第6話 彼奴を攻略しよう

それから、勇乃進は勇仁の側にいって、どんな生活をしているのかをよくよく観察しはじめた。


 どうやら、勇仁は、勇乃進と妻の間に生まれた三男の勇三の孫であるようだった。


 三男坊は結構、わんぱくだったので、もう少し破天荒さや輩っぷりがあってもよさそうだが、勇仁は大人びた知性派の少年だった。


 だが、運動は得意なようで、足がめっぽう速い。そして、生まれつきの栗色の髪と緑がった瞳が顔にエキゾチックさを与えていた。また、すらりと伸びた足、高校生離れした背の高さが女の子たちのハートをがっちり掴まえて離さないようだ。成績も優秀らしい。勇乃進の少年時代とよく似ている。勇乃進は女子にキャーキャー言われたことはなかったが。それは時代が物を言っているのだと思った。


 しばらく勇仁の側を浮遊していた勇乃進だったが、話ができないのに閉口して、千久良の側に戻ってきた。

 開口一番こうのたまった。

 

「大和撫子が自分から男にしなをつくるのはいかんな!」

「大和撫子? サッカーチームですか?」

「なに?」

「撫子ジャパンっていうサッカーチームがあるんです。女子のチームですよ」

「女が蹴り玉をするようになったのか!!」

「勇乃進さん、時代は変わったんですよ。ご自分でも仰ってたでしょう。女性だって重量挙げもするし、槍も投げますよ」

「ほんとうか!」

「ええ、勇乃進さんは陸軍軍人だったんでしょ? 今は自衛隊って言うんですけどね、女性の軍人もいますよ」

「なに!女が軍隊で戦えるわけがないだろう!!」

「古いです!」

「……そうか」


 古いと言われて衝撃を受けた勇乃進は暫し無言で、21世紀の学校生活というものを観察した。


 明治生まれの勇乃進は、この令和の若者たちの価値観を異星人を見るような思いで見た。男女平等などと言うのは、平塚らいてうだけが叫びまくってきたことだと思っていた。


 女は男に守られてこそ幸せなはずだ。家庭に入り良妻賢母となって一生を夫の腕の中で愛されて、蝶よ花よと愛でられることこそ女の幸せだ。そう信じて疑っていなかった勇乃進は自分なりに妻を心から愛してやったと自負している。妻は一度として自分に逆らったことがなかった。


 女とは男にとって守ってやるべきものなのに、蹴り玉はするは、鉄の固まりは挙げるは、迷彩服を着て戦場を駆け回る女までいるとは!女が可愛くないのは残念なことだ。


 しかし外見だけは、昔の女達より華やかになっている。女を強調するように髪を伸ばし、スカートの短さと言ったら、目のやりどころに困る。だが、女子高生たちの顔をよく見ると、化粧が同じなのだろうか皆同じ顔に見える。


 千草は化粧はしていなかったが、抜けるような白い肌と、真っ赤な唇が男心をくすぐるいい女だった。一目惚れするほどだった。大人になって化粧をするようなったが、それでも薄く白粉をはたいて色の目立たない紅を引いた顔は、そこはかとない色気を醸し出し煽情的だった。


 今の女の子達は女を強調し、男のオスを引き出そうと日夜努力しているようだが、かえって失敗している。男は己の目の前の隠されたものこそ暴きたくなるものなのに、あの子たちの惜しげもなく晒した足を見ていると、最初はドキドキするが慣れてしまう。


 長く物思いに沈んだ様子の勇乃進を見て、千久良は心配になった。


「勇乃進さん、古いだなんてごめんなさい。その世代には世代なりの価値観があるのに、否定してしまって」

「いや、時代は進化するんだなと思ってな、感慨深いと思ってただけだ」

「そうですか?」

「おお。なあ、お前も、あの子達と同じようにスカートを短くして足を出しているが、それが男の審美眼にどう映っているかは意識しているか?」

「いえ、考えたことはありません。流行りだから短くしているだけです。一人だけ長いスカートだとかえって目立つでしょう?」

「そうか、しかしな、足を出し過ぎだな。尻が見えそうだ。見せない色気を考えろ」

「見せない色気?」

「ああ、そうだ。男から、脱いだらどうだろうという想像の楽しみを奪うな」

「いやらしい!」

「馬鹿! いやらしさこそ色気だろう」

「滅茶苦茶です」

「そうか? 千草は控えめな女だったが、目立っていたな。あの清楚な美しさは逆にエロティシズムだったぞ」

「ひいおばあちゃんはそんなに綺麗だったんですか」

「ああ、あんないい女どこにもいなかったな」

「そうですか」

「千久良、少し隠してみろ、男は惹きつけられるぞ」

「勇仁さんも私に気づいてくれるでしょうか?」

「ああ、あれは俺の転生だ。絶対そうだ。俺がぐっとくることをしてみろ、多分、成功するぞ」

「生まれ変わりだったら、魂が勇仁さんの中にいないで、どうしてこんなところで浮遊霊になっているんですか?」

「う~ん、そうだな……だが、俺に生き写しだ。身のこなし方を見ていても確信がある。やってみろ」

「どうやって視界に入ればいいのかわかりませんよ」

「そうだな。待ち伏せしろ。偶然を装って目の前に飛び出して、転べ」

「漫才みたいですよ、それ」

「いや、古典的なやり方だ。お前らは、新しがっているんだろう? 逆に古いことをしてみろ、新鮮かもしれないぞ」

「分かりました! 物陰から飛び出して転ぶんですね」

「そうだ、その時に脇から本がぽろっと零れるようにしてみろ。俺と千草が知り合った時に流行っていたのは森鴎外の『舞姫』だ。皆、国境を越えた恋に憧れたんだよ。俺と千草は本屋で出会ったからな」

「森鴎外なんて、国語の教科書にしか出てきませんけど」

「古さは新しさだぞ、歴史は繰り返すものだからな」

「わかりました」

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