バレンタインがやって来た

1.バレンタインがやってきた

バレンタイン……それは、天使の宗教に由来すると知られるイベント。

3年ほど前から人類を滅亡に追いやっているソレに関するイベントは、絶滅したかと思われたが、チョコレート業界もまた、甚大なダメージを負っていた。


しかし、そもそも宗教に無頓着な日本人がそんなことでめげるわけもなく。


更に起源をさかのぼったところ、古代では多神教の祭日であったという理由を見つけて、昨年あたりから復活している。


要はイベントができれば、こじつけでもなんでもいいのである。おおらかな国民性だ。


「鬱陶しいイベントが復活してしまった」

「義理チョコか」

「課に女1人の配置だと、義理チョコだけで万単位の出費だよ。そんな義理すらないっていうの」


忍はなんだかんだいって義理堅い。

昨年の様子を聞いたところ、課長クラスで二千円。

係長クラスで1,500円。

以下、千円未満という感じで


それ、義理チョコの値段じゃなくね?


という、完全に何かを見誤った義理の立て方をしていた。


「義理なんだからふつう数百円じゃないの?」

「……本人ではなく肩書に対して失礼のないものを渡したつもりだったんだけど……なんで私、調べなかったんだろう」


本気で悩んでいる。

ちなみに今年調べてみたところ、本命で2~3千円らしい。


「まぁいいや。ともあれ、今日はバレンタインデーです。はい、あげる」


手を出して、といわれたオレは素直に手を出す。

その手のひらに山盛りのチロルチョコがどこからともなく落とされた。


「……」

「おいしいよね、チロルチョコ」

「うん……ありがとう」


せめてラッピングとか。

義理の最果てのような扱い、オレ受けてないか?

いや、一個じゃないだけマシなのか。

値段にしたら、ラッピングされてるやつと同じくらいする気がするし。


一瞬にして様々な思考が脳内を駆け巡った。


「で? 今日は袋を下げてるけどまさかダンタリオンにやるのか?」

「あぁこれは……」

「秋葉、忍」


平日。

司さんが合流して、いつもの三人で魔界の大使邸宅を訪問予定。


「待たせたか?」

「ううん、適当に話してたから問題ない」


まぁいつも通りだ。


「……秋葉、そのチョコは一体……」

「あ、これ忍から」

「今日はバレンタインです。司くん、今がいい? 帰りがいい?」

「帰り」


え。何の話?

素直な疑問はそのまま声になった。ので答える司さん。


「森と忍は学生時代から付き合いがあるから、バレンタインは恒例になってるんだ」

「でもやっぱりなんか気になるから一回渡す。はい」

「……」


ちゃんとラッピングされたやつだ。この格差は付き合い年月日の違いなのか、それとも友達の家族という差分なのか。

考えまい。


「ありがとう。じゃあ帰りまで持っててくれ」

「うん」


今のやり取りに意味は一体。

忍は一端司さんの手に渡ったそれを自分の袋に戻す。

そして、オレたちはいつも通り、ダンタリオンの公館に向かった。



いつもの部屋に通されると、珍しくアスタロトさんの姿もそこにあった。


「いらっしゃい。じゃ、ボクは仕事の邪魔にならないように退散するよ」

「何か大事な話でもしてました?」

「いや、そうじゃないけど」


逆にそういわれるとむしろ何を話していたのか気になるところだが……


「ってか、最近まともに仕事っぽい仕事してるか? お前」

「してんだよ。お前らと会ってない時に」

「オレらと会ってるときは仕事しないって言ってることになるぞ、それ」

「何しに来たの私たち」


いつもの異形の執事さんがティーセットを乗せたカートを手に、部屋に入ってきた。

ちゃんと五人分の用意がある。


「……そういうことなら、ボクも少し残っていこうかな」

「あ、アスタロトさん、良かったらこれ」

「?」


どうぞ、と忍はアンバーイエローのリボンのかかった小さな包みを渡す。


「今日、バレンタインなので。気持ちばかりですが」

「そういえば、そんな日があったね。どこかの宗教の聖人のおまつりとかで去年まで下火だったんだっけ?」

「日本人の商魂はたくましいぞ~? ルーツを元に戻して速攻再開だからな。イベントも大好きだ」


何も否定要素がない。


「忍がそういうのが好きとは思えないんだけど」

「気持ちで何かを贈るのは好きですよ?」


そう、義理という名の義務が嫌いなのであり、いかに相手が喜ばせるかはサプライズ込みで割と好きなミッションだ。


「そう、なら有難くもらっておくよ。開けてもいい?」

「むしろ生チョコなのでお早めにお召し上がりください」


またここで格差を覚えるわけだが、アスタロトさんなら仕方あるまい。

全くネガティブな気持ちは湧かない不思議。悟りの境地だ。


「紅茶、ストレートにしてくれるかい?」


ほら、もうこの物腰からして全然違うんだよな。

ダンタリオンの執事を、我が物のように使っても全然違和感ない。


というか、むしろ……


「シノブ、オレには?」

「公爵たくさんもらってるでしょう。この間も雑誌に出てたし、ファンクラブ公認しそうな勢いだって聞きましたけど」

「ぶっ」


思わず吹き出すオレ。

こいつの扱いは、チロルチョコ以下だった。

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