第8話


 連絡を受けてすぐさま病院に駆けつけるとロビーで水谷の姉が待っていた。彼女の名前は里奈といった。

 真紀のいる病室に着くとベッドの上で静かに眠っていた。今は気を失っているだけでしばらく安静にしていれば大丈夫とのことだった。その話を聞いてずっとざわついていた胸を撫で下ろす。

 里奈が真紀の傍に椅子を二つ用意してその一つに座り、土田もそれにならった。土田が座ったのを確認すると声を顰めて尋ねた。

「犯人の顔は見たんだっけ?」

「1人だけ」

「どんなやつ?」

 部室棟で見た顔を思い出す。目鼻立ちが整い自分の行いに自信を持っているような顔。1学期末の表彰式で登壇していた顔。真紀と付き合っていると噂されていた顔。

「サッカー部2年の瀬浦晃一。あ、あと2人いたけど、顔は見えなかった」

「その瀬浦ってのはどんな奴なの?」

「直接話したことはないけどあんまりいい噂は聞かない」土田はいつかトイレで聞いたことのある噂を話した。一年前に女子生徒が自殺したとき、残された遺書に瀬浦に襲われたこと、誰かに告げ口したらその時の写真を公表すると脅されたことなどが書かれていたというものだ。だが決定的な証拠もなく瀬浦が罰せられることはなかったという。

「そう。ありがとう」里奈は声の大きさを戻してそう言うと俯いて考え事をし始めた。


 日が完全に落ちた頃、真紀が目を覚ました。細い目で辺りを見渡し土田と里奈の顔を交互に見た。

「真紀」里奈が駆け寄って抱きついた。蛍光灯の光が反射して目が潤んでいるのが分かった。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」真紀もまた涙を流している。それから2人は抱き合ったまま「ごめんね」を言い合った。

 安心し部屋を出て行こうとすると後ろから真紀の声がした。

「雅成くん、ありがとう」

 泣いていることに気づかれないように背中を向けたまま部屋を出る。

 よかった。よかった。本当によかった。真っ暗な帰り道で抑えきれない喜びを幾度となく反芻した。



 翌朝、里奈からメールが届いていた。

「渡したいものがあるからうちに来て」

 学校まで少し遠回りになるが早めに起きて里奈の待つアパートに向かった。

 里奈は階段の下で待っていた。手には一通の封筒が握られている。

「真紀さんは?」

「真紀はまだ安静にしていた方がいいって言われてまだ入院してる。それからこれ、瀬浦って人の下駄箱に入れて欲しいの」

 茶封筒の表裏には何も書かれていない。糊付けされた中には紙が入っているようだ。

「こ、これは、何?」

「脅迫文」

 里奈は淡々と答える。そんなものはニュースやドラマでしか見たことなかったし自分の世界には関係のないものだと思っていたが自分は今一つの事件の目撃者なのだということを思い出した。

「警察に言いつけるって書いた」

 脅迫文であるなら何か引き換え条件をつけるべきなのではないかと思ったし、そもそも脅迫文にして書く必要もない気がしたが口にはしなかった。

 腕時計を見るといつも家を出ている時間になっていた。

「じゃあ、もう行くね」

 封筒を受け取り里奈に背を向けて早歩きで学校に向かう。このペースならサッカー部である瀬浦が朝練から帰ってくるまでには間に合うだろう。封筒をいつでも取り出せるよう上着のポケットにしまう。瀬浦たちの驚いた顔が目に浮かんだ。

「土田くん、今までありがとう」

 不意にそんな声が聞こえてきた。えっ、と振り返るが里奈の姿はそこにはなかった。

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