僕の日常と恋心

遠藤良二

僕の日常と恋心

 僕が仕事をする上で、一番大切にしていることがある。それは、人間関係だ。もちろん、仕事をこなすことは大事だとは思う。でも、人間関係が悪いと気分も悪いし、仕事もしづらいと思う。挙句の果てには嫌になり、退職してしまうのではないかと、思う。


 なので、僕は主に職場での人間関係を円滑にしていきたいと常日頃から思っている。


 職場の仲間とつながり、一番いいと思うのは絆ができることかな。それまでにはかなりの時間を要すると思う。


 仕事は女性職員の多い、ヘルパーだ。僕は専門学校を卒業して介護福祉士の資格を持っている。その職員のなかで気に入っている女性職員がいる。僕は二十一歳で、彼女は二十二歳。お互い、老人はかわいいと思いながら仕事をしている。


 僕は山下司やましたつかさという。彼女は河島綾香かわしまあやかという。


 僕は専門学校を卒業してすぐに今の職場に就職した。綾香さんから聞いた話に寄ると初任者研修という資格を持っているようだ。彼女がこの老人ホームに就職したのは、高校を卒業してかららしい。


 僕がなぜ、綾香さんのことが気に入ったかというと、まず第一に仕事に対して真面目に取り組む姿勢が好きだ。利用者である老人に対しても優しい。でも、利用者とはいえあまりにわがままが酷いと叱る場合もある。そういった緩急をつけて接することができるのは凄いと思う。僕は、まだ就職したてで老人の名前を覚えたり、老人の病名を覚えたりするのでいっぱいいっぱいだ。そんななか、仕事での失敗や苦手なところをフォローしてくれるのが主に綾香さんだ。僕のことをどう思っているかわからないけれど、仕事が慣れてきたら食事に誘おうかと思っている。


 今、僕は家族と同居している。弟がいて、高校三年生。親は去年離婚していてお母さんと三人暮らし。お父さんは今どこにいるのだろう。離婚する前に派手な口論があった。原因は、お父さんの浮気らしい。でも、なぜ浮気したのだろう。お母さんがいるっていうのに。親でもさすがに理由までは訊けない。

 口論があったときは夜8時頃だったかな、そのとき僕は自分の部屋でゲームをしていた。弟は自分の部屋で勉強していたと言っていた。突然の怒号に僕は驚いた。こんなこと今までになかった、初めてだ。僕と弟の部屋は二階にある。両親の口論が始まったとき、弟は僕の部屋に来た。

「酷い喧嘩だね」

 僕はうなずいただけ。嫌な気分だった。だから、弟に、

「外に出ないか? 親の口喧嘩、聞きたくないから」

 そう言うと、

「確かに。これじゃあ、勉強にも集中できない」

 そう話をして、僕らはこっそり家を出た。


 僕は綾香さんに会いたくなってきた。彼女の笑顔が見たい。そして、癒されたい。両親の喧嘩を思い出す度に辛くなる。弟の順平にそう話すと、

「兄貴は優しいからな」

 と言われた。確かにそういうところはあるのかもしれない。気が弱いというか。


 翌日、僕は休み。綾香さんはどうだったろう? 鞄のなかから勤務表を出した。河島綾香、を探した。あった。今日は、休みだ。せっかく休みが一緒だから遊びたい。でも、今までに二人で遊んだことはない。綾香さんは彼氏いるのかな。もし、いたらと思うと怖くて訊けない。


 明日は老人ホームの外で焼肉だ。でも、老人のなかには、

「そんなことしたくない!」

 と言う人もいるが、イベントなので出席していただく。


 だがだ。老人ホームに1本の電話がきた。内容は、

「うちの母はそういった下らないイベントには出たがらないので誘わないでください!」

 というもの。たまたま僕が電話に出たとき。ひどい話だ。これはまず、施設長に報告しないと。僕はすぐさま隣の棟にいる施設長のところに先輩の許可を得て向かった。綾香さんや他の先輩達にも話はしてある。最初、綾香さんは、

