一本造りの木製美少女フィギュアと、ゴミ溜めの悪魔
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
一本造りの美少女フィギュア
「なータクヤー、泳ぎに行こうぜー」
退屈そうに、ケンジがタクヤに声をかける。
「今、忙しい」
こたつテーブルに腰掛けながら、タクヤは目の前の木材に彫刻刀を入れる作業に没頭していた。夏休みの宿題に、
「一本造り」に挑戦しているのである。
まあ、設計図は3Dソーシャルゲームうに登場する美少女キャラクターなのだが。
「せっかくの夏休みなのに、まだ自由研究かよ」
「フィギュアを買うお金がないんだ。だったら自分で作るしかないだろ」
本当は、一本造りという手法にのめり込んでしまっているだけなのだが。建築家の父から、余った木材をもらって彫っているのだ。まだ小学校六年生、バイトすらできない。
「なあなあ、どうして一本しか使わないんだ?」
ケンジが質問してくる。
一本造りとは、一つの木材だけを削って一体の仏像を作ることだ。複数の木材でプラモデルのように組み立てる「寄木造り」が主流になっている中、タクヤは一本造りにこだわった。
「イタリアの芸術家ミケランジェロは、大きく醜い岩を掘っているとき、理由を聞かれてこう答えた。『この中に捕らえられている、天使を掘り起こしているのだ』ってね」
「へーえ。はくしきなんだな! おまえ!」
「どうだろう? 一三世紀にいた運慶ってお坊さんも、岩から蓮の花を作ったときに同じことをいったらしいよ」
「ふーん」
「お寺の子だろ? 知らねえのかよ」
「ぜーんぜん。おれ信心深くねーもん」
さして興味がなさそうに、ケンジは相槌を打つ。
ケンジの視線は、タクヤが落としている木くずに目が行っている。
新聞紙を敷いているから、ゴミの心配はないはず。「部屋は汚さない」と約束で、削らせてもらっている。
「お前の宿題はいいのか?」
タクヤは夏休み序盤で宿題を終わらせる質だ。
対照的に、ケンジはギリギリまでやらない。
「じゃあ、おれも自由研究やろっと」
おもむろに、ケンジが立ち上がった。
「木くず、もらっていくな!」
「なんでだよ? お前んち寺じゃん」
「ウチのだとなんかが宿ってる気がして、扱いづらくてさー」
ケンジは、タクヤの家から木くずを根こそぎ持って帰る。何をする気だろうか? ケンジのことである。そのまま布に詰め込んで縫い込んで、「そば殻枕!」とか言い出しそうだ。裁縫が得意だから。
三日後、ケンジが今度は複数の女子を連れてきた。
部屋に五人も入ったので、手狭になる。
仕方なく、タクヤは自分の勉強机で作業をすることに、
「わータクヤくんすごーい」
女子たちから、絶賛の声が上がる。
だが、タクヤは木製フィギュアを作るのに夢中だ。
「あまりおもてなしできなくてゴメン。夏休みが終わったらうんと遊ぼう。冷蔵庫からジュース持ってくる」
さすがにタクヤも、客人を相手にもてなす。
「ほら」
「ありがとなー。ゲームやっていいか?」
一人の女子が「ちょっと!」とケンジの袖を引っ張った。
「そうだそうだ。こいつらも自由研究でお裁縫するんだってさ。人形作るらしい」
「私たちも、ここで作業させてもらっていい?」
ならば、話し相手をすることもないか。
「うん。どうぞどうぞ」
そのまま、三人は作業を始めた。
「ねえねえケンジくん、木工ボンドで木くずを集めて、何を作ってるの? 腕かな? なんか、伸ばしているみたいだけれど」
「ひみつー。ダヴィンチみたいに『木くずから悪魔を掘り起こしてる』んだぜ!」
ミケランジェロだ。それと、「岩から天使を掘り起こす」のだ、と訂正したかった。
「あーそうそう。お菓子の空袋とか、そのビーズも余ったらくれよ」
「いいよー」
その後、ケンジが家に来なくなる。
なんでも、ボランティアで空き缶やら弁当の空き箱やらをかき集めているらしい。
本当に、何をしているのだろう。奉仕活動に目覚めたのなら、「さすがお寺の子」と言えるのだが……。
夏休み最終日、ようやく木彫りの木製フィギュアが完成した。ギリギリだったが、いい出来栄えである。自分はまだ小学生だが、木からフィギュアを掘り起こすことに成功したんだ。
さっそく見せに行く。今まで一人ぼっちにさせてしまった。夏休みの宿題も手伝ってやらなければ。
ケンジは部屋の中にいるというので、お邪魔する。
「おい見ろケンジ、ようやく完成したぞ。見ろよこの美し……」
ケンジの部屋に、ゴミでできた悪魔がいた。
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