聖女、奴隷商人を斬る

 せっかく美味しいと噂のピンキーピッグを見つけたのに、すでに別の人間と交戦中だとは。

 残念だが、獲物を横取りする訳にも行かないだろう。



 私は、しょんぼりとその場を後にしようとして、


「──ッ! そのピンキーピッグ、仲間を呼んでいます。危ないです!」


 改めて周囲の気配を探知して、異変に気が付く。


 ピンキーピッグとよく似た魔力反応が、私たちの居る方に近づいてきていた。

 ただしその反応は、目の前に居る小型のモンスターより遥かに大きい。

 魔力を気取られることを恐れて、途中で探知魔法を解除したのが仇になった形だ。


「なんだ、おまえらは──って魔族だと!?」


 ギョッとした顔で、こちらを見る奴隷商人。

 戦わされていた犬耳少年も、不思議そうに私達を見た。



 そうこうしている間に、大型のモンスターが茂みから現れた。

 その数は実に4体。戦っていたモンスターの親なのだろうか。

 現れたモンスターは、仲間が傷つけられているのを見て、怒りに目をギラつかせていた。


「ひぃぃ……」


 奴隷商人は、腰を抜かしていたが、


「行け、奴隷! 私が逃げるための時間を稼ぐのだ!」


 自らの命を守るために、そんな命令を下した。


 少年はボロ切れを身に纏い、木を削って作った簡易的な槍を手にしていた。

 到底、大型のモンスターに太刀打ちできるような装備ではないだろう。

 奴隷商人は、あっさり少年を生贄に捧げる決断をしたのだ。


「はい、ご主人様……」


 理不尽な命令にもかかわらず、奴隷の少年は虚ろな目でモンスターの群れと向き直った。諦観の表情。



 ──なんてことを、命じるんですか……

 せっかく歓迎会で、少しだけ気持ちが盛り上がっていたのに。

 亜人種の奴隷。人の命をゴミのように扱う奴隷商人を見て、すっかり私の心は冷え切ってしまった。



「闇の加護よ、私に力を貸して──」


 私は、魔法で鎌を生み出すと、モンスターに躍りかかった。

 いくら大型のモンスターと言えども、所詮は突撃することしか脳のないモンスターである。支援魔法を重ねがけした私の敵ではない。

 またたく間に、豚型モンスターのバラバラ死体がその場に出来上がる。



 その戦闘を見て、奴隷商人が喝采をあげた。


「おお、そこの女! 素晴らしい腕前だ。どうだ? 金貨50枚で、我が闇市場の傭兵として雇ってやろう。奴隷にとっては破格の待遇であろう?」


 そんな好き勝手なことを言ってくる。

 それから私の額に刻まれた従属紋を見て、私のことを奴隷だと判断したのだろう。

 ねぶるような嫌らしい目をしていた。


 私が奴隷だとしたら、所有者は魔族になるのだろうか。

 たとえ魔族が相手であも、金が全てを解決してくれると思っているのだろう。

 敵対しているはずの魔族を目にして、冷静を失わない胆力だけは認めても良いが──



「この子にかける言葉はないのですか?」

「ああん、何のことだ?」


 がくがくと振るえている少年の方を見ながら、私は奴隷商人に問いかけた。


「あのモンスターの群れは、この子だけで太刀打ちできるような相手ではないでしょう。あなたの命令のせいで命を落としかけたのですよ?」

「はん、亜人のガキが1人死んだところで懐は傷まねえ。亜人種なんざ大した値段で売れねえしな」


 吐き捨てるように言い切る奴隷商人。


 ──その返事だけで十分だった

 別に王国民として、珍しい価値観という訳でもないだろう。

 だけどもその答えは、私の中の触ってほしくない部分を無遠慮に触るような言葉に感じられた。

 鎌を後ろ手に持ったまま、私は静かに奴隷商人の方に歩みを進める。


「おい、女? 何のつもりだ?」

「あはっ、最期の言葉はそれで良いですか?」


 ──こいつは絶対的優位に立って、弱者をいたぶる人間だ

 黒い感情が、心を満たしていく。

 こんな人間が、笑って勝者になる世界なんてあって良い訳がない。



「ふざけるな! 俺は、ブリリアン伯爵とも懇意にしているんだぞ……! 俺を斬るということがどういうことか、本当に分かっているのか?」

「……」

「奴隷、今すぐに俺を助けろ! その生意気な女を──」


 聞くに堪えない命乞い。

 まるで豚のようだ。



「や、やめ──ぐああああああっ」


 ──私は、鎌を振るう。

 一閃。手応えの軽さは、命の軽さだろうか。

 一刀両断され、奴隷商人はバタリと倒れて動かなくなる。


 ……最後の最後まで、本当に耳障りな声だった。



「大丈夫ですか?」

「ヒッ……」


 奴隷として扱われていた犬耳の少年に話しかけたが、ヒッと怯えたように後ずさりされてしまった。彼は、そのままおずおずと魔王の影に隠れる。


 今の私は、奴隷商人で返り血で濡れている。

 人間に虐げられてきた彼にとって、さぞかし私は恐ろしく見えたことだろう。


「あ、ごめんなさい。助けてもらったのに、僕、人間が怖くて──」


 それでも申し訳なさそうに、私に謝る少年。

 犬耳が申し訳なさそうに垂れているが、その瞳に浮かぶ怯えの色は隠せない。


 無理もない。

 見た所、私よりも年下だろうか。

 奴隷商人に捕まり、これまで酷い目に遭わされたのだろう。

 


「良いんですよ。魔王さん、その子の面倒はお願いしますね」


 焼き肉パーティに向けて、食材も集まった。

 妙な空気になってしまったし、少しばかり席を外しても良いだろう。



「アリシア、大丈夫?」

「何がですか? せっかくのドレスが血で汚れてしまいました。少しだけ水浴びをしてくるだけですよ」


 ただの口実だった。

 私が纏う真っ黒なドレスは、いくら返り血を浴びても変わりはしないのだから。

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