作家志望という一般人

埋もれていく言葉の数々

そして、僕は産まれなかった。

 今日もまた、一次選考に落ちた。そんな妄想をしていた。何かしらのコンテストに応募して、失敗する自分の姿を思い浮かべていた。実際のところ、僕は何も行動を起こしていなかった。ただ、怯えていた。

 高等学校には、長期休みというものがある。夏と冬、そして春。世の中の人は、この期間を有効に使って、自分なりにできる事の、その範囲を増やしているらしい。そして、それを努力の範疇と考えているのだそうだ。僕はそうではなかったが……同じクラスで同じように平均点を下げていた生徒は、夏休みを超えて、点数を飛躍的に向上させていた。そして、僕を遊びに誘わなくなった。「俺には未来がある」と、本人の言だったろうか。あるクラスメイトは、逆に僕を遊びに誘うようになった。僕と遊んで、テストの点数は下がっていく一方だった。それでもまだ遊びに誘ってくれていた。僕は、彼の未来の為にこれを断るべきだと思ったが、彼の方がそれを拒んだ。結局、卒業してから彼がどうなったのか、僕も知らない。

 僕は、名前を聞いても見当がつかないような場所に進学した。いや、進学したとは言えないかもしれない。社会からの逃亡……の増加を試みただけなのではないか。漠然と、作家志望だった。そうすれば、この空虚な日々に鮮やかな色を足せるように思えていた。書いている自分でも要領を得ないレポートよりは自分を変えてくれるだろうと……半ば信仰だった。

 大学に入って、初めての長期休みだった。がらんどうの日々だった。作家志望の意志は、ここにきて揺らぐことのない決意に変わっていた。文筆は遅々として進まなかった。元々あまり文章を連ねるのが得意ではなく、しかも他の作家についての知識も持ち合わせていない。時流を読むこともできず、生活は単調一色だ。発想など生じる筈もない。この文章を書いているのは、その様な理由があっての事だ。つまらないだろうか? 人の生活を覗く趣味があるから、現代小説なんてのを読むんじゃないのか?

 全くの偏見だった。才能どころか、品性まで損なわせているらしい。だから自分を卑下するだけで文章を連ねた気持ちに浸っているのだろう。そんな人間が、ここにいる。そんなもの、誰も気にしないだろう。認知していない領域の事柄に気を配る者などいない。ましてや、心を痛める者がいる訳がない。よって、提出してもいない作品が一次選考に落ちる筈もないのだ。だから妄想なのだ。だから、これまで連ねてきた文章らしきものも、全て妄想に変わらないものである筈だ。違うだろうか?

 なら、中学校の自分は、小学校の自分は、未就学児の自分は、どこに消えたのだ。思い出せないのではなくて、そこには誰もいなかったのではないか? 家族との思い出は? 友達とのたわいもない会話は? 本当にそこに自分はいたのだろうか?

 そして、僕は産まれなかった。そうとも言えてしまえるだろう。だが、それだけは言ってはいけないとも思っていた。矛盾だった。僕は僕を心底嫌っていて、この世から消し去りたいとさえ考えている。それでも、存在させようと試みてもいる。それがこの文章で、これさえまともにこなせていないのが現状だった。

 これは日記だっただろうか。それとも、単なる愚痴の連なりだったのだろうか。あるいは、無人島に降り立って、SOSの大文字を浜辺に記しているのかもしれない。ただ一つ、間違いなく言える事は、社会に対して尻込みを続ける臆病者の姿が、人知れず残っているという事だけだ。後は全て、若者の頑是がんぜない不安に違いなかった。


 そう、僕はただ、ひたすらに逃げているだけなのだ。

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