闇落ち聖女は戦渦で舞う

アトハ

プロローグ

救国の聖女、冤罪で投獄される

3話までがプロローグになります

***


「アリシア。貴様は聖女でありながら、魔族と内通して我が国を混乱に陥れた──よって俺と結ばれていた婚約を破棄し、貴様を処刑する!」


 突如として、私──アリシアはそう言い渡された。私に指を突きつけているのは、神聖ヴァイス王国の第一王子──シュテイン・ヴァイス王子殿下。私の婚約者である。

 王族の証である美しい白髪に、バランスの整った顔立ち。社交界で視線を引きつけて止まないその美貌は、しかし今は憤怒で歪められていた。


「冗談ですよね、殿下?」


 困惑のまま、私は聞き返す。

 今は、魔王封印を祝う祝賀パーティの真っ只中だ。

 長き戦いの末、ついに私は魔王の封印に成功したのだ。長年続いた戦争に、ようやく終止符が打たれる──その祝いの場で放たれたのが、先ほどの物騒な言葉であった。


 神聖ヴァイス帝国は、長年、魔族と戦争状態にあった。聖女の力を見出だされて以来、私は『対魔族特務隊』のメンバーとして、常に最前線で戦ってきた。

 当然、魔族と内通していたという事実はない。



「ならば問おう。戦力では、我々、人族が圧倒的にまさっていたのに──何故、これほどまでに戦争が長引いたのだ?」

「失礼ながら、いつも申し上げている通りです。特務隊の人員が、あまりに足りないのです! それに戦争は、終わってなんて……」

「黙れ! そう言って我々を騙していたのだな、この魔族の手先が!」


 シュテイン王子は、激昂のままに叫び、

 ──私の頬を思いっきり引っ叩いた。



「あっ……」


 頬を押さえて、私は呆然とうずくまる。


「殿下、誤解です。どうか落ち着いて下さい」

「黙れ! 貴様が情報を魔族に売っていたことは、既に調べが付いているのだ。これまで良くしてやった恩を忘れ、よくも──恥を知れ!」


 良くして──貰ったのだろうか?

 これまでの生活を思いだす。身分を尊ぶシュテイン王子は、元・孤児の婚約者など見たくないと私に罵倒を浴びせ、プライベートで関わりは殆ど無かったはずだ。聖女として特務隊に関する要望を出せば、平民の癖に生意気だと殴られたこともある。

 その癖、王子はいかなる時も私に完璧を求めた。王子にとって、私は王子を引き立てるための都合の良い"道具"でしかなかったのだ。



「事実無根です。どうしてそのような戯れ言を、信じてしまわれたのですか?」

「ふん。大方、戦争が終わって、聖女の地位が失われることを恐れたのだろう。卑しい生まれの者が、考えそうなことだ。貴様がノロノロと戦っていたせいで、いったい何人の兵が失われたと思っている!」

「な! そんな言い方……!」


 物心ついたときから、私は魔族を相手に戦う日々を送ってきた。

 遊ぶ暇すら無かった。青春のすべてを、聖女としての活動と、王国を守るための戦いに費やしてきたというのに。


「手際の悪さは、申し訳ございません。しかしそれも、殿下が十分な兵力を特務隊に派遣して下さらないせいで──」

「黙れ! 俺の方針に口出しするな!」


 ……そしてこれだ。

 特務隊の兵力不足は、そのまま個々の兵士の負担になる。どれだけ説明しても、王子は「平民が口を挟むな!」と、頑なな態度を崩さなかった。


 私が聖女の力を見いだされたのは7歳の時だ。

 戦争孤児だった私は、またたく間に王宮に連れて行かれ、訳も分からぬまま訓練を受けさせられた。すぐに戦地に放り出されて、魔族との戦いの矢面に立たされた。それから7年もの間、私は命をかけて魔族たちを相手に戦ってきた。


 命を落としかけたことは、片手では収まらないだろう。それでも私は、ボロボロになりながら戦い抜いた。

 国に居る大切な人たちを守るため。そして生まれ育った孤児院への仕送りを絶やさないためだ。


「所詮は平民ですからな……」

「だから早く尊き血を引くものから、聖女を選ぶべきだったのですよ……」

「ああ、あんなのが聖女だなんて──ああ、穢らわしい」


 貴族たちの囁きが、耳に入る。

 国のためにいくら尽くしてきても、私の評価なんてこんなものだ。城に戻るたびに貴族たちから嫌味を言われるのも慣れっこだ。彼らにとって、遠い戦地で起きていることなど、まるで関係ないのだから。