「私がいこうか?」

 と言ってくれたけれど、

「いや、僕が電話をとったので、僕がいくよ」

 笑顔で応じた。でも、僕は緊張している。

「そう、頑張ってね!」

「うん」

 綾香さんが応援してくれている、ちゃんと施設長に伝えなければ。


 隣の棟に僕は来て、施設長のいる部屋のドアの前に来て二回ノックした。中から、

「はい」

 声が聞こえた。

「お疲れさまです。山下です。入っていいですか?」

「いいよ」

 施設長は五十代の女性。独身らしい。

「お話ししたいことがありまして」

 僕が真剣な表情だからなのか、笑顔でこちらを見た施設長は真顔になった。

「どうしたの?」

 先程の電話の内容を伝えた。

「え? 船川さんがそんなこと言ってきたの?」

「はい」

 施設長は眉間に皺を寄せて言った。

「明日になってから本人に訊いてみないとね。参加するのは息子さんじゃないから」

「そうですね」

 施設長が明日になってから、と言ったのは入居者の老人たちは大なり小なり認知症を患っているので忘れちゃうからだろう。

「報告ありがとう。船川さんに明日出席したいかどうか、山下君が訊いてみる?」

「はい! 是非」

「わかったわ、じゃあお願いね」

「はい」


 僕は施設長と話したことを、先輩の職員に話した。綾香さんは、

「頑張ってね!」

 と励ましてくれた。嬉しい。お陰でやる気が一層増した。やっぱり僕は綾香さんのことが好きなんだ! と思った。いつかはこの思いを伝えたいと思ってはいるが、果たして勇気がでるだろうか。それと、もしフラれたら職場が同じだから気まずい。職員も施設長もみんな優しいから辞めたくないし。恵まれた環境だと思う。僕はこのグループホームで働くようになって、まだ一ヶ月目だ。だから、三ヶ月間は試用期間で月給ではなく時給。


 次の日になり、僕はいつものように朝八時五十分ころ出勤した。今日のホームのイベントである焼肉は午後十二時過ぎからだ。僕は、夜勤十一名と日勤の職員僕を入れて三名の計四名で職員用のテーブルで申し送りを始めた。約三十分くらいで終えて、まずは館内の掃除を日勤者で手分けしてやった。僕は掃除機をかけた。綾香さんは洗濯機に利用者の汚れ物を入れ、洗っている。

「高木さん、私布団干してくる―!」

 綾香さんが大きな声で言った。高木さんというのは、僕の女性の先輩だ。綾香さんの方が年下だが、高木さんより早く入社しているのでこの職場では綾香さんのほうが先輩。でも、決して偉そうにはしていない。やることは先輩だからと言って後輩に頼んだりしないで、自分でやっている。頼むとしたら、入居者の入浴介助のとき尿を脱衣所で漏らすときがたまにあって、それで雑巾を持って来て欲しいときに頼む事はある。今日はイベントがあるから午前中に二名入浴してもらう予定。僕はまだ入浴介助をしたことがない。見ていると大変そうだ。僕にできるだろうか。少し不安。まあ、今は試用期間だから施設長や先輩の指示に従って働こう。もちろん試用期間後、本採用になってからも指示には従うけれど。


 僕の性格は自分で分析すると大人しいと思う。母も大人しいタイプなのでそこが似たのかもしれない。僕としては、もっとバリバリしたいと思うけれど、なかなかそうもいかない。自分の意見をちゃんと言えるとか、思いの強さが欲しい。今、強く思っていることは綾香さんに対する恋心かな。でも、それしかない。それだけでもいいのかな。それすらない人もいるかもしれないから。そう思えば自己嫌悪に陥ることも減る。

 誰にでもあるとは思うけれどポジティブとネガティブ。この両方を自分なりに考えた比率は六対四くらいかな。割とネガティブな部分が多いかも。だからといって病気ではない。


 時刻は十一時頃。僕はここのホームでふたりしかいない男性のうちの一人だ。もう一人の男性は坊主頭で黒縁の眼鏡をかけている。体格はどっしりとしていて太っている。その男性と一緒に焼き床を準備する予定。ホームの向かえにある駐車場でやる。


 準備するまえにまだ焼肉が始まるまで1時間くらいあるが訊いてみることにした。  船川さんは珍しく起きてみんなと一緒に座って雑談している。いつもは、腰痛い、と言ってベッドに横になってばかりだけれど。僕は話し掛けた。

