本物在中・ハロウィンナイト(前編)

 ハロウィン……すっかり日本にも浸透した仮装行列の日。

 その程度の認識しかないイベントちゃんぽんな日本では今年も……というか前の年に増してハロウィンは盛り上がっている。


「前の年っていうか、この話、何回目?」

「2回目」

「オレたち一年年取っ……痛ぇ!」


 バシリ! といきなり後ろから丸めた冊子でひっぱたかれた。振り返ると少し見上げるくらい長身黒髪の悪魔がいる。

 神魔との共生が進んで久しい現代日本における魔界からの大使、ダンタリオンだ。


「秋葉……言ったな? 言いかけたな? この世界はな、サザ〇さんワールド方式なんだぞ。誰も年は取らない。故にそれは禁句だ」

「ループした時の狭間に放り込まれるとか、それどんなホラー? そういえば一昨年沖縄行ったはずなのに今年の夏も……」


 バシリ。


「……痛ぇよ」

「世界の均衡が乱れる。罰としてお前には俺後援の今日のハロウィンイベントに参加を命じる」

「お前、イベント後援とか何やってんの?」

「仕方ないだろ、これでも大使だから」


 あぁ、協賛とか後援以来とか来るあれな。

 お役所関係は割と、公共的なイベントから名前貸しみたいな依頼を受けることが多い。ハロウィンイベントのどのあたりが公共的なのか不明だが。


「シノブ、お前も連帯責任」

「えー」


 しっかり世界の法則をわきまえているらしい忍は派手なイベントはあまり好きではないらしく眉を寄せた。


「司もだ」

「……仕事扱いにしてください」


 関わりたくなかったのか一歩距離を置いて黙っていた司さんまで巻き込まれる始末。

 そして、十月最終日。ハロウィンその日が始まった。



 *  *  *



 と言っても、ハロウィンが盛り上がるのは夜だ。

 オレと忍は指定されたイベント会場に来ている。午後六時。一か月前は明るかったこの時間も、今はすっかり日が暮れて真っ暗になっている。

 イベント会場もうす暗かった。


「都会のど真ん中でこんなに暗いとか」

「大きな公園に行けば大体夜は暗いと思うけど。この公園は神魔の力が入ってるっぽいね」


 ハロウィンの起源は古代ケルトに遡る。天使由来の「あの宗教」は関係なく収穫感謝祭とお盆を兼ねたような日なのだということは現代の日本では一般常識だ。

 地獄の窯がフタを開く日で、悪魔がうろついたりするから仮装はそれらの害を避けるためにするのだという。


「いえーい! ハッピーハロウィン!」

「あ、本物の悪魔のヒトだ。写真一緒にいいですか!?」


 外国人観光客にとってかわって、神魔が観光に訪れる現代。魔界のヒトがナチュラルにハロウィンイベントの盛り上げを加速させている。


「本物なのか仮装なのか、わからない」

「さすがに尻尾が自動で動いている人を見ると人間じゃないなーとは思うけど」


 イベント会場の入り口は薄暗い。ハロウィン特有のフォントでWELLCOMEと記された入り口に立ち尽くすオレと忍。出入りする人たちが混とんとしている。


「エントリーには仮装必須なんだろ? シノブ、自分が用意するって言ってたけど」

「はい」


 そうしてオレは頭にずぼっと何かをかぶせられた。……けも耳だ。


「それだけだとただのカチューシャだから、尻尾も。つけて」


 手渡されて仕方なく装着する。その間に忍もごそごそと、ちょっと嫌そうにそれを付けた。


「……」

「何その顔」

「いや、お前が猫耳とか」

「フザケンナ。私だって好きでやっているわけではないんだ。もっと派手に仮装させてやろうか、猫パンチ」

「やめて。わかった。これくらいで済んでよかった」


 ゴシック魔女とか血のりとか、何を勘違いしたのかキリンの被り物とかしている人に比べたらけも耳尻尾くらいなんてことはない。オレは思い直す。


「よくこんなのみつけてきたなー」

「今時100均で手に入るよ。派手な仮装を避けてお手軽にいくとこうなるんだ」


 それで黒い服指定で来たんだな。オレの尻尾ふっさふさなんだけど、これ犬か?

 一方で忍は黒猫扮装だ。扮装といっても黒いパーカーとパンツに猫耳猫尻尾なだけなのだが。


「……」

「何か?」


 何この子。かわいい。

 と見上げられて脳裏に浮かんだ言葉は流しておくことにする。

 オレたちは入園する。司さんは本当に仕事に回っているらしく、今日は園内を巡回しているらしい。この手のイベントは羽目を外す人が必ず出るのでお巡りさんにとっては余計な仕事が増えた日でもある。


「入ってしまうと自分たちがいかに地味かわかる。紛れるから気にならないね」

「そうだな。オレたちシンプルでお手軽だよな」


 仮装必須なだけあって見ていてなかなか面白いし、ハロウィン特有のダークサイドの空気感や紫、緑などのいつもと違ったイリュミネーションも不思議空間に迷い込んだようで物珍しい。


「あ、司さんだ」

「この空間にいつもの白制服とか、めちゃくちゃ目立つね。秋葉、こっちに気付かれたら気を引いておいて」

「え?」


 忍はそう言い残すと人混みをすり抜けて、3人で組んでこちらに向かってくる巡回中の司さんたちの方へ向かって行った。


「司さん、おつかれさまです」

「こんばんは」


 他のふたりは知らない人だが同じように挨拶をして、労う。本当にお疲れ様です。 

 でも司さん、仮装の巻き添えうまいこと抜けましたね。と言いたいが嫌味になりそうなのでそれは黙っていた。仮装したくないから仕事で参加を選んだ司さんの選択はすこぶる正しい。


 と思われた矢先だった。


ずぼっ


「司くん、こんばんは」


 いつのまにか背後に回り込んでいた忍が司さんに犬耳を付けた。


「忍……」

「一人だけ逃げようとしたってそうはいかない。三人分のケモミミを買い込んだ私の労苦を味わえ」

「えー司さんずるい! 俺もケモミミくらいつけたい!」


 イベントに一般として参加したい派の同僚から本人の気持ちを無視した羨望を浴びている司さん。

 意外と似合ってますよ。

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