第7話 解かれた未練 〜再会〜
眩い光が
「あれは……?」
「そうですね……弟橘媛様、貴女の目でお確かめください」
私が恐る恐る尋ねると、歩澄は私に人影へ近づくように促し、茂みの奥へと姿を消した。多分歩澄は完全に姿を消した訳ではなく、何処か近くで様子を見ているのだろう。
本来なら、未練を解かれた者が彼岸先に行く為に通るはずの道。しかしその人影は、向こう側から着実に私の方へ近づいてきている。彼岸の先にある黄泉。そこからこの泉界神社に人が来るなんて前代未聞。私は泉に落ちないギリギリのところまで歩き、やがて視界に捉えた姿に息を呑んだ。視線の先の一人の男性──その人も私を見た途端硬直する。そして数秒の沈黙の後、一言。
「弟橘媛……?もしかして弟橘媛か!?」
聞きたかった声。信じ難かった。目を疑った。泉の向こうには。逢いたいと切実に願っていた──
「
強い引力。私は引き寄せられるように、泉の先にいるその人に向かって駆け出した。泉に入った反動で飛び散る雫。水を含み重くなる体。だが今はそんな事気にしている余裕はなかった。必死に水をかく。前にいる倭建命様、その人だけを目指して。
「弟橘媛!!」
彼も飛沫を立てながら私に近づく。もう姿を見ること、逢うことは無いと覚悟して別れを告げた人の声が、姿が、手を伸ばせば届く距離にある。手に触れると、微かな温もりが伝わってきた。
「ああ……本当に弟橘媛だな?突然前が光って、導かれるように歩いていたら、お前の姿が見えたんだ……。会いたかった。あの日、お前が入水した直後、荒波がおさまって俺は無事に東征を続けることが出来た…全部お前のおかげだ」
噛み締めるように私の名を倭建命様が呼ぶ。
「はい……私です。あの後波、おさまったのですね……よかった。貴方のお役に立たてたのなら、私はもうそれで十分報われます。ですのでどうか顔を上げてください」
俯いている彼に声をかけると、倭建命様は徐に顔を上げた。こうして寄り添って話せるのはこれで最後かもしれない。倭建命様が彼岸から来たと言うことは、彼ももう命を落としていることになる。寿命か病に倒れたのか分からないが、1度もこの神社で見かけていないと言うことは彼は私の死後、未練なく前を向けたと言うことだろう。本当に彼は強い人だ。
「倭建命様」
逢えるうちに、本当に伝えたい気持ちを言わなければ。そう思い、私は滲む視界の中、そっと手を離した。
「再会した今、最後に伝えておきたくて……貴方をお慕いしております。この先も、ずっと」
共に彼岸へは行けないと遠回しに告げて微笑むと、一筋雫が頬を伝う。人と神は相容れない存在。彼岸の先にいる彼は人間で、私はもう
「そうか。弟橘媛……お前はもう、違うのだな。お前の
諦めたように倭建命様は告げると、私を見据えた。
「けれど俺もお前を忘れたりしない。ずっとお前を想っている」
その言葉を合図にするよう、私達はお互いに距離をとる。これ以上共にいれば、離れるのが名残惜しくなるだけだ。後ろ髪引かれる思いをそっと堪えて、私は巫女鈴を手に握りしめた。ここへ呼び寄せたのは歩澄。ならば、この神社の『送り巫女』として、倭建命様を再び彼岸へ送るのは私がすべきことだ。
「その言葉は嬉しいです……でも1つ約束をしてください。もしこの先、魂が生まれ変わり倭建命様が、再び現世で過ごす事があれば……幸せになってください。その世界で」
脳に浮かぶのは
「お前……なんで。最期くらいお前の願いを俺に聞かせてくれ。お前はいつも相手のことばかりだ」
哀し気な彼に巫女鈴を持つ手が微かに震える。気丈に振舞っても倭建命様には全てお見通しの様だ。
「それなら……私から1つ。どうか弟橘媛と言う名は覚えていてください。きっと貴方の魂が生まれ変わり、現世に降り立った時、また私の名を目にすることがあると思うので」
私の言葉に一瞬戸惑いつつ、倭建命様は力強く頷いた。生前の時と変わらない、決意が固まった表情だ。
「きっとまたどこかで──」
言葉の代わりに水上で
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【作者から】
更新開けてしまい、申し訳ないです……4日も。課題に追われておりました。あと2話程で完結です。最後は温かい感じで終わりたいと思っています。伏線もしっかり回収します
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