「船川さん、おはようございます」

「うん? どこのお兄ちゃん?」

 不思議そうな顔をしてこちらをみている。

「ここで働いている山下司といいます」

「山下さん? 知らないわあ」

 言いながら船川さんは笑っている。

「最近、ここで働かせてもらうようになったんです」

「ああ、そうかい。どうりで見ない顔だと思ったら」

「山下さんだもんね」

 認知症がまだ軽い段階の金田さんが言った。

「そう! 覚えていてくれてありがとう! でも最近は入ったばかりだから船川さんが覚えていなくても仕方ないね」

 僕は船川さんをフォローするように言った。そして、本題に入った。

「船川さん、今日のお昼ご飯は外でバーベキューなんだけど、参加してくれるでしょ?」

「バーベキューってなに?」

「外で焼肉するの」

「うん、いいよ」

 よし! 僕は心のなかでガッツポーズをした。息子さんの言っていることは間違っているようだ。施設長に報告しよう。とりあえず先輩達に伝えた。

すると、

「本当!? わたしたちが誘っても来ないのに」

「あら? そうなんですか? 何でだろう」

「とりあえず、施設長に報告してきて」

「はい、わかりました」

 話したあと施設長は喜びながらも真顔に戻り、

「みんな認知症があるから始まるころもう1回誘ったら断られる可能性はあるからね」

「わかりました。そういうこともあるんですね」

 施設長は苦笑いを浮かべていた。

「山下君も炭起こしたり手伝ってきてね」

「わかりました。失礼します」

 そう言ってもといた棟に戻った。ベランダから見ると男性の先輩が炭を起こしているところだ。僕も行かなきゃ。キッチンを見やると綾香さんともう一人の先輩が野菜を切っている。


 外に出た僕は、駐車場に行き、

「先輩、手伝いますよ!」

「おっ! サンキュー! じゃあ今、炭起こしてるからうちわで扇いでくれ」

「わかりました」

 うちわを先輩から受け取った僕は、おもいっきり焼き床を扇いだ。すると、灰がバフっと飛び散った。すると先輩は、

「おいおい、軽く扇いでくれ」

「あっ!分かりました、すみません」

「いやいや、別に謝らなくてもいいぞ」

 先輩は笑っている。

 僕は軽く扇いだ、すると灰や火の粉は飛ばずに燃え始めた。

「そうそう、そんな感じだ」

「焼肉は毎年やってるんですか?」

「そうだな。特別なことがない限り毎年恒例だわ」

「特別なこと……ですか」

「ああ、わかるか? 特別なことって」

「……もしかして、入居者さんに不幸があった場合とか、ですか?」

「ああ、そういうことだ。だから、去年は2人亡くなったからイベントは全て中止だ」

「そうだったんですね、そういう場合にイベントをすることは不謹慎ですかね?」

「そりゃそうだろ」

「ですよね」

「皆の前でこの話するなよ」

「はい、もちろんです」

「だいぶ、火が起きてきたな。そろそろ扇ぐのやめていいぞ」

 そう言われやめた。風が少しあるからそれで炎が出ている。

「今は十一時半か。十一時五十分になったら皆を呼んできてくれ」

「わかりました。食材も運ばないといけませんよね?」

「ああ。だからもう運んできてくれないか」

「はい、分かりました」

 そう言って僕はホームのキッチンに向かった。

 行ってみると、野菜を切ったものがバットに山のように乗せられている。

「山下君、野菜運んでいいよ」

 綾香さんが笑顔で僕に指示を出す。

「わかった」

 彼女は接しやすいから、先輩だけどため口になってしまう。本当は敬語で話さないといけないのだろうけれど。でも、それについて注意を受けたことはない。本人からも何も言われていない。親近感があっていいと僕は思っている。

「持って行くね」

「お肉もあるからまた戻ってきてね」

「うん、わかった」

 綾香さん、可愛くて綺麗! 清潔感もある。もう、たまらない! 今すぐカミングアウトしたいくらいだ。でも、それは我慢我慢。それをするには早すぎる。


 野菜と肉と紙皿、割り箸などを全て用意して準備完了! あとは利用者のじいちゃん、ばあちゃんを連れてくるだけだ。


 十一時五十分になり、僕は利用者さんに声を掛けにホームの中に戻った。船川さんにももちろん声を掛けた。だが、さっきは参加するって言っていたのに、

「わち、腰痛くて行けない。それに、焼肉なんか食べたくない」

 施設長の言う通りだ。ドタキャン。無理矢理連れて行く訳にもいかない。とりあえず、綾香さんに経緯を話した。すると、

「船川さんはそういう時が多くてね、気持ちの変化が激しいというか」

「そうなんだ、じゃあどうしよう?」

「仕方ないね、とりあえず時間が経ったらまた声を掛けてみよう」

「わかった」


 他の入居者2棟合わせて17名を駐車場まで招いた。船川さんがホーム内にいるので何かあっても困るので職員が一名残ることになった。何時くらいまでやるのだろう? という疑問が湧いたので利用者さん達を座ってもらってから綾香さんに訊いてみた。

