7.ホワイトデー 人と悪魔と天使の休日
「ボクはそっちで読書してるけど」
「今日は木陰もいい感じですからね」
「……」
「エシェル、興味があったら聞いてみても全然平気だと思うぞ?」
ここら辺は相手が悪魔だと警戒しているのか、ちょっと気になる感じはしても積極的には関わらない。
が、アスタロトさんの方は全く意に介していないので
「これ? この間神保町でみつけた古書。この国の歴史はボクにとってまだ謎が多いから、ちょっと興味があってね」
ふつうに答えている。
「この国の歴史……確かに近代以降の記録は割と明確だけど、鎖国以前のものはよくわからないな」
エシェル。その言い方、ちょっと人間より長生きしてますって言ってるようなものじゃないか?
日本人の教科書もざっくりしてるから、日本人も生きていく上でよくわかる必要性はあまり感じないと思うけど。
そんなわけで、なんか、関係ないところで微妙なパワーバランスの交流が生まれそうな気配を見せている。
仲良くしてくれ。この国はそういう国なんだから。
「司、とりあえず高い高いを」
そっちはなんでそうなった。
「あー、私もしてほしい。なるべく高く」
「なるべく高くってなんだよ」
「司くんは強化受けてるから、ふつうの高い高いではないと思われ」
高い高いの意味が、オレのイメージと全然違っているらしき件について。
言葉に反して、その意味するところに生易しい感じはしない。
たぶん、放り投げろ的な要求も含まれている。
「なんでそんなことをしなければならないんだ。いくら解放的な場所だからってそれはないだろう」
「いいじゃない。お返しー」
ホワイトデーを理由に、ねだられている。
「危ないから駄目」
「この際、ふつうの高い高いで妥協する」
ほら見ろ、ふつうじゃない高い高いだった。
「不知火が嫌がらなければボール遊びも楽しそうだけどね」
それって取って来いっていうより、思いっきり遠投したいだけだろ。
不知火くらいの身体能力だと全然問題ないと思うけど、というかむしろ遠くて速くまで投げた方が運動になるんだろうけど、不知火は……
「……」
あんまり気乗りしてない様子。
「司くんがやってあげたら喜ぶと思う」
ぴく、と反応している不知火。
ここはふつうの犬と同じなんだな。司さんには遊んでほしいんだな。……わかる。忍と森さんの場合、不知火の方が「遊んであげてる」みたいになるから。
「ボールがないだろ」
「司くんは高い高いをしてくれないようなので、不知火、遊んで」
ほらな。遊ぼうじゃなくて遊んで、なんだよ。本人たちもわかってるのがすごいよ。
「何して遊ぶんだ? たまにおいかけっことかしてるって聞いたけど」
「ここ平地だからおいかけっこやっても捕まえられないよ。不知火、お願いしたら乗せてくれる?」
珍しく平和な発想だなー
「そして、振り落とされたら私の負け」
前言撤回。ロデオだった。
「それやったことない。面白そう」
「面白くないよ!? 全力で落ちたら怪我するよ!? 司さん!」
「わかったから。ちょっと森、こっち来て」
司さんがまさかの高い高いに譲歩した。
「言っておくけど投げないからな? 危ないことはしないからな?」
「いいよ。どれだけ軽々持ち上げるんだろうと、ちょっと期待している」
どんな期待なんですか。
「あの二人は、ある意味時間をつぶす天才だな」
「これがダメだと思うとあれならどうかってすぐ出るタイプだからなー」
オレとエシェル、傍観。
興味があるのかアスタロトさんも少し離れた木陰で本をめくる手を止め、こちらを眺めている。
ひょい。
司さんはなんの声掛けもなく森さんを持ち上げる。ていうか。
「ふつうに高い!」
「司にとっては軽い荷物を頭上にあげるくらいの動作だろう。……大人であそこまで持ち上げられるのはそうないな」
「高! 司、すごいね、重くないの?」
「全然」
たぶん、一般人が子供をそうするより、軽いものと思われる。高さはほぼ、頭上に近い。
しかし。
司さんは、はたと気づいた。
ある程度距離を置いて点在するファミリーやカップルの、その視線。
オレたちもそれに気づく。
「うん、なんか……はたから見てると彼氏と彼女がいちゃついてる光景にしか」
「大声で『双子ですー』って言えば」
言えるか。
気づいてしまった司さんは、遊ぶのをやめて森さんを下ろしている。
「おもしろかったー」
「私もしてほしかったけど、今の司くんを見ると無理強いはできない」
そうだな、やってみたものの、けっこう恥ずかしかったみたいだからな。
忍はそこまでさせてまで、自分の要望を通すタイプではないのは幸いだ。
「逆に、お前もやってもらえばふつうに遊んでるだけで誤解避けられたんじゃないの?」
「そうか、それもあるね。司くん、今からそれをやりますか」
「……やらない」
割と深刻なダメージを食らっているようだ。
「じゃあ人目がないところでやって」
「余計おかしいだろ」
いちゃついてませんフォローのはずが、やっぱりやってほしいっぽい忍。
森さんは全然気にしてないらしく清々しい顔をしている。
「いや、ここにいる面子の前ならいいんでしょ? ……公爵とかやってくれそうだな」
「やめとけ。マジで屋根の高さまで放られるから」
「……」
拾ってくれればいい、とか思っただろ。オレにはこれ以上どうしようもないので、黙っておくことにする。
「司くん、元気出して。ほら、生ハムとメロン」
「忍、俺は日本人だからその組み合わせに慣れてない」
「メロンとボルドー混ぜるんだっけ? おしゃれっていうか、混ぜる時点でなんか見た目が崩壊するよね」
「僕に合わせなくていいから。あとそのやり方は僕もあまり好きじゃない」
教えてもらったフレンチピクニックが推奨されながらも混沌としてきた。
事態が収拾されたので、アスタロトさんは読書に戻っている。
「フリスビーとかもいいよね」
「あー天気がいいからそれくらいなら平和だよな。オレ、やったことないけど」
「私もないよ。でもみんなでも出来るし面白そうだね」
「今度はもってこようか」
そういわれると、当然の疑問が湧くわけで。
「今度っていつ」
「……桜が咲いたら」
割とすぐだぞそれ。味しめたな。
この二人の「また」とか「今度」は社交辞令ではなく、ふつうに守られる約束だ。
たぶん、桜の咲くころに、今度はオレたちがピクニックに誘われるんだろう。
くすりと少し離れた場所から笑う気配。
何となく見ると、何事もないようにアスタロトさんは、木陰で本のページをめくっている。
「エシェル」
「大使館の庭にも桜はあるけど、まぁ誘われたら来てもいいかな」
それは悪魔込みでもいいってことか?
なんとなく春の訪れを早々に感じつつ。
ただ、当たり前のようにそんなふうに、忙しなくもマイペースに、春の一日は過ぎていった。
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