2.アイスリンクは生まれたての小鹿で溢れる

「秋葉は初めてなんだよね、大丈夫だよ壁伝いにしばらく回れば感覚掴めるから」


お前めっちゃ親切だな。

尻込みする俺を見て忍が戻ってきてくれた。


しかし。


「いや、これ無理だろ。足が思う方向に動かないんですけど!」

「うーん、恐る恐るだからじゃないかな。思い切って普通に滑る感じで流した方が安定すると思う」


それ出来てたら、最初から壁とか要らない感じじゃないか?


生まれたての小鹿のように壁に捕まって足をぷるぷるさせているのは、周りを見ればオレだけではない。


「どーん」

「やめろー! 転ぶ! 絶対転ぶ!」


親切だと思ったことを撤回する。背中から押してあははと笑っている忍。

お前、久しぶりなんだよな? 人の背中押して自分は安定してるとか、テスト勉強してませんと言いながら実はがっつりしているタイプじゃないよな?


「体で覚えるしかない。というかそれが一番早い」

「森さん! それ何らかのセンスがある人! オレそんなに体効かないから」

「気のせいだよ。自分で限界を作っちゃだめだよ」


気のせいじゃないよ。運動神経って人によって違うんだよ。


しかし言いながらも前から手を引いてくれる森さん。すみません、後ろの忍と位置交代してくれませんか。


お兄さん(司さん)の様子をつい伺ってしまうオレ。


「ていうか女子ふたりに手を引いてもらうオレかっこ悪い! 司さん!」

「俺が手を引いたらなんとなく気持ちが悪い構図にならないか」


司さんはノーマルだ。オレもノーマルだ。


「ふつうに教えてください」

「いいけど」


そのためには自立くらいしなければならないのだと悟る。それから割とすぐにがんばって壁を離れて立てるところまでは来た。人間のやる気ってすごい。


その間に女子二人はリンクを2,3周してきている。


「秋葉ーどう?」


後ろから絶妙の力具合でのしかかられた。


「お前は普段絶対しないことをここでしないでくれ!」

「体で覚えるっていうのは確かに正論なんだが……」


え、司さん。それどういうことですか。


理論というかなんとなくコツは教わったところで、二人が帰ってきたので妙な雲行きになってきた。


「じゃあ私が後ろから押すから」

「私が前から引く」


さっきと変わらないよ!!!


「それとも片手ずつ取ってもらいたい?」

「う……そっちの方がマシ……なのか?」


周りから見れば女子二人に手を取ってもらえるとか役得であろう。しかし。


「ちょっと待て。なんで前向きと後ろ向きに手を取るんだ」

「スピンかけてあげよう」

「練習じゃないだろ! お前らが楽しいだけだろそれ!」


司さんは助けてくれない。なぜって森さんが楽しそうだからだろう。あと、女子二人のバランスが絶妙でオレが転ばない。


「目が回る!」

「司ーパス!」


ぎゃーと悲鳴を上げながら手を放されたオレは正面にいた司さんに止めてもらえた。


「司さん……妹さんは一体どうなってるんですか……」

「忍と同類項だと思ってれば大体、合ってる」


普段のテンションがフラットな二人はどこへ行ったのか。すでにリンクの先の方で奔放すぎるテンションで滑っている。


「秋葉みたいな人間がひとりいると楽しいんだろうな」


やめて。お礼言われそうな空気になるのやめて。スケートリンクで立っている今の状態の体と心のバランスが似たような感覚である件について(つまり不安定)。


「何お前、滑れないの?」


と、ふいに背後から聞き覚えのある声がした。


「ダンタリオン……」

「予想通りの不安定さだな。吹けば倒れそうな」


と言いながら、いつもの公爵服はさすがに目立つと思ったのか若干カジュアルな格好で日本人に紛れているダンタリオンは……


ドン。


押してきた。


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