無いよね」


 ディアスが理事長室を去った後に全く心配などして無さそうに言いながらファウトは机からもう一通、別の手紙を取り出す。そしてそこに書かれた一文を読んだ。


『|賽は投げられた(アーレア・ヤクタ・エスト)』



◇ ◇ ◇



 ディアスはベールの後を追い、学院の校舎から少し離れた学生寮へと足を運んでいた。ベールが中に入ると入り口で待っていた気怠そうな男性が一応という形で頭を下げる。その礼にベールが返すと「あとはよろしくお願いします」とだけ言い、ディアスを残して学生寮を出て行った。


「話は聞いている。編入生のディアス・ヴォイドだな。俺の名前はノーウィル。ここの寮の責任者と学院の教師をやってる。明日からお前さんが来るクラスの担任もやってる」


 自己紹介を済ませるとノーウィルはディアスに手を伸ばし握手を求める。やはり気怠そうで、めんどくさいと思っているのは間違いないだろう。それでもしっかりと、かつ手短に学生寮について説明する。

 ある程度の説明を終えると、ノーウィルは階段の方へと視線を飛ばす。つられてディアスも視線を動かすと壁から緑色の髪の毛が出たり入ったりするのを繰り返していた。それを確認したノーウィルはディアスに行けと指を差す。


「あれがお前さんのルームメイトだ。あとの説明はあいつにしてもらえ」


 それだけ言い残すとノーウィルは頭を掻きながら面戸くさそうに管理室と思われる部屋へと戻っていった。あの気怠そうな感じにどこか懐かしい気持ちになったディアスは階段の壁に隠れる人物のもとへと歩み寄った。


(まぁエルマよりは面倒見よさそうだけどな)


 ディアスが歩いて近づいていくと、意を決したのかその人物が壁から飛び出してくる。背は低めで髪で目元が見えない。ルームメイトになるのだから、同性なのは当たり前なのだが、何も言われなければ女性に見間違えることもあるだろう。それほど華奢な体格だった。


「ぼ、ぼくの名前はアレン・ミスチーフ、と言います。きょ、今日から君のルームメイトにな、なるみたいです」


 ものすごく緊張しているのか、アレンと名乗る少年は震え声と同時に、恐る恐る手を差し出してきた。ディアスはその様子に小さく笑ってしまい、さらに動揺してしまい固まってしまったアレンの手を優しく握り返した。

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