「これから、この者の裏切りを証明する。出番だ、真の聖女・・・・──フローラよ」

「は~い! 王子のために! フローラ、がんばっちゃいますよ~!」


 シュテイン王子の呼びかけに応えて現れたのは、フローラと呼ばれた子爵令嬢であった。

 真っ紅なドレスを身にまとっており、女性らしさを強調するように胸元は大きく開かれている。フローラは王子の元に駆け寄り、まるで私に見せつけるようにその腕にしだれかかった。


***


「これは~。新たに・・・聖女の・・・力を・・手に入れた・・・・・私が開発した薬なんですが~。これって、人間に使うと魔力を高めて、魔族相手だと毒になる素晴らしい霊薬なんですよ~!」


 フローラが、甘ったるい声で説明していく。


「うむ、フローラは非常に優秀でな。この霊薬の効果も、すでに騎士団で検証済だ」


 シュテイン王子も、自慢気にそう補足した。

 見ればシュテイン王子とフローラは、うっとりと見つめ合っている。妙に納得してしまった。私が命がけで魔族と戦っていた間、この男はあろうことか、浮気に精を出していたのだ。


「アリシアさん~。ほら、お飲みなさいな~」

「……何のつもりですか、フローラ?」


 硬い声で尋ねるが、フローラはにっこり微笑むのみ。彼女は毒々しい緑色の薬品を、躊躇なく私の口に流し込んだ。


 ──毒っ!?

 鼻を刺す特有の臭い。ピリピリと舌が痺れた。



「げはっ、ごほっ…………」


 激しく咳き込み、私は激しく吐血した。


 ──邪魔者を排除するために、こんなことまで!?

 魔族相手・・・・だと・・毒になる霊薬・・・・・・。私は早々に悟る。これは私に毒を盛り、魔族に仕立て上げようというフローラの罠だ。


「聖女が苦しんでいるぞ!?」

「どういうことだ──霊薬は、魔族にのみ有害なんだろう?」

「我々は何とも無いのに」


 こちらを見ていた貴族の間で、動揺が広がっていく。



「げはっ、げほっ……毒です。フローラは、私に、毒を……!」

「フローラが、そんな事をするはずがないだろう!!」


 激昂するシュテイン王子。

 血を吐き苦しむ私を、婚約者であるはずの彼は心配する素振りすら見せなかった。それどころか愛するフローラを侮辱されたと、私を怒鳴りつける始末。


「これが真実なんですよ~! これまで祭り上げていた聖女・アリシアは、実は魔族の血を引く魔女だったんですね~」


 フローラが、喜色満面でそう宣言した。

 念の為、"霊薬"は王国付きの鑑定士により検査されたが、結果は陰性だと判定された。フローラと頷き合う鑑定士を見て、私は彼らがグルであることを悟る。


 ──まさか、ここまでするなんて……

 フローラに敵視されていたのは知っていた。だとしても、ここまであからさまに危害を加えられるなんて。



「本当にアリシア様は、国を裏切っていたのか……?」

「今、見た通りだろう! あいつは魔女だ!」

「だから聖女のフリをして、魔族の有利になるように戦争を操っていたのか!?」


 数々の疑念の瞳が、私を貫いた。

 こんなことで処刑されるなど、冗談ではない。


「騙されないで下さい! その毒薬は、あらかじめ準備していれば症状を押さえられます。もう一度、鑑定を──フローラさんは、本当に毒を!」

「もう良い。汚らわしい口を開くな、この魔女め!」

「ぐっ……」


 罵倒と共に、近衛の1人が私の腹を蹴り上げた。手加減の無い一撃に、私は鈍いうめき声を上げる。


「まさかアリシアさんが、魔族の血を引いていたなんて」

「フローラが悲しんでいる。……裏切り者──魔族と手を組んだ『魔女』に、徹底的に報いを受けさせよ」


 シュテイン王子が、冷徹にそう宣言した。

 そうして祝勝パーティは、魔女断罪パーティに姿を変えた。



 屈強な男に取り押さえられ、私は頑丈な柱に括り付けられた。


「卑しい平民が、王子との婚約とか夢見てるんじゃねえ!」

「おまえのような人間には、お似合いの末路だな」

「美しいフローラ嬢こそ、殿下の婚約者に相応しい。身のほどを弁えろ!」


 好き勝手に言いながら、近衛たちが私に向かって一斉に魔法を撃った。突如として始まった元・聖女への私刑を、咎める者は誰も居ない。

 これまで国のために尽くしてきた仕打ちがこれ。面白い見せ物でも見るような貴族たちの反応に、私は思わず泣きそうになった。


 この場で聖女の力を使えば、脱出は容易だっただろう。

 聖女の振るう魔法は、それほどまでに圧倒的なのだ。それでも私は、対話の道を選んだ。……選んでしまった。


 ──いいかい、アリシア。話し合いで解決出来ないことなんて、存在しない。

 ──決して人様を恨んだら、いけないよ?

