第7話 古いは新しい
千久良は図書館に行って、森鴎外の『舞姫』を借りた。勇仁が下校するのを確かめて先回りした。
「抜かるなよ」
「はい!」
千久良はじっと街路樹のかげから通りを見つめた。と、そこに勇仁が女の子たちに囲まれながら歩いてきた。キャーキャー言いながら勇仁に話しかける女の子達とまんざらでもなさそうな勇仁の姿を見て、勇乃進が憤慨した。
「俺の子孫ともあろう奴が、女子どもに鼻の下を伸ばして、本当に愛すべき女子を見ないとは! 許せん!」
幽霊も念じれば心霊現象を起こすことがあると知っている勇乃進は街路樹の枝をバキバキと折りだした。その枝を女の子達の足元に次々と投げた。
「え~な~にこれ?? どうしちゃったの~?」
女の子達が目を見開いている。勇乃進はどんどん枝を折って、投げ続けた。女の子達の顔に恐怖がせりあがっていく。とうとう一人がギャーと悲鳴をあげ駆け出すと次から次へと女の子達が走り去って行った。
そこに立ちすくんでいたのは、残された勇仁と千久良だけだった。千久良は呆気に取られていた。勇仁が女の子に囲まれてにんまり顔だったのがよほど癪に障ったらしいが、幽霊がこんな力を発揮するとは知らなかった。
「あの……」と、千久良は勇仁に歩み寄った。
「ああ、君は確か、2年生の?」
「はい、早瀬千久良です」
「びっくりしたね、枝が突然降ってきてさ。なんだか意志があるかのようで不気味だったから、彼女たちも驚いたんだろうけど、僕は逃げ足の速さに驚いた」
「そうですね……」
勇乃進が枝に座って高いところから見物を決め込んでいる。
勇乃進の視線が、千倉の小脇に止まった。
「あれ、それ『舞姫』?」
「ええ、そうです」
「ロマンチックな話だよね。教科書に抜粋が載っていたから、興味がわいて読んだことがあるよ」
「私も! そうです……」
勇乃進が笑っていた。千久良はちょっと現金な娘だ。千草とは違うがそれも面白い。勇乃進は時代を感じた。
「どういうところが好きですか?」
「うん、そうだな。確かに最後に彼女を捨ててしまうのはいただけないとは思うんだけど、出世とか、家督をつぐとか、明治の時代はそういうことが大事だったんだよね。でも、主人公が異国の地で自分の意志を持とうとしたところが当時としてはものすごく気概に満ち溢れたことだったんじゃないかな。でも、結局は、愛を貫けなかったんだよね。そこが苦い気持ちにさせられるんだけどさ、明治時代は仕方なかったのかもしれない。そういう価値観に雁字搦めの世の中だったんだろうから」
「私は、嫌です!そんなの! 例え、周囲が反対しようと、自分の意志で自分の人生を選び取りたいです!」
「そうか……うん、今の時代はそれができるよね」
「いつの時代でも同じだわ! 愛を捨てて出世をとったこの主人公は、私は嫌いです」
「そう? なぜ、読んでいるの?」
「え、あのぉ……それは……」
しどろもどろの千久良を可笑しそうに見つめた勇仁が口を開く。
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