本当かどうかわからない怖い話

とりすけ

第1話 イャホン

 別に特別なことはしてない。

 ただ、ワイヤレスイヤホンをいつものように使っていただけだ。


 ワイヤレスイヤホンを使ったことがある人はわかると思うのだが、使用しようとすると、「pairing」や「disconnected」など、Bluetoothに繋げる際や接続が切れた際に色々音声ガイダンスが流れる。

 今日もいつもそうするように、イヤホンを耳にセットして読みかけの本を開いた。


「pairing」


 スマホと同期が済んだようだ。

 某ミュージックアプリに落とし込んだ曲がランダムに再生される。


「Ambient sound」


 突然聞き慣れない音声ガイダンスが流れた。

 アンビエントサウンド。説明書によると、周囲の音を聞き取りやすくする機能で、 周囲の音を確認しながら音楽を楽しむことができるようになるらしい。

 その外音取り込み機能とやらがオンになったようだ。だが別に自転車に乗っているわけでもないし、家事をしているわけでもない。深夜の読書タイムには必要のない機能だった。


 小説に集中し始め、いい具合に歌詞が頭に入ってこなくなってきた頃。


「disconnected」


 スマホとの接続が切れたときに流れるガイダンスだ。だが話に夢中になっていた僕はその言葉も右から左へ受け流された。

 聞き慣れたガイダンスだったせいもあって、気にも止めなかった。接続が切れて音楽が止まっても、集中しているときは音楽も耳に届いてないことが多々あるので、それも大して気にしていなかった。そんなことよりも小説が楽しかった。


 どれくらい時間が経っただろう。読みかけていた小説をようやく読み終え、マグカップのお茶に手を伸ばす。


 その時気がついてしまったのだ。音楽が流れ続けている。


 一瞬驚くが、再度接続されたんだろうと思い直してお茶で喉を潤す。そして時間が気になりスマホを手に取る。


 …スマホの電源が切れていた。

 今もイヤホンからは音楽が流れている。


 こんなバグ初めてだ。イヤホンは音楽を流すだけで、そのものに音楽を溜めておくことは出来ないはず。…じゃあどこから音楽を?


 首筋に嫌な汗が流れる。聞こえる音楽に意識を持っていく。


 知らない曲だ。曲というより鼻歌のような、歌詞のない気味の悪い音楽が流れていた。しかも音は籠もっていて鮮明には聞こえない。

 気味が悪い。深夜ということもあるし、さっさと寝てしまおう。そう思ってイヤホンを外すと



「ん”っんんん”〜んん”〜〜〜〜!!!」

 


 先程まで籠もって聞こえていた鼻歌のようなものが鮮明になって耳元で流れた。


「うわぁっ!??」


 怖いというよりも驚いて立ち上がった僕は、声のする方に思いっきりイヤホンを投げつけた。


「ん”っんんん”〜んん”〜〜〜〜!!!」


 声は同じリズムの同じ抑揚であるフレーズを繰り返していた。


「ん”っんんん”〜んん”〜〜〜〜!!!」


 自分しかいない空間に姿の見えない第三者の声がすること自体気味が悪かったが、何を言っているかわからないフレーズを繰り返されるこの状態も怖かった。

 恐怖心を抑えつつ、鼻歌に意識を集中させる。何を言っているかさえ分かればとりあえずこの状態からは先に勧めそうな気がする。

 繰り返されるフレーズを真剣に聞き取る。


「ん”っんんん”〜んん”〜〜〜〜!!!」


「ん”っんんん”〜んん”〜〜〜〜!!!」


「ん”っんいん”〜しん”〜〜〜〜!!!」


「ん”ったいん”〜しん”〜〜〜〜!!!」


 段々聞き取れてくる言葉。理解していく度に肌が粟立つ。しかし、不思議なことにこんな状態で急激な睡魔が襲ってきた。

 僕はフレーズの意味を知ることなく、次の日の朝日が登るまで意識を奪われてしまった。


 翌朝、目を覚ますとあの気味の悪いフレーズは聞こえなくなっていた。

 夢だったんだろうか。そう思いながらイヤホンを探した。いつもならケースに戻してあるイヤホンが、今日は床に転がっていた。

 片方のイヤホンを拾い、もう片方を探すためにデスクの下を覗いた。



 そこにはイヤホンはなかった。代わりに昨日のフレーズの答えが耳元で聞こえた。



「なんで生きてるの?ゼッタイニシネって言ッタノニ。」

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