「だいたい二時くらいまでかな、あまり長くはしないよ、疲れさせちゃうからね」

「なるほど、そういうことか」

「そんなにたくさん食べないしね、老人だから」

「だよね」

 僕は彼女の話を興味津々になって聞いていた。こういう話に興味を抱いている自分が意外だった。こんなにも老人に興味があるとは。なぜだろう。まあ、実際若い人より年上の人の方が話しやすいというのはある。そのお陰かもしれない。自宅にも祖父母がいて可愛いと思うし。僕が幼少の頃は両親の仕事が忙しくほとんど祖父母に育てられたというのもあるだろう。


 今は午後一時三十分頃。ホームの中にいた船川さんが職員と一緒に出て来た。船川さんは嬉しそうにニコニコしている。来る気になったのだろう。その職員は、

「船川さん、お兄ちゃんの横に座ろう。若い子が好きでしょ?」

 その職員はニヤニヤしている。

「アッハハ。お姉さん、何言ってるの。わち、いくつだと思ってるの」

 船川さんがそう言うと今度、その職員は声を出して笑った。

「八十八歳でしょ! 今年、米寿じゃない! お祝いよ!」

 船川さんは耳が遠いから補聴器をつけているが、それでも聴こえない時があるようで大きな声で言わないといけないらしい。そばにいる職員は車椅子に乗っている船川さんに話し掛けている。それにしても元気だ。室内では歩行器で歩いているが、外に出る場合は車椅子で移動する、歩行器は無理だから。船川さんは僕の隣に来た。かわいい。僕は、

「野菜と肉食べますか?」

 話し掛けると、

「少しちょうだい」

 と、食べてくれるようだ。嬉しい。僕は割り箸を渡し紙皿に焼肉のたれを少し注ぎ、焼けている野菜とジンギスカンを乗せた。

「美味しそうだね」

「でしょ! たくさん食べてね!」

「たくさんってそんなにかい」

 船川さんは満面の笑みを浮かべながら言っている。


 周りを見ると、皆少しずつ食べていて、むせている老人もいる。すぐに職員が駆け寄って、

「大丈夫?」

 と、言いながら背中をさすっている。

「ありがとね」

 礼をいうおばあちゃんがいれば、余計なことをするなと言うおじいちゃんもいる。十人十色ってやつだ。


 それから僕は別な老人の所に行き、喋っていた。少しして僕は綾香さんがどこにいるのか周りを見た。いた! 船川さんと喋っている。どんな話をしているのかな、聞きたい。なので、席を移動し綾香さんの反対側に座った。

「あら、山下君。来たのね、一緒に話そうか」

 おばあちゃんは僕の顔を見たあと、

「この人、山下って言うのかい」

「そうよ、今月からここで働いてもらってるの」

 僕は、

「よろしくお願いします」

 と、挨拶した。

「はい、よろしくね。お兄ちゃん、いくつ?」

「21歳です」

「かー! わかいねぇ。ワチの孫はいくつだったかな? 覚えてないや」

 言いながら笑っている。

「山下君、私、他の人の様子を見てくるから船川さんのこと頼める?」

「うん、わかった」

 そう言ったあと、綾香さんは別の利用者さんのところへ行ってしまった。


 スマホの時計を見ると、十三時五十一分と表示されている。綾香さんは戻って来て、

「さあ、そろそろ片付けようか。みんな疲れてるかもしれないから」

 言った。

 男性の先輩は焼き床に水を入れて火を消している。

「山下君、紙皿や割り箸集めて捨ててくれる? 私はみんなを中に誘導するから」

「うん」

 端的に返事をして、僕はゴミ袋にそれらを捨てていった。それをしながら、今日はあまり綾香さんと会話してないなぁ、と思った。イベントがあったから仕方ない。そのあと、男性職員が、

「山下君、椅子とテーブルを片付けるぞ」

 そう言われたので、指示に従った。


 約三十分で片付けは終わった。職員全員で片付ければ早いものだ。残った野菜や肉はどうするのだろう? ふと、そういう疑問が浮かんだ。利用者も職員もみんなホーム内にいる。疑問に思っていることを綾香さんに訊いてみた。すると、

