八尺様vs妖怪大戦争(仮)
黒木ココ
八尺様vs妖怪大戦争(仮)
「ぽぽぽぽぽぽぽ」
私は闇に覆われた田んぼのあぜ道を歩いている。
特に何をするわけでもなく村の道という道を決まったルーチンで歩いている。
私はそういうものとして人間の意識の底から浮かび上がった泡のような存在。
泡のように希薄で、泡のように儚い。
私は八尺様と人類に定義されたモノ。
あるインターネットミームとして流行した私は初期のころは得体の知れない女の怪異として恐れられたものだったが
十数年も時が流れた今となってはなんとも微妙な萌えキャラ扱いをされ、いつしか子供たちの守護神のとして側面を付与されていた。
子供を襲う恐怖の怪物から子供の守り神への変容、かつて私の大先輩にあたるトイレの花子さんもそうであった。
だけどその新たなる定義も私は果たせそうにない。
なにせこの村は平均年齢70歳以上の限界集落だ。子を持つ現役世代など一世帯も存在しない。
押し寄せる高齢化の波によって静かに枯れ行くこの村とともに私も消えるのだ。
妖怪とはそういうものである。
人類の集合知の海によって存在を維持できる儚い泡なのだから。
古くから伝説として語られる鬼のような存在であればいくら定義を書き換えられようともその歴史が存在を確固たるものとしてくれる。
だけど私は21世紀に生まれた妖怪。あまりにも歴史が浅い。
それでも十数年よく持ったと思う。
「ぽぽぽぽぽぽぽ」
十数度目の夏がやってくる。
今日は昼間の村を歩く。
山奥の限界集落であっても猛暑は容赦なく大地を焼く。
村の年寄り達が私を脇目も降らず駆け抜けていく。
田んぼに視線を移すとくねくねが誰にも相手にされず白いもやのような身体をくねらせ狂ったように踊っていた。
私は先ほどの年寄り達が大慌てで入っていった民家を垣根越しに覗き込んだ。
こういう時八尺の身長は便利である。
村人たちによるとこの民家の住人が熱中症で倒れており非常に危険な状態らしい。
眺めていると年寄りの中でも比較的若い衆が患者を車に乗せて一時間近く離れた町の病院に連れて行った。
とりあえず収拾がついたということで集まった村人たちも解散するようだ。
彼らには私が見えていない。
太陽が天頂に差し掛かった時、その異変は起きた。
太陽から黒点が染み出すように広がっていく。
それはみるみるうちに太陽を黒く染め上げて周囲の空ごと虚空の穴と化していく。
雲一つない青空のはずなのに急に空が夕暮れのように暗くなった。
例えるならまるで皆既日食の時の空。
「なあ、ありゃあ一体なんや?」
村人の一人が空を――太陽を指差した。
「なんやあれ日食か!?」
「いやいやにしても大きすぎんかあれ」
村人は口々を揃えて空を見上げ太陽を指差す。
そこには太陽よりも大きな黒い球体としか言いようのないモノが白く輝く太陽を覆い隠していた。
見かけの大きさは太陽の十数倍のそれは輝く金色に輝くガスを纏う暗黒天体――ブラックホールに酷似していた。
なぜ? あんなとこにブラックホールが?
いや、違う。アレはそんなものじゃない。
私は知っている。妖怪として私に収蔵された人類の集合知があの空に開いた虚無の穴を知っている。
百鬼夜行絵巻の最後に現れるモノ。
逃げ惑う妖怪を無慈悲に踏み潰す暗黒の星。
私と同じ21世紀に生まれし存在。最新にして最凶の妖怪――
――その名は空亡
暗黒星が現れてからは早かった。
たった三日で人類はその数を半数に減らした。
あの星は百鬼夜行の最後に現れる。
現れるということはその時点で百鬼夜行が存在する。
空から何百、何千、何万と百鬼夜行の怪物が降ってきて都市部を中心に手当たり次第に人を襲いだした。
その怪物はまるで二足歩行の爬虫類のような醜悪な姿。それはその膂力でもっていとも容易く人体を粉砕する。
それはまるでエイリアンのようで、どうも人間は空亡に宇宙からの侵略者という概念を与えていたのだ。
空亡は地球の自転のため日の出とともに攻撃を開始し、日没ともに活動を休止する。
もちろん日本が夜になったところで昼である地球の裏側では奴らの猛攻の真っただ中だ。
もはや昼はやつらの時間となってしまった。
日本は最初の日没までの時間で東京が壊滅し政府機能が停止した。
都市部は昼は百鬼夜行という空亡の眷属に襲撃され、夜は同じ人間による略奪が横行した。
「ぽぽぽぽぽぽ」
私は昼間の高速道路を駆ける。空には金色の渦を纏った暗黒星が相変わらずこの星を見下ろしている
街に向かって駆ける。山の向こうに見える街並みからは至る所から煙と炎が上がっているのが見えた。
無数の車の残骸に埋め尽くされた高速道路。ゴムと人体が焼けた臭いが充満した高速道路。
最初の襲撃で街から脱出した人間たちは郊外に向けて高速道路に殺到し、そして渋滞で身動きが取れなくなったところを眷属に襲われたのだろう。
もはや誰一人として生きている人間はいない。
高速道路にたむろしていた数体の眷属が金切り声を上げて襲い掛かる。
所詮は百鬼夜行の名もなき雑兵。《八尺様》という固有の名を持つ私のほうが強い。
手刀で首を飛ばし、拳で頭部を粉砕し、回し蹴りで胴体を両断する。
私は私の定義を果たす。
かろうじて眷属の侵攻を免れている山奥の村で静かに滅びを待っていられない。
まだ街には子供たちがいるはずだ。
生まれた時から変容した定義であっても私の存在理由であることには変わらない。
子供たちを守れ。
子供たちを守れ。
私は八尺様、地獄と化した娑婆で子供たちを守る地蔵菩薩の使いなり。
八尺様vs妖怪大戦争(仮) 黒木ココ @kokou_legacy
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