勢い任せの計画
「ねえ、リリアナ」
「なんですか、アリシア様」
私の呼びかけに、やけにかしこまった様子でリリアナが答える。
別にこれまで通りで良いんだけどな。私は、気心の知れた仲である新たな侍女に、目下の悩みを打ち明けることにした。
「私、これから何をすれば良いと思いますか? 誰に聞いても、ゆっくりとこれまでの疲れを癒やして下さいと言われてばかりで……」
「は、はあ……。皆さんのおっしゃる通り、ゆっくり身体をお休めになるのがよろしいかと」
「リリアナまで、そんな恐ろしいことを言うの!?」
私は、クワっと目を見開いた。
何をしようとしても、それとなく制止されてきたここ数日。ぶっちゃけ、とても暇なのである。
それだけでなく──
「魔王さんの企みが分からないんです。あの人は、王国に対して、私の無罪を証明しました。かなりの手間暇をかけているはずです。それなのに未だに何の要求もしてこないんですよ? ……何かを企んでることは間違いないと思うのですが──って、リリアナ?」
おかしい。
私が真剣に悩んでいるのに、頼れる相棒は「何いってんだこいつ」みたいな目で見てきている。
「魔王様の目的は、これ以上ないほど明確だと思いますが……」
「え、リリアナは魔王さんの目的が分かったのですか!?」
「はい……。というか誰でも分かるかと──」
「意地悪しないで教えて下さいよ」
口を尖らせ頼み込むも「私の口からはとても……」と、はぐらかされてしまった。
「元・敵国の聖女だなんて、私、この国では厄介者じゃないですか。何もせずに暮らしているのも、落ち着かないんですよ……」
「それなら──アリシア様なりに、魔王様の役に立てそうなことを探してみたらいかがですか?」
リリアナは、首を傾げながらそう言った。
なるほど……。
言われてみれば、ずっと指示を待っているのも愚かな行為だ。自分から率先的に動いて、役に立てという要求かもしれない。
私は、自分の得意なことを考える。
考えて、考え抜いた結果、
「……新魔法の開発? まずは実験場を貸しきらないとですね」
「スケールがでかすぎます、止めて下さい!」
「やっぱり次の戦場に向けて、今すぐにでも鍛錬を──!」
「それはもう止められたでしょう!?」
「まどろっこしいですね。いっそ単騎で、どこかの砦を攻め滅ぼして、敵将の首を持ち帰りますか!」
「アリシア様にそんな危険なことさせたら、私が殺されちゃいます! 絶対に止めてください──!」
気がつけば、ぜえ、はあ、と肩で息をするリリアナ。
「……それなら、何をすれば?」
「なんで選択肢が、そんなに極端なんですか。もっと、こう、普通のことで良いんですよ……」
リリアナの視線が痛い。
そんなことを言われても、普通って何だ。
私にとっては、今のこの境遇が普通ではない。
戦地の戦いこそが、私にとっての"普通"なのだ。
ん~? と悩む私を見て、見かねたリリアナが口を開く。
「そうですね……。ここは無難にお茶会を開かれては、いかがですか?」
「お茶会というと──紅茶をかけ合って、カップを叩きつけて罵倒するあれですよね。私、乱暴なのはちょっと……」
「それ、間違ってます。お茶会って、もっと和やかなものですから!」
リリアナが目を見開いた。
思いだすのも忌まわしい記憶。遠征を終えて久々に城に戻ったところで「常識を知らない平民に物事を教えてやろう」と、それは身分の高い令嬢から素敵な持て成しを受けた記憶がある。
だいたい私に貴族令嬢のような振る舞いを求められても困るのだ。
私の意図を汲んだのかリリアナは、
「そうだ。魔王様に手料理をなんてどうですか?」
そんなことを言った。
「手料理?」
これまた随分とハードルが高いことをおっしゃる。
戦地での数少ない娯楽は、食事であった。
だから特務隊時代、私は食事に出来る限り趣向を凝らして工夫していた。誰もが顔をしかめる生臭い肉を、香辛料で誤魔化して美味しく食べられるようにしたときは、泣いて感謝されたっけ。
実際、誰もが美味しいと言ってくれたし、自信が無い訳ではない。
……自信が無い訳ではないが、それとこれとは話が別だ。
魔王城では、一流の料理人を雇っている。現れたモンスターの肉をそのまま焼いた料理なんて、食べさせられるはずがないではないか。
ちなみにモンスターと魔族は、完全な別物である。
魔族とはあくまで種族の1つであり、モンスターは凶暴化した野生動物のことである。魔族たちにモンスターの肉を振る舞ったところで、共食いには当たらないのだ。
「でもアリシア様の料理、美味しかったなあ」
「褒めても何も出ませんよ、リリアナ。でもそうですねえ──いっそのこと材料は全て現地調達とか。魔王さんと遠征に出かけるのも、良いかもしれませんねえ」
──魔族領にある未知の食材を求めて!
何よりこのままお城に籠もっていては、腕が鈍ってしまう。
ついでに実戦経験も積めれば最高だ。
……って何で真面目な顔して、リリアナはメモを取ってるの!?
「かしこまりました。私の方で、魔王様に相談してみますね」
リリアナが、良い笑顔でそう言った。
──まあでも今までのことを考えると、実現することはないだろうなあ
魔王からは、強いて言うなら「何もさせたくない」という意思を感じていた。
いきなり手料理を振る舞うために、遠征したいなんて言っても断られるだろう。だとしても、これが何かのきっかけになれば良いけれど……。
そんな私の予想に反して。
翌日の朝。
「やりましたよ、アリシア様。日程は一週間後! アリシア様の歓迎会を兼ねて、焼き肉パーティをやることになりましたよ!」
「え、ええ……?」
「アリシア様の希望された通り! 材料はすべて現地調達──」
魔王は、何故かノリノリだったらしい。
リリアナは誇らしそうな顔でやりきった感を出しており、その嬉しそうな顔を見ていると私まで楽しくなってくる。
そうして突発的に、歓迎会──という名の焼き肉パーティが開かれることになった。
場所は魔王城北にあるアレーヌ湖。
参加者は、私とリリアナ、魔王、ほか数名の魔王軍幹部たち。食材はまさかの現地調達などという──なんとも勢い任せの計画であった。
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