「それは、食事を作る時に使うのよ」

 と、言った。なるほど! そうなんだ。納得した。もしかして捨てるのかと思ったからと言ってみると、

「そんなもったいないことするわけないじゃない」

「ですよねえ」

「山下君はみんなのところにいてお話ししていて。私はみんなの夕食をもう少ししたら作るから」

「うん、わかった」


 午後六時になり退勤の時間になった。今日は楽しかった。もっと綾香さんと会話できていたら尚更よかったけれど。


 僕は徒歩で通っている。綾香さんは車だ。いいなぁ、と思いながら、

「お疲れ様です」

 と、言うと、

「お疲れ様。山下君、送ってあげようか?」

 意外なことを言われたので驚いた。

「え? いいの?」

「うん、今日は山下君がんばってたから疲れたでしょ?」

「まあ、少し」

「乗りなよ」

「うん」

 僕は緊張してきた。心臓の鼓動が早くなる。こういう展開は考えていなかった。どうしよう、食事にでも誘おうかな。僕は思い切って言った。

「綾香さん、夕ご飯一緒にどうですか?」

「夕ご飯? いいけど、珍しいわね」

「いいの? やったー!」

「なにを食べにいく?」

「中華が食べたいなぁ」

「ああ! いいね、中華」

「春巻きが食べたくて」

「美味しいよね」

「中華でよかった?」

「うん、いいよ」

「よかった」

 この町には中華料理店が1軒しかない。隣町までいくには30分くらいかかるから地元のお店に行ったほうが早い。でも、一応訊いてみた。

「この町の中華の店に行くんだよね?」

「あっ、私、隣町まで行こうと思ってた」

「そうなんだ、わかった」

 意外な答えが返ってきた。まあいい。

「おなかすいたでしょ? なるべく早く行くから」

「大丈夫だよ、安全運転で」

 彼女は笑った。そして、

「わかったよ。安全運転ね!」

 言った。


 隣町までの道中の会話は楽しかった。お互いの好きなことや、家族のことなど、たくさん話せた。


 約三十分後。隣町の中華料理店に着いた。ここは来たことが無い。

 綾香さんは、

「私はたまに来てるよ」

「へえー、そうなんだ」

「僕は初めてだよ」

 この店の外観はレンガ模様の壁で、二階建てのようだ。なかなか渋い造りだ。どうやら入り口は二階にあるようだ。とりあえず綾香さんについていこう。カンカンとふたりの階段をのぼる音が聴こえる。果たして店内は混んでいるのかな。ドアを開けると、熱気が出てきた。中は暑そうだ。見てみると席の半分くらいはお客さんで埋まっていた。ガヤガヤとお客さんの声で賑やかだ。僕は、

「結構、混んでてうるさいね」

 と、言い綾香さんは僕に訊いた。

「中華じゃなきゃだめ?」と。

「いや、別にいいよ、何でも」

「じゃあ、別のお店にしない?」

「うん、いいよ」

 そう言い、僕達は中華料理店を後にした。

「この時間はどこも混んでるかもね」

「そうだね、綾香さんは混雑しているところ苦手?」

「あまり得意ではないね」

「そうなんだ、じゃあ、コンビニ弁当でもいいよ?」

「ここまで来てコンビニ弁当かぁ……」

 彼女は残念そうだ。でも、どこも混んでるなら仕方ないのでは。

 それを伝えると、

「まあ、確かに。そうなるよね」

「また今度、空いている時に来よう?」

「そうね、私のわがまま聞いてくれてありがとう」

「いや、わがままじゃないよ。それより、」

 僕はここまでくるまでに決意していることがあった。

「ん?」

「僕、綾香さんに伝えたいことがあるんだ」

「なに?」

 緊張してきた。言えるかな、いや言わないと。こんな二人きりチャンスはなかなかない。

「ぼ、僕……綾香さんのことが……好きなんだ。だから……だから付き合ってほしい」

「え? ほんとにそう思ってる?」

「思ってるよ、嘘じゃない」

「そっかぁ」

 綾香さんがそう返事をすると、彼女は黙ってしまった。どうするか考えているのかな。そして、

「私、母が病気で家にいるの。その看病があるから、なかなか会えないかもしれない。それでもよければ……」

「うん、全然構わないよ。やっぱり優しいね、綾香さんは」

「いやいや、そんなことないよ」


 晴れて僕と綾香さんは付き合うことになった。病気のお母さんにも会ってみたいと思っている。お父さんはいないのかな? そういう話は今度訊いてみよう。とりあえず良かった!! 


                              (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の日常と恋心 遠藤良二 @endoryoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説