 分かり合うことを諦めてはいけない。それは優しかった孤児院長の口癖だった。その言葉は、私の中に揺るがない信念として息づいていた。



「私にやましいことなんて、何もありません。信じてください、殿下……!」


 シュテイン王子が、こちらに向かって歩いてくる。

 私は、必死に呼びかける。しかし彼は、息も絶え絶えの私を楽しそうに見ると、


「生ぬるいな。どれ、私が手本を見せてやろう」


 そう言い、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 シュテイン王子が杖を振ると、土で作られた巨大なゴーレムが生み出された。何の躊躇もなく、ゴーレムはその巨体から鋭いパンチを繰り出す。


 拳が、深々と私の鳩尾に突き刺さった。

 胃の中をひっくり返されたような不快な感覚。あまりの衝撃に、私はたまらず胃の中のものを吐き出してしまう。


「さすがです、殿下!」

「魔女に正義の鉄槌を!」

「そうだろう、そうだろう! 我らの正義を、もっと魔女に見せつけてやろうではないか!」


「殿下──どうして……?」


 シュテイン王子の顔には、愉悦が浮かんでいた。


 ──そこまで、恨まれるようなことをした?

 私は、精一杯、あなたの役に立とうと頑張ってきたのに。どうしてこんな目に遭わされているのか、まったく分からなかった。


「貴様のことは、ずっと気に食わなかった。平民の愚図が、俺の婚約者など虫酸が走る! 俺の機嫌を損ねるとどうなるか、少しは思い知ったか!」


 自慢の土魔法を見せびらかすように。シュテイン王子は嬉々として、何度も何度もゴーレムの拳を私に叩きつけた。泣いても叫んでも、どれだけ痛いと訴えても、誰も聞く耳を持たなかった。


「見ろ! これが王国一の土魔法だ──くたばれ、魔女め!!」


 痛い、苦しい。

 これまでの戦いで、魔族にこっぴどくやられたこともある。この程度の痛みなら、別に初めてではない。

 だけども相手は、魔族ではない。守ろうとしていた人類なのだ。

 何より、心が痛かった。


 ──決して人を恨んではいけないよ

 孤児院長の言葉が、頭の中で回り続けていた。

 その信念は、ある意味呪いのようだった。こんな目に遭わされても、黙って受け入れるしかないなんて。


 痛い、苦しい。

 夢なら早く醒めて欲しい。

 それでも私は胸の中の信念を信じ、この場を耐え凌ごうと決めていた。



 結局、シュテイン王子が満足するまで地獄のような時間が続いた。ようやく解放されたとき、私は立つこともできず床に倒れ込み、そのまま意識を失った。


◆◇◆◇◆


「楽しい見世物だったな」

「ええ。なんでこんな目に遭ってるのか分からないって顔。本当に痛快でしたね~」


 意識を失いぐったりしているアリシアを見て、シュテイン王子とフローラはけたけたと笑い合っていた。

 犯罪者の処刑の観覧を趣味とする貴族も多いが、彼らもまさしくその典型であった。特に気の食わない相手に罪を押し付け、徹底的にいたぶった後に処刑する瞬間は、まさしく至高のひとときだ。



 シュテイン王子の命令で、アリシアには犯罪紋が刻まれた。犯罪者の拘束に用いられる魔法行使を禁止する紋章だ。


「最期は、どんな絶望の表情を見せてくれるのか。今から楽しみですね~」

「そうだな。あいつの最期は、おまえを真の聖女にするための盛大なショーになる。せいぜい、盛り上げてやらないとな」

「あらあら、可愛そう~。一応、婚約者だったのでしょう?」

「ふん、形式上はな。あれを女として見たことなど、生まれてから一度もない」


 元々、今回の計画を発案したのはシュテイン王子だ。邪魔なアリシアを排除して、正式に愛するフローラを婚約者として迎え入れるため、これは必要な儀式だったのだ。

 フローラの言葉に、シュテイン王子は面白くもなさそうに鼻を鳴らすのだった。

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